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突然触れられても、心の準備が出来ておりませんが!
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美しい装飾に、花々がよりキレイに見えるように配置されている。
手入れの行き届いたここは、后妃が管理する箱庭だ。よっぽど腕のいい庭師が要るのだろうと、オルビアは感嘆のため息ついた。
もちろん、感動したのはオルビアだけではない。招待された夫人の全員が羨ましそうに眺めてしまっている。気の滅入っていたオルビアとレイチェルも、あまりの美しさに気分が少し浮上し始めた。
「気に入って頂けたようで、ホッとしましたわぁ!」
「気に入るなんて物では御座いません。こんなに美しい箱庭は、生まれて初めてです」
口々に発するその称賛に、后妃も満更ではないのか、綻ぶ口元を少し開いた扇子で隠している。
「さぁ、我が国一番のパティシェが作ったスイーツを食べながら、お話致しましょう!」
可愛らしく微笑む后妃は、確かもうすぐ45歳ではなかっただろうか。
自分の父と、そんなに変わらない年齢のはずなのに、随分と若々しく見える。
アシュランの出生ではない后妃の肌は桃色がかった黄色で、熟れて食べ頃の桃のようだ。黒く艶やかな髪に、コロリと大きな瞳の色はユスファリムと同じ冬の空を思わせるグレーに輝いている。
話す声も可愛らしく、オルビアは本当に年齢の分からない人だと、美しさの秘訣を知りたくなった。
彼女ほど美しければ、婚約者に捨てられるような事にはならなかったのかもしれない。自分とは真逆の后妃に、自分では得られなかった幸せを思って、手の平をコロリと転がったクッキーを口にした。
ホロホロと口の中でほどけるように熔けて、上品な甘さが口に広がる。
後味と鼻腔を抜ける甘酢っぽさに、イチゴを思ったオルビアは、自然と2個目、3個目と手を伸ばしていた。
「気に入って頂けたようですね」
「ひゃっ!」
背後で甘く掠れた声に驚いて肩を小さく震わせると、ふふふと声を抑えた笑い声と表情にオルビアの胸が、ドクリと高鳴った。
「あら、ユスファリム。ポーカーをしていたのではなくて?」
「父上に追い出されましてね」
「手加減して差し上げないからよ」
「しましたよ、ただ……母上の庭から聞こえる可愛らしい声に気をとられて、勝ってしまいました」
ユスファリムはゆったりとした風格のある動きで、オルビアの隣へ腰をおろした。
まさか、自分の隣に座るなどと思ってもいなかったオルビアは、隣から注がれる熱い視線にどうすることが正解なのか分からない。
曲がりなりにも既に婚約しているオルビアに、向けていい意味の視線ではないと思うが、后妃はそれをニコニコと見守っているし、周りの淑女たちは羨ましそうに見ている。
「ユスファリム、其れくらいにしておかないとオルビア嬢が困ってしまってよ? それに、まだ皆様の目もありますのよ」
おっとりした口調に、色々と突っ込みたい内容の発言が見てとれたが、発言が出来るほどの勇気はないし、右隣に座るレイチェルなど、苦笑いを浮かべている。
「あぁ、申し訳ない。こんなに美しい女に出会ったことがありませんでしたから、女神かと見惚れてしまいました」
「………っ?!」
ユスファリムは、なんとも自然な仕草でオルビアの髪に指を絡めて、口付ける真似をした。
一瞬、観劇のワンシーンの様なその動作を眺めてしまったオルビアは、周りの淑女達の感嘆のため息が混じった小さな歓声に我に返った。
何をされたのか。
髪に口付けた。
いや、真似ただけだが……彼は確かに熱い視線を自分に向けて、見せ付けるようにした。
愛されたかった人に愛されていない。だが、私はまだ婚約しているのにっ!!
