探偵事務所のドアを開けたら、そこには可愛い柴犬がいました。

とらお。

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神隠しの怪

011

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「あった。この子じゃないかな?」

 そう言い膝の上でちょこんとおすわりしているバディにパソコンの画面を見せると、彼はすこしだけ身を乗り出して、画面をじいと凝視した。
 ミケはと言うと僕の肩の上が気に入ったのか相変わらずそこで腰を落ち着かせてぐるぐると喉を鳴らしている。
 もう何度も言っているが改めて言おう、僕は無類の動物好き。
 つまり、今大分幸せな空間にいるということだ。

「ふむ、確かに服装も一致するね」

 天狗の彼と別れてから約一時間後、現在僕とバディ、ミケは僕の自宅にて調べ物に精を出していた。
 といっても調べてるのは僕一人だけで二人はいるだけなんだけど……。

「ええと、詳細は、と。……流石にご家族の情報までは書いてないかあ」

 誰が探しているのかが分かればその人を誘導して、と思ったが、なかなかそう簡単には行かなそうだ。
 すると画面を覗き込んでいたバディがぽつりと呟いた。

「現場に行ってみようか」
「現場?」
「ああ。ほら、最後に目撃された場所の記載があるだろう。ここにいけばもしかしたら、あの子を探している人物と出会えるかもしれない」
 
 確かに。
 普通ならまずは消息が途絶えた周辺を探すだろう。
 自分だってそうだった。

「あれ、でも待って。行方不明になった日付、三年前の日付になってる。天狗さんの話だとほんのすこし前だって……」

 不思議に思って何度か画面を更新してみたけれど、やっぱり記載されているのは三年前の日付だ。

「この日本において天狗についての初出は637年頃に出版された"日本書紀"……つまりあれは少なくとも1300年は存在していることになる。そんなやつにとっては三年なんて年数は"ちょっと前"になるだろう」
「な、なるほど……」

 確かに僕たち人間ですら毎年お正月に"一年ってあっという間だな"と思うのだから、僕たちより何十倍も長く存在している彼らにとっては三年なんて年数は一瞬だろう。
 ふい、とこちらを見上げたバディと目が合う。
 まん丸くてきゅるんとした真っ黒い瞳に自分の顔が反射していて……。
 ううん、撫でたい。
 さっき怒られなかったし大丈夫かも。
 なんて思いながら恐る恐る彼の背を撫でる。

「……茜?」

 バディはというとぽかんとしたままこちらを見上げていた。
 すると首に巻き付いていたミケが、がばりと体を起こしたと思ったらパソコンデスクに飛び移り目の前で両手をぶんぶんと振る。

「あー! 旦那ずるい! お兄さん、あっしも、あっしも撫でてくだせえ! 特に腰のあたりを!」
「え、ええ……?」

 嬉しい申し出ではあるけれど。
 リクエスト通りミケの腰のあたりを撫でると彼は目を細めてぐるぐると喉を鳴らした。

「妖怪とかって触られるの嫌がるもんじゃないの?」

 思わず尋ねるとミケは薄く目を開け、ゆらりと尾を揺らす。

「まあ人間嫌いなやつらもいますがあっしは人間大好きですえ。というか、あっしは猫又になる前は普通の猫でしたし人に飼われてた時期もありますしねぇ」
「ええ?! そうなの?!」
「おや、ご存知ありませんでした? 猫又っつーのは、何種類か居るんですがあっしは長生きしすぎてこうなったんですえ」

 そ、そうなんだ……。
 奥が深いなあ、妖怪。

「こらこら、遊んでいる場合じゃないだろう。早いところ現場に行って次の一手を探さなければ」
「そんなこと言ってぇ、羨ましいんでしょ、旦那ァ~? 旦那もめちゃくちゃに撫でてもらいたいんでしょぉ~?」

