魔王様のお気に召すまま

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魔王様のお望みのままに

勇者はその手を受け入れた

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__ここで、終わりか。

自嘲の笑みを浮かべながら勇者ヴィクトールは必死で立ちあがろうと聖剣を地面に突き立てた。

「勇者様!ここはお逃げ…ッ!!」

目の前で、聖女と呼ばれた少女の頭が吹き飛んだ。無理矢理、嫌がる自分を勇者にした彼女に情などない。が、少しだけ哀れに思った。

(……短い、人生だったな。)

帝国の六男に産まれ、王族としては底辺の人生を送ってきた。唯一心を許した母が死に、それを悲しむまもなく勇者に選ばれ無理矢理ここまで連れてこられた。どうしようもない、救いようのない人世だった。

カツ、カツと、死の足音が響き渡る。
最期の足掻きとばかりに、ヴィクトールは顔を上げた。

「……まだ、顔を上げる力が残っていたのか。」

ほんの少し驚いたように、その血潮をそのまま固めたかのような紅い瞳を見開く魔王にこんな時でも、美しいものを美しいと思う余裕が有る自分に呆れて笑いが漏れた。
そんな自分に何を思ったのか、長い漆黒の髪をゆらりと揺らし、魔王は淡く微笑んだ。



「__勇者よ、取引をしないか?」

その日、勇者は魔王の手に落ちた。




*******




「魔王様!!魔王様!!もう寝て下さい何日徹夜してると思っているんですか!?」

「……平気だ。まだ七日目であろう。この程度で根を上げるほど柔な体はしていない。魔族の文化レベルの向上のためにはこの我がいくら手を尽くしても……」

「い・い・か・ら・寝・て・く・だ・さ・い。」

「…ああ。」

不満げに眉間に皺を寄せる魔王にため息をつきヴィクトール…かつて勇者であった男、ヴィクトール・ブラックモアと呼ばれていた彼は不満げに魔王が先程まで手をつけていた書類をかたづける。
綺麗にまとめられているそれは、かつて過ごしていた人間の国で作られていたそれと遜色ない出来であり、野蛮と謳われていた魔族のイメージを壊すのに十分すぎるものだった。

「……にしても、魔族がこんなしっかりした雇用形態を保持しているだなんて驚きました。賃金もきちんとでますし、食事だって充実している、息抜きするための娯楽施設も完備してますし……驚くことづくめです。」

ハッキリ言って王族であったときより充実した生活をしている自覚がある。

「……そうか?昔から魔族はこんな物だったぞ?まあこういうのは魔族を排除したがる人間には邪魔な情報だろうから意図的に隠されているんだろう。」

まあ魔族や魔物の中には知性の低いものが多いのも事実ではあるがとヴィクトールが用意しておいた紅茶を飲みながら魔王は呟く。

「それにしても……勇者を雇うとは魔王様も変わり者ですね。」

あの時__死ぬであろうと覚悟していたヴィクトールに魔王が持ちかけた取引は簡単なものだった。
曰く、『一緒にお前の故郷も滅ぼさないか?』と。

元々、魔王は人間にちょっかいを出す気はなかったらしい。が、勇者まで差し向けられたらそれなりの抵抗をするしかない。つまり、勇者を差し向けた国を滅ぼすということ。

歴代の勇者達の活躍により、魔王はその力を削がれ続けてきた。今回のヴィクトールとの戦い、実は割と死にかけていたらしい。怪我ではなく、魔力切れで。しかし幸か不幸か、ヴィクトールは強制的に選ばれた勇者であり、完全に力を開花させる前に魔王に挑んだがゆえ、奇しくも余力を残したまま生き延びることができ、かつ今まで満足にできなかった回復作業を受けることができたのだという。

『__これでようやく今までの借りを返すことができる。』

そう笑った顔の凄絶な美しさに、ヴィクトールは取引してよかったと心底実感した。
元々故郷に対して思い入れもない。なぜならヴィクトールにとって家族とはいまだに玉座にある父でなく、ましてや顔も知らない異母兄弟達などではなく、母一人だけであり、さらに親しくしていた人間など一人もいなかったためだ。
罪もない民を見捨てることに関しては心が痛んだがやはり勇者といえど強制では他人より自分を優先してしまうのは自明の理である。実にアッサリとヴィクトールは魔王の手を取った。

「……魔王に雇われている勇者というのも大概だと思うが。」

__そして、それを後悔なんて欠片もしていない。
魔王がからかうように囁く言葉にニヤリと笑って返し、ヴィクトールは頭を下げる。それに満足そうに頷いて魔王はゆっくりと立ち上がった。

「では一眠りしてこよう。何かあったら起こすように。……期待してるぞ、ヴィー。」

「仰せのままに、私の魔王様マイロード。」

にっこりと、その碧い瞳を細めながら月明かりに金糸のような髪を煌めかせ、勇者は魔王に頭を下げた。
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