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【城下逃亡編】
243 どっきどきの同棲生活③
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◇
……明くる朝。
朝の目覚めは身に付いた習慣で、家光は早くに目が覚める。
まだ部屋は薄暗く、上体を起こして隣に目をやれば、寝ているはずの満の姿はもうなかった。
「みちるさん……? あ……朝ごはんの準備……?」
ぼぅっとする寝起き頭で満を探し、部屋を見回す。
土間の流しに釜が置かれており、これから米を炊くらしい。米の入った麻袋が畳の端に置かれていた。
庶民たちは皆、朝に大量に米を炊き、一日掛けて食べる。冷蔵庫なんてものはないから食べきりだ。
「……私もお手伝いしなきゃ」
出遅れたことに気付いた家光は、寝乱れた浴衣を適当に留め、袖に襷を掛けた。
「あ……顔洗わなきゃ……って、お水が無いのか」
……朝起きたらまずは顔を清めたい。
蛇口を捻れば水が出て来る水道なんてものは、江戸時代と酷似したこの世界にはない。
ただ、水を手に入れること自体はそう難しいことはなく、石や木で造られた水道管を通った水が上水井戸まで引かれているから、水汲みが少々重労働ではあるものの、そこへ行けば簡単に水は手に入る。
水の入った甕を覗くと、昨日は半分以上入っていた水が殆どなかった。
城でならば誰かが持って来てくれる水の入った桶も、昨日は満が用意してくれた。
「……そっか、みちるさん水を汲みに行ったのね」
満の現在地は恐らく長屋の共同井戸――。
昨日夕餉の間に聞いた話では、水は朝汲みに行くとのこと。家光も手伝うと伝えていたが置いて行かれたようだ。
この家に居る間、満は家光を最大限もてなそうとしてくれているのか……。
「おもてなしは嬉しいけど……一緒にやりたいよね……!」
新妻気分の家光は、慌てて草履を履こうと土間に下りた。
……と、そこに丁度障子戸が開き、満が帰ってくる。
「あっ。千代さん、おはようございます。もう起きられたのですね」
「おはようございます みちるさん!」
「っ……まだ寝ていてもいいんですよ?」
草履を履きながら顔を上げる家光に、どうしたというのか満は息を呑んだ。
「いえ、私もお手伝いします。お水もっと必要ですよね?」
「はい……まあ……。でも、千代さんは井戸に行かないで下さい」
土間が狭いため満はとりあえず甕の中へ、水の入った手桶を傾け注ぐ。
満の汲んで来た手桶は二つ。
一回分だけでは米を炊くことはできても、顔を洗ったり身体を拭いたりはできない。二人分なら尚更。
きっと昨日も何往復かしているのだろう。
……ならば――と手伝いを申し出たが、なぜか却下された。
「え……?」
「……っ、千代さん、胸元が開き過ぎて……、そんな格好で家の外に出すわけにはいきませんよ……」
「へ……? あっ!」
ざーっっ、と甕に二つ目の汲んだ水も注ぎ終え、満は家光の様子を指摘する。
家光が自己を見下ろすと、衿元がだるんと緩み、深い谷間が見えた。
「あああああっっ! 私 こんな格好を……!? ご、ごめんなさいっ……! ちゃんと留めたつもりで……!」
「浴衣とはいえ、今は千代さんの寝衣。あなたの寝衣姿は誰にも見せたくありません! あなたは家でゆっくりしていてください……!」
見せたくて見せたわけではなく、寝起きの浴衣はしょうがないのです……と。頭を下げる家光に、頬を紅潮させた満が珍しく大きな声を張り上げる。
そして「水汲みに行って参りますっ!」の言葉と共に、満はばたばたと空の手桶を片手に障子戸を閉じ、出て行ってしまった。
「は、はいぃっっ!!」
――わざとじゃないのよ みちるさん……!
