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霜降
17*.
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はぁ、と息を吐いた片桐が尋ねた。
「辛いか」
片桐の声が、耳からだけではなく、直接背中に響く。でもやっぱり、片桐はボタンひとつ外しちゃいない。今、俺を抱いている手だって、袖口からぴしりとアイロンの利いた白いシャツが覗いている。片桐の左手が俺の心臓辺りに触れた時、金属がひやりと肌を射す。
片桐の問いに、唇を噛んでかぶりを振った。
それなのに、片桐と来たら、俺の中に入ったまま悠々と腕時計を外して、脇へ避けた。乱れひとつ許さないくせに、何も言っていない俺のために、選び抜かれただろう装身具を外してみせる。
もう、本当に、憎たらしい。今こいつに死なれたら、世界で一番困るのは自分のくせに、本気の殺意覚える。身体に力が入るなら、力任せに捩じ切ってやりたかった。
動けないでいる俺を見てどう思ったのか、片桐は圧し掛かったまま髪を撫でたり、つむじや項に唇を落としてきたりした。
ほんの少し息ができるようになった───自分でそう思う半拍先にそれに気付いた片桐は、刺さったままの自分の存在を思い知らせるかのように、ゆっくりと腰を回した。さっき知られたばかりの最奥の場所を掠められ、息を呑んで握り締めたのは、シーツじゃなくて、片桐の左手の甲だった。
反射的に手を離すと、逆に手を取られ、指を絡ませられる。
「握り込むな。血が止まる」
(なんだよ。くっそ余裕かましやがって……!)
顔一つ、見せない癖に。片桐の腕は男の俺を押さえつけて、微塵も揺らがない。
「くっそ……!」
力付くで振り払った勢いのままに、後ろ手に片桐の喉元辺りに指を突き込んだ。
あった。ネクタイ。結び目に指を突っ込んで握り締め、思い切り引っ張る。とろりと重厚な織りの絹は軋むこともなく安定していて、片桐自身のようだった。
(もっとちゃんと顔、見せろよ、一回くらい……!)
「くっ……」
片桐は往生際悪く、俺の手首を握って引き戻そうとしていたが、ふっと苦笑いにも似た息を吐いて力を弛めた。俺に力に任せてぴんとネクタイが伸びた瞬間。どうやったのか、俺の力を反転させて、利き腕で俺の左手を引き戻すと、俺の親指の根本に噛みついた。
「う……」
易々とさっきの仕返しをされ、痛みに怯む。直ぐに放されると思ったのに、片桐はぎり、と音が出そうなくらい強く噛みしめた。
何秒経ったのか、何分か。気が済んだらしい。束縛を解かれた左手には、血が滲みそうなほどの歯型が刻まれていた。
「気が済んだか」
「こっちの台詞だろうがよ……っ」
片桐はもう、隙を見せなかった。
俺の両手首をひとまとめに押さえつけ、顔をシーツに押し付けるようにして、背中に体重を掛けて動きを封じると、ずっと怒張を保っている自身の存在を、俺に知らしめた。
奥で触れるか触れないかのところで、適当な所を軽く探っていたのが嘘のように、感覚を得た所を何度か突き通されて、目から火花が出た。
「うあっ」
情けない声が出た。さっきまでは生温く手加減されているのだと思い知る。悲しいでも嬉しいでもない、生理的な涙がぱたぱた落ちた。
文字通り、どちらが上なのかを思い知らせた片桐は、動きを止めた。
「辛いか」
何度も何度も、問われる。どこで止めるのか、と。
そんなに嫌なら、もう───顔を見せろとは、言わないから。どうせ後ろの片桐には見えないけど、念のため顔をシーツに埋めて首を振った。
「辛いか」
片桐の声が、耳からだけではなく、直接背中に響く。でもやっぱり、片桐はボタンひとつ外しちゃいない。今、俺を抱いている手だって、袖口からぴしりとアイロンの利いた白いシャツが覗いている。片桐の左手が俺の心臓辺りに触れた時、金属がひやりと肌を射す。
片桐の問いに、唇を噛んでかぶりを振った。
それなのに、片桐と来たら、俺の中に入ったまま悠々と腕時計を外して、脇へ避けた。乱れひとつ許さないくせに、何も言っていない俺のために、選び抜かれただろう装身具を外してみせる。
もう、本当に、憎たらしい。今こいつに死なれたら、世界で一番困るのは自分のくせに、本気の殺意覚える。身体に力が入るなら、力任せに捩じ切ってやりたかった。
動けないでいる俺を見てどう思ったのか、片桐は圧し掛かったまま髪を撫でたり、つむじや項に唇を落としてきたりした。
ほんの少し息ができるようになった───自分でそう思う半拍先にそれに気付いた片桐は、刺さったままの自分の存在を思い知らせるかのように、ゆっくりと腰を回した。さっき知られたばかりの最奥の場所を掠められ、息を呑んで握り締めたのは、シーツじゃなくて、片桐の左手の甲だった。
反射的に手を離すと、逆に手を取られ、指を絡ませられる。
「握り込むな。血が止まる」
(なんだよ。くっそ余裕かましやがって……!)
顔一つ、見せない癖に。片桐の腕は男の俺を押さえつけて、微塵も揺らがない。
「くっそ……!」
力付くで振り払った勢いのままに、後ろ手に片桐の喉元辺りに指を突き込んだ。
あった。ネクタイ。結び目に指を突っ込んで握り締め、思い切り引っ張る。とろりと重厚な織りの絹は軋むこともなく安定していて、片桐自身のようだった。
(もっとちゃんと顔、見せろよ、一回くらい……!)
「くっ……」
片桐は往生際悪く、俺の手首を握って引き戻そうとしていたが、ふっと苦笑いにも似た息を吐いて力を弛めた。俺に力に任せてぴんとネクタイが伸びた瞬間。どうやったのか、俺の力を反転させて、利き腕で俺の左手を引き戻すと、俺の親指の根本に噛みついた。
「う……」
易々とさっきの仕返しをされ、痛みに怯む。直ぐに放されると思ったのに、片桐はぎり、と音が出そうなくらい強く噛みしめた。
何秒経ったのか、何分か。気が済んだらしい。束縛を解かれた左手には、血が滲みそうなほどの歯型が刻まれていた。
「気が済んだか」
「こっちの台詞だろうがよ……っ」
片桐はもう、隙を見せなかった。
俺の両手首をひとまとめに押さえつけ、顔をシーツに押し付けるようにして、背中に体重を掛けて動きを封じると、ずっと怒張を保っている自身の存在を、俺に知らしめた。
奥で触れるか触れないかのところで、適当な所を軽く探っていたのが嘘のように、感覚を得た所を何度か突き通されて、目から火花が出た。
「うあっ」
情けない声が出た。さっきまでは生温く手加減されているのだと思い知る。悲しいでも嬉しいでもない、生理的な涙がぱたぱた落ちた。
文字通り、どちらが上なのかを思い知らせた片桐は、動きを止めた。
「辛いか」
何度も何度も、問われる。どこで止めるのか、と。
そんなに嫌なら、もう───顔を見せろとは、言わないから。どうせ後ろの片桐には見えないけど、念のため顔をシーツに埋めて首を振った。
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