パシーンッ───……
「なっ、なんてっことをっ! ………わたくしはっ、も、もうしわけっ………?!」
オルビアの左の手の平がジンジンと熱くなっている。
考えるより速く飛び出た手は、髪を絡めていたユスファリムの右手を叩き落としていた。
怒りなのか、恥ずかしさなのか、悔しさなのか、訳の分からない衝動にかられたオルビアは、ほぼ同時に冷静さを取り戻した。
さぁっと色んな考えが、冷えた頭に滑り込んでくる。
冷戦状態にある国の次期国王に手をあげてしまった。
どんな理由があっても、許される事ではない。ましてや、クリストファーももう時期、戴冠式を迎えるのに、こんな事をしてもし、険悪な関係性に戻ってしまったら……?
大好きな父や兄の足を引っ張ってしまう。せり上がる目頭の熱が、涙が溢れる寸前だと警告音を鳴らしている。
オルビアは今この場で、どんな謝罪をすればいいのかを思案しようと、焦る思考に鞭を射った。
───間際だ。
目の前で椅子から立ち上がったユスファリムが、オルビアの横で地面に片膝をついて頭を垂れている。
謝るべきオルビアより先に、ユスファリムが動いたのだ。
「オルビア嬢、どうか泣かないで…貴女にはもっと速く出会いたかった。それを、昨日からずっと思い続けて気持ちが急いてしまった……貴女の許しなしに触れる等、紳士としてあるまじき行為だった」
「あ…いえ! そんな! お止めくださいっ! 謝るのはわたくしの方でっ」
慌てふためくのはオルビアだけで、周りはニコニコと静観している。隣に座っているレイチェルに至っては、もはや苦笑いで他人のふりだ。
だが、それに気付く余裕すらないオルビアはあたふたとしながら、ユスファリムに頭を上げてもらう方法にばかり気をとられる。
「オルビア嬢が謝る必要はありません。私が悪いのです。貴女の美しい金の髪が太陽に輝く黄金の絹糸のようで、その間から覗く伏せたブルーダイヤの瞳に私を…私だけを映して欲しくて、つい触れてしまった。…触れてしまったら、貴女が愛らしくて、もっと色んな貴女を見たいと欲張ってしまった。……どうか、欲張った私を許して欲しいのです」
これまでの18年間で、オルビアがここまで男性に甘く口説かれた事などなかった。止める間もなく、ユスファリムの口から紡がれる口説き文句に近い言葉の数々に、既にショート寸前のオルビアは、真っ赤な顔で口をパクパクと開いては閉じて、また開いてを繰り返す。
周りは周りで、予想以上の口説きっぷりに仄かに頬を染めて、今巷で人気のロマンス劇を見ている様な気分で楽しんでいる。
だが、当の本人はそれどころではない。今まで、羨ましくてせめて想像の中でだけでも…と読みふけった小説通り…いや、それ以上の事が起こっているのに、嬉しがっている暇など全くない。
自分には、既に結婚を誓った──正確には誓わされて、今まさに婚約破棄寸前だが…──アルベルトという婚約者もいる。
兄の戴冠式の翌月に結婚式まで開く予定なのだから、もう言っている間に夫人となるオルビアは、もはや半分結婚しているようなものだ。
そんな彼女を見て、困ったように笑ったレイチェルが助け船を出した。
「ユスファリム殿下、どうかその辺りで引いて下さいませんこと? わたくしのかわいい妹は、そういった熱烈なアピールに疎い、初な乙女なのです。初めからそんなにとばされては、受け止めきれません」
「お、お姉さまっ?!」
「………(ッチ)そうですか。これは意外です。こんなにも美しい女性ですから、男性からのアプローチは数え切れないほど受けているのかと……これでも随分と遠慮したつもりなのですが」
横槍を入れられたと言わんばかりにレイチェルに、冷たい笑顔を向けるユスファリムに、レイチェルも負けじと微笑む。
「我が国の殿方はみな秘めた熱情を、他人に見せびらかしたり致しませんの」
(大衆の前で、ルビアが困っているのが分からないの?!)
