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鴛鴦夫婦の怪
014
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「ねえ、お父さん。お母さん、どこにいったの?」
これは懐かしい記憶だ。
鴛鴦の奥さんのあの悲しそうな顔を見て少しだけ、過去のことを思い出した。
まだ幼かった弟の手を握りしめながら、母の気配がなくなった家で、僕は父に恐る恐る聞いたことがある。
だけど父は何も答えてくれず……ただ、小さな母の写真を抱きしめて鳴くだけだった。
それから数年が経った頃、父が新しい母親だと言って綺麗な女性を連れてきたのを覚えている。
きっと父も寂しかったんだと思う。
誰でもいいと言ったら失礼かもしれないけれど、母を失ったことでぽっかりと空いた穴を誰かで埋めたかったんだろう。
だけど……僕は未だに、彼女を母と呼んだことはない。
◆ ◇ ◆ ◇
「いらっしゃい。来てくれて嬉しいよ」
そう言って綺麗な笑みを浮かべたのは金色堂の店主、おはちさん。
思惑渦巻く人間では到底浮かべることができないであろう透き通った笑みを、此方に住む彼らは浮かべる。
良く言えば、綺麗。
悪く言えば……感情が読み取れず、薄気味悪い。
だけどきっと悪い人ではないんだろうとは思う。
自分たち人間とは本質が違うだけなのだろうと自分を無理やり納得させつつ、じわりじわりと背筋を這う寒気から目を逸した。
「ありがとうございます、おはちさん。今日もお綺麗でいらっしゃいますねぇ」
おはちさんが差し出してくれた暖かそうなお茶から漂う少し苦味のある香りを吸いながら、ミケがでれでれとしているのを眺める。
「ふふ、褒めても何も出ないよ」
「いやいや。おはちさんみたいな綺麗な人が近くにいるってだけで充分ですよう」
妖怪たちの間でも見た目に関して基準があるんだ。
ちょっと不思議かも。
なんて思いつつ、目の前に置かれている金色の和菓子にそっと口をつける。
これは……カステラ、だよね?
だけど甘さがとても上品で、食感もどちらかというとふわふわで軽め。
今まで食べてきたカステラとは違う食べ物みたいだ。
あんまり美味しくて二口目を口に入れようとしたところで視線を感じ、ふいと顔を上げる。
するとこちらを心配そうに見つめるおはちさんと目が合った。
「また、来てくれた。良かった。うれしい」
そう言い、顔半分をお盆で隠しながら紡ぐおはちさん。
どういうことだろうと考えていると、おはちさんはくしゃりと目元の紅を歪ませた。
「前回、怖がらせちゃったみたいだったから。……まだ、怖い?」
しゅんとしたその様子に、慌ててカステラを飲み込んで首を振る。
「そ、そんなこと……っ! なくは……ない、ですけど……」
しまった、つい本音が。
でも本当に言いたいのはこんな気持ちじゃない。
僕は一度深呼吸し、更に眉を下げたおはちさんを真っ直ぐと見つめた。
「でも、大丈夫です。きっと僕が慣れていないだけだから。あなたは何も悪くないですよ」
そう言うとおはちさんは一瞬きょとんとした後、少し頬を染めながら嬉しそうに目を細める。
「ふふ。いいこ、なんだね。ありがとう」
そして長い指でそっと僕の髪を梳いた。
……あ、あれ。
なんか別の汗が出てきたぞ。
心なしか顔が熱い。
「あーあー、お兄さん、顔真っ赤にしちゃって、かーわいー♡」
「ちょ、ちょっとミケ、からかわないでよ!」
にしし、と笑うミケを睨みつつ、相変わらず薄く笑みを浮かべているおはちさんを見上げる。
「ところで、きみ、名前なんていうの?」
「あ、えっと……茜、です」
「茜くん、か。ふふ、よろしくね」
