逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【異能覚醒編】

283 発情発作とはなんぞ

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 “待っていてくださいね、家光さま”


「……(夏の奴何言ってんだ……?)」


 家光が部屋から去ってすぐ、孝は家光に借りていた根付けを返そうと襖前までやって来たのだが、夏との会話が聞こえて立ち止まる。


 “尊重した方がいいと思うよ?”
 “孝は正室だからね、特別なのよ”
 “夕餉は消化に良いものを作るよう御膳所に”


 自身を思いやる妻の言葉に孝の心は温かくなり、ついそのまま立ち聞きしてしまった。
 そのうち家光は去ってしまい、根付けを返すことが出来ずに褥に戻ろうとした所で夏からの「待っていてくださいね」発言。
 たかが御末が将軍に懸想して目に留まろうというのか……。

 夏、彼は幼い顔をしているから家光の好みではないだろう。
 孝は自分の顔が家光の好みであることは、なんとなく理解している。

 夏のことは腹立たしいが、他に新しい御末をと願ったところで替えがすぐには見つかるとは思えない。
 そもそも夏は仕事自体問題なくこなしているのだから、家光に懸想するくらい許容してやるしかない。
 それに、もう暴れたり我儘を言ったりで家光に迷惑を掛けたくない。
 そんなことよりも……今は。


「……、俺にできることは……」


 家光のために、今自分が出来ることをすればいい。
 孝は手の中の根付けを見下ろし、握りしめる。

 ……春日局に会いに行ってみよう。
 ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。


 “ばんっ!”


 善は急げと、孝は襖を勢いよく開いた。


「……あれ? 孝さま起きていらしたんですか?」

「夏。湯浴みをしたい」

「……畏まりました。では手配して参りますね」


 襖を開ければ廊下では夏がまだ端座し、家光が去ったであろう方向へと身体を向けていたが、孝の命を受け立ち上がる。

 ……家光がいなかった一週間、孝は湯浴みをしていない。
 着物に香を焚き染めているため臭いはそれほど酷くはないだろうが、家光は平気だったのだろうか……。


「……自分の臭いってわからんもんだな……」


 夏が立ち去ると、孝は腕を上げ自身のにおいを嗅いでみる。今更ながら酷い一週間だったと自嘲した。

 孝が考えた今出来ることといえば先ずは身綺麗にし、食事を摂り、春日局に家光の異能について訊ねること。
 家光の異能については前に一度聞いたことがあるが、異能が暴走した場合、自分が役に立てるかもしれない。
 ではその暴走はどういったきっかけで起こるのか。

 家光が辛い思いをしないためにも予め知っておきたい。


「……部屋も片付けておくか……」


 踵を返し、部屋を見回すと酷い有り様だ。
 壊れた調度品に、破れた障子。穴の開いた畳。

 それに、少々臭いも酷いような……?
 こんな部屋に見舞いに来させてしまったとは……。

 先日、春日局から片付ける者を手配しましょうかと尋ねられたが、断った。
 しかもお前のせいだと家光に見せつけるためにそのままにした。
 ……莫迦なことをしたなと自分でも思う。
 食事も駄々っ子のように甘え、愛する妻に負担を掛けてしまった。


「けど、……美味かったな……」


 “ほら、あーんしなさいよ”


 家光が粥を掬った匙を自らに向けてくれた事実。
 そこだけは我儘を言ってよかったなと後悔するのは止めにして。

 孝は夏が戻るまで廊下で座って待つことにした。









 一方で、孝の見舞いを済ませた家光はといえば。


「……は? 三日以内……? も、もう一度仰っていただいてもいいですか?」

「うむ。三日以内に揺り戻しがくるだろうな」


 秀忠の元を訪れた家光は異能について訊ねていたのだが、驚愕の事実に目を瞬かせた。


「ゆ、揺り戻しとは?」

「うむ。初めて身体を開いた後は、三日以内に高確率で男を欲して止まなくなる衝動が起こる。つまり発情発作が起こるというわけだ」

「発情発作っ!?」


 はて、発情発作とはなんぞ。
 秀忠の口から発せられた聞き慣れない単語につい大きな声が出てしまう。


「始めは三日以内、次は一週間以内、お次は二周に一度、三週に一度、四週に一度……と、身体の疼きが止まらなくなる衝動が起こる。段々感覚が空きそのうち落ち着いていくだろう」

「……うっそーん!」


 ……なんてふざけた発作だ。
 秀忠は真面目に語るが、聞き手の家光は真面目に受け取ろうにも受け取れなかった。

 それはそうだろう。
 周期的に発情するなんてまるで獣じゃないか。
 まさか天下の将軍家の女たちがそんな淫猥な身体をしているだなんて。

 しかも、脱処女してからがスタートだなんてふざけろふざけろ。


「嘘なもんか。儂とて未だたまの発作に苦心しておるわ。まあ、江が毎回頑張ってくれるがな☆」


 ……秀忠も未だに発作に見舞われている……、らしい。

 衝動が起こると、誰でも彼でも見境なくやりたくなるから困る。
 相手を魅了するから関係を結ぶのはいくらでも思い通りにはなるが、その後の処理が面倒臭いのだ。
 子種を仕込んでもらわねば衝動は治まらず、子種を仕込むと懐妊の可能性も出て、側室になるとかならないだとか、その辺りの手続きがとにかく煩わしい。

 秀忠の場合、正室である江がいち早く気付いて抱いてくれるから、不要な側室を取る必要がなく済んでいるのが現状。
 京都上洛の際は丁度それにぶつかり、行きずりの男と情を交わしたわけで。


「えぇー!! 両親のそんな話聞きたくないんですけどー!?」


 秀忠と話しているとちょいちょい出てくる惚気に、家光は驚きと嫌気がさす。
 両親の惚気など二人で勝手にしてくれ、聞きたくない。


「まあ、なにも発作は悪いことばかりではない。発作が起こってる間は感度も上がるから、子作りするにはもってこいというわけだ」

「こ、子作りって……」

「相手も喜ぶと思うぞ? 江もいつもより気持ち良さそうだしな☆」

「えええええっ!? だから両親のそんな話聞かせないでくださいよ!」


 ――感度が上がると言われましても……。


 いや、だからね。
 惚気いちいち入れなくて良くない?

 にこにこと上機嫌で夫婦の惚気を聞かされ、家光は辟易する。
 夫婦の仲が良いことはよきかなよきかな。
 けれどいちいち報告は不要だ。

 そんなことより、そんな大事な発作のことをなぜ今まで黙っていたんだ、馬鹿野郎! ……である。

 あのまま生娘でいればそんな発作起きないで済んだのでは……。
 ふと妹、国松を思い出し、これからあんな色狂いになってしまうかもしれないと思うと、家光はぞっとしてしまった。
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