やってしまった……。
家光は既に満の居なくなった障子戸に向け返事をすると、羞恥に顔を両手で覆う。
またしても満に情けない恰好を晒した。
あんなに大きな声で指摘されるとは思わず、だらしない女だと思われただろうか。
「えーっと……うう……恥ずかしい……。着替えなきゃ……(みちるさん怒ってたな……)」
自らの肌を見て怒り出した満に、家光は羞恥を覚える。
裸を見られての羞恥よりも、大声で指摘されたことが恥ずかしく思えた。
満が戻って来るまでに、せめて長襦袢だけでも着ておこう……。
家光は浴衣を脱ぎ去り、褥傍に畳み置かれた長襦袢にもそもそと袖を通す。
着付けはまだ上手くできない。
昨夜も教えてもらったが、満はなぜか着付けを説明する時だけ、素早い手捌きと早口、そして小声なのだ。
だからか手順をよく聞き取れず、自分の手を動かす間もなく、結局全て満に任せてしまう。
説明は早口なものの着付けは丁寧で、「また明日教えますよ」なんて優しい笑顔を見せるから、家光も「はい……♡」なんて惚けたままに答えた。
満の顔が良過ぎてつい見入って気もそぞろ、話半分なのは申し訳ないと思っている。
だが、もう少し手取り足取り、ゆっくり説明してくれれば憶えられるというのに……。
「ぐぬぅ……(上手く結べない、どうしても緩んじゃう……)」
長襦袢に袖を通し、小袖も何となく着付けてみたが、帯は上手く結べなかった。
一人では着物を着ることが出来ないという事実に、悔しさが込み上げてくる。
別に負けず嫌いというわけではないのだが、自分のことくらい自分で出来ないというのは、成人した大人として恥ずかしくはなかろうか。
今まで城下に来た時も常に誰かが傍に控え、なんだかんだと身の回りの世話を焼いてくれていた。
恵まれているとはいえ、たかが着物一枚まともに着付けられないというのはなんと情けない……。
今はただの千代なのだから、満に教わった最初の紐だけでも結んでおこう――、家光は満が教えてくれた手順その一を思い出しながら始めからやり直すことにした。
……明くる朝。
朝の目覚めは身に付いた習慣で、家光は早くに目が覚める。
まだ部屋は薄暗く、上体を起こして隣に目をやれば、寝ているはずの満の姿はもうなかった。
「みちるさん……? あ……朝ごはんの準備……?」
ぼぅっとする寝起き頭で満を探し、部屋を見回す。
土間の流しに釜が置かれており、これから米を炊くらしい。米の入った麻袋が畳の端に置かれていた。
庶民たちは皆、朝に大量に米を炊き、一日掛けて食べる。冷蔵庫なんてものはないから食べきりだ。
「……私もお手伝いしなきゃ」
出遅れたことに気付いた家光は、寝乱れた浴衣を適当に留め、袖に襷を掛けた。
「あ……顔洗わなきゃ……って、お水が無いのか」
……朝起きたらまずは顔を清めたい。
蛇口を捻れば水が出て来る水道なんてものは、江戸時代と酷似したこの世界にはない。
ただ、水を手に入れること自体はそう難しいことはなく、石や木で造られた水道管を通った水が上水井戸まで引かれているから、水汲みが少々重労働ではあるものの、そこへ行けば簡単に水は手に入る。
水の入った甕を覗くと、昨日は半分以上入っていた水が殆どなかった。
城でならば誰かが持って来てくれる水の入った桶も、昨日は満が用意してくれた。
「……そっか、みちるさん水を汲みに行ったのね」
満の現在地は恐らく長屋の共同井戸――。
昨日夕餉の間に聞いた話では、水は朝汲みに行くとのこと。家光も手伝うと伝えていたが置いて行かれたようだ。
この家に居る間、満は家光を最大限もてなそうとしてくれているのか……。
「おもてなしは嬉しいけど……一緒にやりたいよね……!」
新妻気分の家光は、慌てて草履を履こうと土間に下りた。