僕ってもしかしたらすっごいチョロいかもしれない。
先程まで違和感があったおはちさんの笑みを、素直に綺麗だと思ってしまうのだから。
「きみのことは信用しているよ。だって、バディくんが一緒に居たから」
そう紡いだおはちさんの言葉に引っかかる。
「え? そりゃ依頼人ですし、一緒にいるのは普通なんじゃ……?」
するとおはちさんとミケは暫し顔を見合わせた。
「ああ、お兄さんは知らないのも無理はありませんが、旦那が依頼人と一緒に行動することって殆どないんですよ。大体は依頼を受けてあとは旦那が一人で調べて解決しちゃうんです。お兄さんは特殊なケースなんですえ」
「えっ」
そ、そうなんだ。
初対面の時からバディの声も表情も視線も、まるで長年連れ添ってきた家族のように暖かくて優しくて……一緒にいることになんら違和感がなかったから、きっと彼は誰にでもそうなんだろうと勝手に思いこんでいたけれど、そうじゃないのか。
特別扱いをされている。
そう思うと嬉しさを感じてしまうのは、きっと人間の性なんだろう。
「バディくん、初めて会ったときは、すごく、寂しそうで、苦しそうだったから。ミケくんと会った時にちょっとマシになった、けど……最近は前よりもずっと楽しそうだよ。きみが来たからかな?」
「え、えへへ……そう、ですかね」
だめだ、にやける。
「探し人のことなんて、忘れちゃってるんじゃないかって思うくらい」
「……探し人?」
おはちさんの言葉に反応したのは、向かいに座って和菓子を頬張っているミケだった。
彼はむぐむぐと急ぎ足で口の中を空にするとテーブルに両手を置いて身を乗り出す。
するとおはちさんは目を見開いてぱちくりと瞬きをした。
「あれ? なんだ……バディくん、君たちにも話してないんだね」
持っていたお盆を片手で抱え直し、おはちさんは空いた手で自分の頬を包む。
そして、少し躊躇した後にぽつぽつと、話し出した。
これは懐かしい記憶だ。
鴛鴦の奥さんのあの悲しそうな顔を見て少しだけ、過去のことを思い出した。
まだ幼かった弟の手を握りしめながら、母の気配がなくなった家で、僕は父に恐る恐る聞いたことがある。
だけど父は何も答えてくれず……ただ、小さな母の写真を抱きしめて鳴くだけだった。
それから数年が経った頃、父が新しい母親だと言って綺麗な女性を連れてきたのを覚えている。
きっと父も寂しかったんだと思う。
誰でもいいと言ったら失礼かもしれないけれど、母を失ったことでぽっかりと空いた穴を誰かで埋めたかったんだろう。
だけど……僕は未だに、彼女を母と呼んだことはない。
◆ ◇ ◆ ◇
「いらっしゃい。来てくれて嬉しいよ」
そう言って綺麗な笑みを浮かべたのは金色堂の店主、おはちさん。
思惑渦巻く人間では到底浮かべることができないであろう透き通った笑みを、此方に住む彼らは浮かべる。
良く言えば、綺麗。
悪く言えば……感情が読み取れず、薄気味悪い。
だけどきっと悪い人ではないんだろうとは思う。
自分たち人間とは本質が違うだけなのだろうと自分を無理やり納得させつつ、じわりじわりと背筋を這う寒気から目を逸した。
「ありがとうございます、おはちさん。今日もお綺麗でいらっしゃいますねぇ」
おはちさんが差し出してくれた暖かそうなお茶から漂う少し苦味のある香りを吸いながら、ミケがでれでれとしているのを眺める。
「ふふ、褒めても何も出ないよ」
「いやいや。おはちさんみたいな綺麗な人が近くにいるってだけで充分ですよう」
妖怪たちの間でも見た目に関して基準があるんだ。
ちょっと不思議かも。
なんて思いつつ、目の前に置かれている金色の和菓子にそっと口をつける。
これは……カステラ、だよね?