 うりうりー、なんて言いながらバディの頬をぺちぺちと叩くミケ。

「ちょ、ちょっとミケ、やめなって」
「なぁにちょっと誂ってるだけですよ。ねえねえ旦那ァ、早く素直になったほうが身のためですぜ~?」

 ミケが調子に乗った途端、バディがにっこりと笑みを浮かべる。

「ミケ。頸椎を噛み砕かれたくなかったら、その軽くて薄っぺらい口を閉じなさい」
「…………す、すんまへんどした……」

 デスクの上でぺしゃんと降参ポーズをしたミケに対し、小さく溜息を零したバディは膝の上を降りてドアの前にちょこんと座る。

「まったくもう。ほら、早く行くよ。一刻を争うかもしれないのだからふざけている時間はないぞ」

 そう言い、彼はキャスケットを深く被り直した。


 ◆ ◇ ◆ ◇



「バディ。あの、一刻を争う、って?」

 初夏の風が前髪を弄ぶ。
 少し湿っぽい匂いを感じながら、僕はバディとミケと共にあの男の子が最後に目撃された場所へと向かっていた。
 決して近いとはいえないけれどちょっと頑張れば歩いていける距離で良かった……。
 電車に乗るくらいならいいけど飛行機に乗らないといけない地域とかだったら正直詰んでいただろう。

「……前例はないのだがね、そもそもあちら側は人ならざるものが在るための場所だ。そんな場所に生きた人間が長期間滞在してしまったら、何かしらの影響があってもおかしくないだろう?」

 家を出る前バディが言った、"一刻を争うかもしれない"という言葉。
 その意味をうまいこと受け取れず投げかけた疑問にバディは少し暗い声で答えた。

「それに、あの子の見た目、違和感を感じなかったかい?」
「え? 違和感……?」

 見た目に?
 うぅん、えっと。

「行方不明者情報に載っていた当時の写真と、殆ど見た目が変わっていませんでしたえ」

 ぽつり、と隣を歩いていたミケが零す。
 その言葉にはっとした。

「子供なんて数年ありゃあっという間に成長します。でも、あのガキンチョは服装どころかサイズ感すらほぼ変わっていない」
「確かに……三年も経てば、服が合わなくなっていてもおかしくないのに」

 前を歩いていたバディがそっと足を止める。

「そうだ。あの子は成長していない。あの子の時が止まっているのか、あるいは……時間が戻っている可能性もある」
「え?」
「三年経過して成長していなければいけないはずなのに三年前の姿をそのまま保っているということは、幼くなっている、とも捉えられないか?」

 そう、とも取れる、のかな……?

「恐らくだがこの三年間あの子はずっとあちら側にいた。現世に戻した時、一体どうなってしまうんだろうか」

 確かに、そうだ。
 浦島太郎のように失った時間を取り戻すぐらいならいいけれど、もっと他の、何か大きな影響が発生してしまわないとも限らない。
 不安がぼんやりと大きくなっていって、少しでも早くあの子を元いた場所に返してあげたいという気持ちから段々と足取りが早くなる。

「さて、この辺りだね」

 バディの言葉に足を止めた。
 目の前に広がっていたのは子供が遊ぶに最適な、長閑な河川敷。
 先程よりはっきりとした水の匂いに少しだけ胸の奥がすっきりしたような気がする。
 河川敷は随分子供で賑わっていて、それを見守る親御さんたちが談笑する声が聞こえたりと、平和的な空間だ。
 そんな中、一人だけ、不安そうに両手をぎゅっと握りながら周囲をきょろきょろと見渡している女性が居た。
 どこかげっそりとした様子の彼女に既視感を覚える。

「……バディ、多分……いや、確実に、あの人だと思う」

 その女性を視線だけで指しながらそう言うとバディは不思議そうに首を傾げた。

「どうしてそう思うんだい?」
「僕に、似ているから」

 弟を見失って、どうしようもなくて、だけどあいつを探していないとどうにかなってしまいそうで。
 一人でただ藻掻いていたときの自分と、とても似ているから。

「……わかった。茜、声を掛けてみてくれないか。流石に私やミケが声を掛けたら大騒ぎになってしまう」

 そりゃそうだ。
 確かに今この場にいるメンバーだと僕が声をかけるのが一番、というか僕しか声を掛けられないだろうけれど……一体、どういう言葉を渡してあげたら良いんだろうか。
 そう、だな。
 ええっと。

