探偵事務所のドアを開けたら、そこには可愛い柴犬がいました。

とらお。

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神隠しの怪

012

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 時折こちらを振り向くバディを追いかけて裏路地に入る。
 日の当たらないその場所は幾分湿った空気で満ち満ちていて、じとりとした汗が頬を伝った。
 一応僕たちでも歩きやすい道を選んでくれているんだろうけれどそれでもやっぱりフェンスを乗り越えたり、がちゃがちゃと物が散乱した路地を駆け抜けたりとなかなかハードだ。

「大丈夫ですか?」

 振り向き、ぜえはあと呼吸を繰り返している女性に声をかける。
 すると彼女は汗をぐいと拭い、小さく頷いた。
 できる限り彼女のことを気遣いながら更に路地を奥へと進んでいく。

「あの、もしかしてなんですけれど」

 ふと。
 何も言わぬままただバディの背を追いかけていた女性が呟いた。

「あなたも、誰かを探しているんですか?」

 彼女の言葉に思わず肩が揺れる。
 なんと答えたら良いか考えていると、彼女はそのまま続けた。

「視線が……いつも、何かを探しているみたい。私と同じ」

 少しだけ嬉しそうな彼女。
 悩んだ末、弟のことを話そうと口を開いた、その時。

「ま、まこと……っ!」

 女性が大声を上げて駆け出す。
 何事かと思っていると、確かに少し遠くに、あの男の子がちょこんと立っていた。
 ……あれ?
 なんだか、天狗の彼と一緒にいたときより大きくなっているような……?
 なんて違和感を感じていると男の子は名前を呼ばれたからかこちらにふいと視線をやり、少しだけ固まって……そして、ぱあっと顔を綻ばせた。

「おかあさん!」

 その声と同時に女性が男の子をぎゅうと抱きしめ、力が抜けたようにへなへなと座り込む。

「まこと、まことぉ……! 良かった、良かったよぉ……っ!」
「おかあさん、おかあさぁん……!」

 天狗の彼が一緒にいてくれたとはいえ、やはり母親は恋しかったのだろう。
 抱きしめられた男の子は次第に顔をしわくちゃにし、女性と一緒に泣き出してしまった。
 彼女たちの再会を暖かく思うと同時に……少し、ほんの少しだけ、羨ましいと思う。

「茜」

 ただ泣きじゃくる母子を見ていたら、いつの間にか足元に居たらしいバディが僕の足に頬を擦り寄せてきた。

「バディ……」
「気がついてくれて良かった。流石、察しが良いね」

 にこりと微笑むバディに釣られて笑みを浮かべる。
 ……上手く笑えているだろうか。

「良かったね、無事に会わせることが出来て」

 そう呟く。
 今の言葉は勿論本心だ。
 だけど、なんだろう。
 この霧がかかったような、もやもやとした気持ちは。

「……茜」
「ん?」

 もう一度名を呼ばれて、彼に視線を合わせる。
 するとバディはくいと不敵に口角を持ち上げた。

「きっと帰ってくるよ。君の弟くんも。ミケもそう思うだろう?」
「ええ、もちろん」

 いつの間にそこにいたのか、振り向くとミケが近くにあった室外機の上でまん丸くなっている。

「旦那に任せとけば大丈夫ですよ、お兄さん。きっと……いや、絶対に見つけてくれますえ」

 ぱちん、と器用にウインクをして見せるミケ。
 二人のその優しく寄り添うような声を聞いていたらもやりとした気持ちはどこかへ吹っ飛んでしまった。
 代わりに湧き上がってきた彼らを思いっきり抱き寄せて思う存分撫でくりまわしたいという欲求を必死に抑え込んでいると目元を真っ赤に腫らした女性が男の子を抱きながらこちらに歩み寄ってくる。

「あの、本当にありがとうございました……! なんとお礼を言っていいか」

 勢いよく頭を下げた女性。

「そんな、僕は何も。お礼なら彼に言ってあげてください」

 そう言ってバディの背を撫でると、バディは笑ったまま、わん、と小さく鳴く。
 すると女性はくすりと笑ってバディの頭を優しく撫でた。

「ありがとうね、わんちゃん。本当に……本当にありがとう」

 噛みしめるように言った彼女はそのまま暫くバディを撫でた後ゆっくりと立ち上がる。
 そしてこちらを見て、薄く笑った。

「きっと見つかります。あなたの、探している人も。きっと」
「……そう、ですね。ありがとうございます」

 その後も女性は何度かお礼を繰り返した後、大切そうに男の子を抱きしめながら来た道を戻っていく。
 すると。

「ばいばい、赤いおじちゃん!」

 男の子がふいとこちらを振り向き、そう言って手を振った。
 そうして最後ににこりと微笑んだ男の子は女性と一緒に角を曲がっていき見えなくなる。

「……ですって、天狗の旦那」

 ミケがからかうように言うと、路地裏の角からひょっこりと天狗の彼が顔を出した。

「子が巣立つ親の気持ちというのはこういうものなのだな」

 ずず、と鼻を啜った彼に思わず笑みが漏れる。

「いやアンタの子じゃないでしょうに」

 と、ミケのツッコミが飛んだが、気にしない気にしない。

「きみ、何と言ったかな……ええと」
「僕ですか? 茜といいます」
「そうか。茜くん、面倒かけたな」

 にい、と口角を上げて笑う天狗の彼。

「そんな、僕は何も」
「そんなことはない。貴殿と……そしてそちらの探偵と猫又がいたから、あの子は元いた場所に戻ることが出来た。礼を言う」

 彼はそう言うとこちらを真っ直ぐに見て、頭を下げた。

「このお礼は必ず」
「お礼なんて……いいですから」
「いいやダメだ。貰いっぱなしは性に合わん。何か俺にできることはないか? なんでも協力しよう」
「そ、そう言われても」