だけど甘さがとても上品で、食感もどちらかというとふわふわで軽め。
今まで食べてきたカステラとは違う食べ物みたいだ。
あんまり美味しくて二口目を口に入れようとしたところで視線を感じ、ふいと顔を上げる。
するとこちらを心配そうに見つめるおはちさんと目が合った。
「また、来てくれた。良かった。うれしい」
そう言い、顔半分をお盆で隠しながら紡ぐおはちさん。
どういうことだろうと考えていると、おはちさんはくしゃりと目元の紅を歪ませた。
「前回、怖がらせちゃったみたいだったから。……まだ、怖い?」
しゅんとしたその様子に、慌ててカステラを飲み込んで首を振る。
「そ、そんなこと……っ! なくは……ない、ですけど……」
しまった、つい本音が。
でも本当に言いたいのはこんな気持ちじゃない。
僕は一度深呼吸し、更に眉を下げたおはちさんを真っ直ぐと見つめた。
「でも、大丈夫です。きっと僕が慣れていないだけだから。あなたは何も悪くないですよ」
そう言うとおはちさんは一瞬きょとんとした後、少し頬を染めながら嬉しそうに目を細める。
「ふふ。いいこ、なんだね。ありがとう」
そして長い指でそっと僕の髪を梳いた。
……あ、あれ。
なんか別の汗が出てきたぞ。
心なしか顔が熱い。
「あーあー、お兄さん、顔真っ赤にしちゃって、かーわいー♡」
「ちょ、ちょっとミケ、からかわないでよ!」
にしし、と笑うミケを睨みつつ、相変わらず薄く笑みを浮かべているおはちさんを見上げる。
「ところで、きみ、名前なんていうの?」
「あ、えっと……茜、です」
「茜くん、か。ふふ、よろしくね」
僕ってもしかしたらすっごいチョロいかもしれない。
先程まで違和感があったおはちさんの笑みを、素直に綺麗だと思ってしまうのだから。
「きみのことは信用しているよ。だって、バディくんが一緒に居たから」
そう紡いだおはちさんの言葉に引っかかる。
「え? そりゃ依頼人ですし、一緒にいるのは普通なんじゃ……?」
するとおはちさんとミケは暫し顔を見合わせた。
「ああ、お兄さんは知らないのも無理はありませんが、旦那が依頼人と一緒に行動することって殆どないんですよ。大体は依頼を受けてあとは旦那が一人で調べて解決しちゃうんです。お兄さんは特殊なケースなんですえ」
「えっ」
そ、そうなんだ。
初対面の時からバディの声も表情も視線も、まるで長年連れ添ってきた家族のように暖かくて優しくて……一緒にいることになんら違和感がなかったから、きっと彼は誰にでもそうなんだろうと勝手に思いこんでいたけれど、そうじゃないのか。
特別扱いをされている。
そう思うと嬉しさを感じてしまうのは、きっと人間の性なんだろう。
「バディくん、初めて会ったときは、すごく、寂しそうで、苦しそうだったから。ミケくんと会った時にちょっとマシになった、けど……最近は前よりもずっと楽しそうだよ。きみが来たからかな?」
「え、えへへ……そう、ですかね」
だめだ、にやける。
「探し人のことなんて、忘れちゃってるんじゃないかって思うくらい」
「……探し人?」
おはちさんの言葉に反応したのは、向かいに座って和菓子を頬張っているミケだった。
彼はむぐむぐと急ぎ足で口の中を空にするとテーブルに両手を置いて身を乗り出す。
するとおはちさんは目を見開いてぱちくりと瞬きをした。
「あれ? なんだ……バディくん、君たちにも話してないんだね」
持っていたお盆を片手で抱え直し、おはちさんは空いた手で自分の頬を包む。
そして、少し躊躇した後にぽつぽつと、話し出した。
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