「あの」

 とりあえず近付いて、そう声をかける。
 すると女性はぎこちなく振り向いてこちらを見た。
 一瞬彼女は警戒するような表情を浮かべたけれど、バディが僕の傍でちょこんとおすわりをしたのを見て安心したように小さく息を吐く。
 よかった、犬の散歩をしている人だと思われたらしい。
 このまま警戒度が上がってしまう前に、本題に入らなければ。

「だれか、お探しですか」

 そう問うと女性は大きく目を見開き……そして、うりゅ、とその目に大粒の涙を浮かべた。

「あ、あああ、ご、ごめんなさい! 急に声を掛けてしまって……! びっくりしましたよね?!」

 この言い方は失敗だったか。
 そりゃそうだ、急に話しかけてきて"誰か探してるのか"なんて不自然にも程がある。
 まして相手は女性だ。
 見も知らない男に突然声を掛けられたら内容如何に関わらず怖いに決まっている。

「いえ、いえ……そうじゃ、ないんです。ごめんなさい」

 嗚咽を漏らしながら彼女は震える声で続けた。

「あの子、わんちゃんが大好きだったなと思うと、つい……おさえ、られなくって」

 彼女の言葉でほぼ直感に近かったそれは確信に変わる。
 つい数時間前に会ったあの男の子も、ミケには目もくれずバディにばかり触りたがっていた。
 ……あれ?
 そういえばミケの姿が見えない。
 どこに行ったんだろう。

「突然泣いたりしてごめんなさい。実は……三年前、息子がいなくなってしまって。それで……」
「そう、だったんですね」

 あくまで自然に、自然に。
 ええと、次は何と声をかけようか。
 僕なら……なんと言ってもらえたら安心するだろうか。
 気休めでもなく、他人行儀でもなく、似たような状況にいる僕だからこそ言えることはないだろうか。
 数秒悩んだ末、僕はできる限り優しい声色を心がけて、口を開く。

「きっと帰ってきますよ。諦めなければ、きっと」

 これはずっと自分に言い聞かせてきた言葉だ。
 警察からは散々、暗に諦めろと言われてきた。
 周囲はもう弟は帰ってこないものと思い、故人として扱っている。
 だけど僕が欲しかったのは慰めでも同情でも激励でもなく、ましてあいつがいない未来を強く生きていくためのありがたい言葉でもない。
 僕はただ……あいつは絶対にいつか帰ってくると、一緒に信じてもらいたかったんだ。

「う、うぅ……っ」

 女性の目尻からぼろぼろと大粒の涙が溢れ、彼女はついにしゃがみ込んでしまった。

「す、すみません。ただの部外者なのに、勝手なことを」
「いいえ、そうじゃなくて。……あなた、だけだから」
「え?」

 駆け寄って背を擦ると彼女は涙を拭いながら、少しだけ笑う。

「きっと帰ってくるとはっきり言ってくれたのは……あなた、だけでしたから」

 隈が刻まれた目元がくしゃりと歪むのに釣られてこちらまで泣きそうなった。
 だけど流石に抑え込み、さてここからどうしようかと思っていると背後でバディが、わん、と犬らしく鳴いた。

「バディ? どうし……」

 振り向くと、小さなぬいぐるみを口に咥えたバディと目が合う。
 あのぬいぐるみは確か……。

「そ、それは……そのぬいぐるみは……っ!」

 途端、女性が身を乗り出す。

「あの、あれはいったいどこで?!」
「え? ええと……いえ、僕もわからなくて……」

 突然ぬいぐるみを咥えてどうしたというんだろう。
 なんて思っていると、バディはもう一度、今度は大きめの声で鳴いてどこかへ駆け出していった。

「ちょ、ば、バディ!」

 慌てて追いかけようとしたが誰かに服の裾を掴まれて前につんのめる。
 なにかと思い後ろに視線をやると、僕の服の裾を藁にもすがるような表情で掴んでいる女性と目があった。

「あの……私、ついていっても、いいですか?」

 彼女のその言葉と同時にバディがどうしてあのぬいぐるみを持っていたのか、そして駆け出していったのか、やっとわかった。
 となれば僕が彼女に対して返す言葉は一つ。

「もちろん」

 そう頷くと女性は不安と期待が入り混じった複雑な表情で、きゅっと唇を結んだ。
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