 うおお、めっちゃ迫ってくる。
 後ずさった分だけついてくる……。

「では、二三お願いたいことが」

 言葉に詰まっている僕を横目にバディが声を上げる。

「茜は半年前に行方をくらませた弟くんを探しているんだ。些細な事でもいいから何かあったら教えてもらえないかい?」
「そんなことならお安い御用だ。何かあればすぐ伝えよう」

 こくこくと頷いた天狗の彼は最後に爽やかな笑みを浮かべると、

「では、また会おう」

 と告げ路地の奥へと姿を消した。
 少しだけ、ほんの少しだけ、寂しそうに。

「ところで、あの男の子……ちょっとだけ成長していたような気がするんだけど僕の気のせいかな」

 夕焼けが照らす町並みをぼんやり眺めながら帰路につく。
 そこで思い出した疑問を投げかけてみると相変わらず僕の肩の上で落ち着いているミケが、ふわあ、と欠伸をしながら答えた。

「そうそう。あのガキンチョ、あちら側と現世の境目を超えた瞬間に大きくなったんですよぅ。突然だったんでびっくりしましたえ」
「そうなんだ……」

 不思議な現象だ。

「現世に戻ってきたら姿が成長したということは、やはり、生きている人間が長期間あちら側にいると姿が幼くなってしまう、というのが正解なのかもしれないね」
「でも、あの子は幼くなるというよりは姿を保ったままだったよね……?」
「子供は成長が早いだろう? もしかしたら、成長スピードとあちら側の幼くなる作用がぴったりかち合って成長が止まったように見えた可能性もある。この理論で行くと、ある程度成長していた場合はどんどん幼くなっていくということになるだろうね。まあ、あくまで可能性の話だから断定はできないけれど」

 それ以降バディは何か考え込んでいるのか黙ってしまう。
 彼のことだ、きっと色々難しいことを考えているんだろう。
 邪魔してはいけないと思った僕は、相変わらず肩の腕に乗っかっているミケに視線をやった。

「ところで、ミケ、しばらく姿が見えなかったけど、どこに行ってたの?」

 するとミケは、待ってましたとばかりに僕の肩の上で器用にも立ち上がる。

「そりゃもう忙しかったんですよぉ! 急いであっち側に戻って山駆け上がって天狗の旦那に状況説明して、境目の近くまで来てもらって、そんでガキンチョからぬいぐるみ預かって旦那に届けて、また境目の近くまで戻って状況報告してガキンチョの相手してたんですから!」
「そ、そっか……大変だったね……」

 とりあえず頑張ってくれたんだということがわかったので、ミケの首のあたりを撫でた。

「お兄さん、疲れましたか?」
「え?」
「なんだか少し足取りが重いように感じますが」

 すると少し前を歩いていたバディがこちらを少しだけ振り向く。

「ううん、大丈夫だよ」

 体調は悪くない。
 寧ろ、いつもよりなんだかすっきりしているくらいだ。
 ただ……少し思うことがあるだけ。
 首にまとわりつくミケのひんやりとした体温を感じながら、耳の奥で懐かしい声色を思い出す。
 今回の一件で弟がいなくなったかもしれない原因の候補が一つ増えた。
 まだ、あちら側の世界に迷い込んでいると決まったわけではない。
 不自然なほどあいつの痕跡が残っていないだけで、現世でなにか犯罪に巻き込まれている可能性だって充分ある。
 だけど、それでも。
 こんな世界を知ったら……彼らに触れていたら、夢を見てしまう。
 天狗の彼に抱かれて無邪気に笑っていたあの子のように、優しい"なにか"と一緒に家出ライフを満喫してくれていたら、なんて。

「……ねえねえ、お兄さん」
「ん?」
「今日、お兄さんのとこで寝てもいいですかい?」

 ひらりと僕の肩から地面へ降り立ったミケが、しゃなりと体をくねらせながらこちらを見上げた。

「泊まりに来るってこと? 別にいいけど……」
「やっりぃ!」
「じゃあ買い物行かないとね。晩ごはんは何が良い?」
「え! あっしが決めて良いんですかい?! じゃあ、じゃあ、えっと……焼き鮭! 焼き鮭がいいです!」

 食べ物の好みまでイメージ通りなんだ……。
 なんて思っていると、くい、と服の裾に違和感が。
 視線をやるとバディが僕の裾を咥えて引っ張っている。

「バディ?」
「わ、私も行く。……行っていいかい? 茜」

 少し恥ずかしそうな彼の真っ黒い瞳には、嬉しそうな顔の自分が反射していた。
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