……と、そこに丁度障子戸が開き、満が帰ってくる。
「あっ。千代さん、おはようございます。もう起きられたのですね」
「おはようございます みちるさん!」
「っ……まだ寝ていてもいいんですよ?」
草履を履きながら顔を上げる家光に、どうしたというのか満は息を呑んだ。
「いえ、私もお手伝いします。お水もっと必要ですよね?」
「はい……まあ……。でも、千代さんは井戸に行かないで下さい」
土間が狭いため満はとりあえず甕の中へ、水の入った手桶を傾け注ぐ。
満の汲んで来た手桶は二つ。
一回分だけでは米を炊くことはできても、顔を洗ったり身体を拭いたりはできない。二人分なら尚更。
きっと昨日も何往復かしているのだろう。
……ならば――と手伝いを申し出たが、なぜか却下された。
「え……?」
「……っ、千代さん、胸元が開き過ぎて……、そんな格好で家の外に出すわけにはいきませんよ……」
「へ……? あっ!」
ざーっっ、と甕に二つ目の汲んだ水も注ぎ終え、満は家光の様子を指摘する。
家光が自己を見下ろすと、衿元がだるんと緩み、深い谷間が見えた。
「あああああっっ! 私 こんな格好を……!? ご、ごめんなさいっ……! ちゃんと留めたつもりで……!」
「浴衣とはいえ、今は千代さんの寝衣。あなたの寝衣姿は誰にも見せたくありません! あなたは家でゆっくりしていてください……!」
見せたくて見せたわけではなく、寝起きの浴衣はしょうがないのです……と。頭を下げる家光に、頬を紅潮させた満が珍しく大きな声を張り上げる。
そして「水汲みに行って参りますっ!」の言葉と共に、満はばたばたと空の手桶を片手に障子戸を閉じ、出て行ってしまった。
「は、はいぃっっ!!」
――わざとじゃないのよ みちるさん……!
やってしまった……。
家光は既に満の居なくなった障子戸に向け返事をすると、羞恥に顔を両手で覆う。
またしても満に情けない恰好を晒した。
あんなに大きな声で指摘されるとは思わず、だらしない女だと思われただろうか。
「えーっと……うう……恥ずかしい……。着替えなきゃ……(みちるさん怒ってたな……)」
自らの肌を見て怒り出した満に、家光は羞恥を覚える。
裸を見られての羞恥よりも、大声で指摘されたことが恥ずかしく思えた。
満が戻って来るまでに、せめて長襦袢だけでも着ておこう……。
家光は浴衣を脱ぎ去り、褥傍に畳み置かれた長襦袢にもそもそと袖を通す。
着付けはまだ上手くできない。
昨夜も教えてもらったが、満はなぜか着付けを説明する時だけ、素早い手捌きと早口、そして小声なのだ。
だからか手順をよく聞き取れず、自分の手を動かす間もなく、結局全て満に任せてしまう。
説明は早口なものの着付けは丁寧で、「また明日教えますよ」なんて優しい笑顔を見せるから、家光も「はい……♡」なんて惚けたままに答えた。
満の顔が良過ぎてつい見入って気もそぞろ、話半分なのは申し訳ないと思っている。
だが、もう少し手取り足取り、ゆっくり説明してくれれば憶えられるというのに……。
「ぐぬぅ……(上手く結べない、どうしても緩んじゃう……)」
長襦袢に袖を通し、小袖も何となく着付けてみたが、帯は上手く結べなかった。
一人では着物を着ることが出来ないという事実に、悔しさが込み上げてくる。
別に負けず嫌いというわけではないのだが、自分のことくらい自分で出来ないというのは、成人した大人として恥ずかしくはなかろうか。
今まで城下に来た時も常に誰かが傍に控え、なんだかんだと身の回りの世話を焼いてくれていた。
恵まれているとはいえ、たかが着物一枚まともに着付けられないというのはなんと情けない……。
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