探偵事務所のドアを開けたら、そこには可愛い柴犬がいました。

とらお。

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きみが見つけてくれた

003

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「ほう。半年前に行方不明になってしまった弟君を探している、と」
「そ、そうです……」

 ついに自分は、弟のことで悩むあまりおかしくなってしまったのだろうか。
 寧ろそれ以外考えられないぐらい、今目の前には脳みそが混乱しそうな景色が広がっていた。
 人間用サイズのソファに腰掛け、足を組み、キセルを加えているのは、ダンディな男性ではなく……黒柴。
 彼は、ほう、とその愛らしい口から煙を何度か吐き出す。
 ご丁寧に出されたコーヒーに恐る恐る口を付けるが、あまり味がしなかった。

「ブラックは嫌いかい?」

 苦い顔をしていたのか黒柴の彼が心配そうにそう聞いてくる。
 まん丸い眉を少しだけ歪ませ、テーブルに前足を置き、身を乗り出してこちらを覗き込むその姿に心臓がきゅんと音を立てた。
 いや、突っ込みたいことは沢山ある。
 でも色々考えることを一旦後回しにした結果、辿り着いた答えは"柴犬めっちゃ可愛い"だった。
 今更だが、自分は無類の動物好きである。

「あ、いえ。そういうわけでは」
「そうかい? 遠慮しなくていいんだよ。砂糖にミルク、蜂蜜もある。自由に使いなさい」

 そう言って彼は乗り出した身を戻し、再びキセルを口に含んだ。
 すう、と空気を吸い込む音がして彼の口から吐き出された煙がふわりと舞い上がる。
 ……どうやってあの手でキセル持ってるんだろう。

「そういえば、まだ名乗っていなかったね。これは失礼した。私の名前はバディ。この探偵事務所の主だよ」

 ことり、とテーブルにキセルを置いた彼は、初対面のときのようにきゅっと口角を持ち上げた。

「それで、君は?」
「あ、えと……山吹やまぶきあかねです」

 恐る恐るそう名乗ると、彼は目をぱちくりとさせたあと、楽しそうに笑う。

「まるでこんな夕焼けの日に私を訪ねてくるのが運命だったような名前だね。季節を思わせる、とても良い名だ」

 彼の視線につられて窓の外に視線をやった。
 先程よりも少し赤黒くなった夕焼けがゆらゆらと風に揺られている。

「そんな風に言われたのは、初めてです。友人からはよく女々しい名前だと誂われたものですから」
「その友人たちは君の魅力に気がつけなかったんだろう、とても残念だな」

 くすくすと笑う彼に、釣られて少し口角が上がった。

「ところで、君は弟くんを探しているんだろう? 詳しい特徴を教えてくれないか?」
「……え?」

 彼の問の真意が掴めず、思わず聞き返す。
 すると彼もまた、ぽかんとした表情を浮かべた。

「どうかしたかい?」
「えっと、探すのを手伝ってくれる、ってこと……ですか……?」
「え? だって、そのためにここに来たんだろう?」

 不思議そうな表情の彼。
 そういえば、なんとなく彼に招かれるまま事務所内に入ってきてしまったけれど、自分は帰り道を聞きたいだけなんだった。
 のこのこ事務所に入ってきて"弟を探してるんです"なんて言おうものなら、依頼に来たと勘違いされてもおかしくないだろう。
 ただ柴犬が喋っているということに混乱しすぎて当たり前のことに気が付かなかった。

「え、ええと、弟を探しているのは事実なんですけど……その前にちょっと、他の問題があってですね……」
「なんだい?」
「えと、ここは、どこなんでしょう?」

 ああ、またしても彼をぽかんとさせてしまっている。
 申し訳ない。

「まさか、何も知らずにここまで来たのかい?」

 何も知らずに……?
 どういうことだろう。
 思わず首を傾げたその瞬間。

「旦那ァ、お邪魔しますえ……おや、先客が居たのかい。こりゃ失礼」

 からん、ころん。
 と、事務所の玄関が開く音がして、次いで気怠そうな声が本だらけの空間にふわりと響く。
 声のした方に視線をやるとしゃなりしゃなりと歩く、三毛猫が居た。
 所在のない優雅な立ち居振る舞いはまるで掛け軸の模様のようで思わず見惚れる。
 その猫が喋っていることに対するリアクションを忘れるくらいには。
 目が合ったこちらにその三毛猫は、こんにちは、と柔らかい訛りで挨拶をしてくれた。
 ゆらり、と二本に分かれた尻尾が揺れる。
 …………ん?

「ね、猫又……?」

 思わずそうこぼすと三毛猫は目を細めて薄く笑った。

「おンや、お兄さん博識ですねぇ。ご明察の通り、猫又のミケと申します。以後お見知りおきを」

 ぺこりと丁寧にお辞儀をされ、思わずお辞儀を返す。
 そうして頭を上げると、視界の端っこで柴犬の彼が何か考え込むように俯いているのに気がついた。
 なにかと二の句を待っていると彼はすいと顔を上げ、

「茜、いいかい? 気を確かに聞きなさい」

 そういって真剣な目でこちらをまっすぐと見てくるものだから、しゃきりと背筋が伸びる。
 その言葉と共に妙に赤い窓の外が視界に入ってきて、思わず両腕を擦った。

「此処は君が居た場所ではない。……君は本来入ってきてはいけない場所に迷い込んでしまっているんだ」
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