「だから、要らぬ虫が着くのですね」
(見せびらかしていないから、あんなバカにしてやられるんだ)
「あら、どこぞの羽虫と一緒にされては困りますわ。あれにはわたくしたちも困っておりましたのに…」
(ルビアの意思を尊重しすぎた男どもには呆れているのに、この男までルビアの心を乱すつもりなのっ?!)
「これは失礼致しました」
「分かって頂けて何よりです。これ以上は、どうかクリスからの了承を受けてからにしてくださいましね?」
言葉の裏側の攻防など、いつの間にか蚊帳の外にされたオルビアには読み取れない。彼女は、見た目ほど大人の女性ではない。愛されて甘やかされて幸せになりたいと願うただの乙女なのだ。その望みを叶える為に、ここに来たのは確かだが、いざそうなるとたじたじなのは慣れていないから。
ユスファリムには、それが可愛くて仕方がないが、これ以上は要らぬ虎を檻から出すことになりそうなので、今は引くことにした。
「なんだ、もう手を出してしまったのか?」
「あら、陛下」
背後から現れたアシュラン皇国皇帝に、席についていた全員が腰を上げようとしたのを、彼は手を上げて制した。
「楽にしてくれ。妻を愛でに来ただけだ」
「嫌ですわ、もう」
肩に手を置いて旋毛に口付けながら、ユスファリムに目をやって、ニヤついている。皇帝もかなりの美丈夫だからか、そのニヤつきすら様になっている。
「人聞きの悪い事を言わないで下さい。まだ手を出したわけではありません。」
「まだ、ということは、手を出す気は有るように聞こえるぞ?」
「許しを頂ければいつでも…という意味です」
「かっかっかっ! 血は争えんと言うことだな!」
大口を開けて笑ってみせた皇帝は、昨日の食事会で見かけた威厳は隠れ、少年のような顔でくしゃりと笑っている。
オルビアはそれを見て、ユスファリムも年を経ればあんな風に笑うのだろうかと、つい見惚れてしまった。
「きゃっ?!」
「いけませんよ……私以外の男をそんな目で見ては………私が妬いてしまう」
オルビアの視界を、ユスファリムの大きな手が遮る。突然の温もりに、僅かに引いたはずの熱がまたぶり返す。
この人は、先ほど許しもなく触ったことを謝ったのに、懲りずに触れてくる。
本当に、どうしてしまったのか。
オルビアの不幸なはずの人生に、一筋の光がさし始める。
だが、それを受け入れるのは、一途にアルベルトを想っていたはずのこれまでのオルビアを否定することになりそうで、怖い。だが、強く拒否出来る自信もない。悪い気がしないのだから……。
「………今夜、使いをやります。続きはその時に」
耳元で掠れた囁きと熱い吐息に、オルビアが肩をビクつかせると、ユスファリムが満足そうにほくそ笑んで、オルビアから離れた。
他の令嬢や夫人たちに一礼して、皇帝と箱庭を後にしたユスファリムを、オルビアは鳴り止まぬ鼓動に慣れないまま、見送った。
「はぁーーーっ! やっぱり、素敵ですわね、ユスファリム殿下っ!」
「本当に、何をしても様になるのですねぇ! 后妃様にベタぼれで横恋慕してしまった陛下を思い出しましたわ」
オルビアは、そう話す令嬢たちに耳を疑った。
陛下は、后妃様を婚約者から奪ってしまったということかと、驚いて勢い任せに其方に体を向けてしまった。
「あら、オルビア様も御存じでしょう? 『冬の女神へ求婚を』というお話は、アシュラン皇国の陛下と后妃様を題材にされたものですのよ?」
「あのお話は何度読んでも、感動致しますわー!」
「もう、恥ずかしいからお止めくださいな」
后妃が頬を染めて、扇子で口元を隠した。その仕草すら、絵画のようで見惚れてしまう。
だが、オルビアはそれどころではない。
血は争えないとは、そういうことなのかと感心する半面、それではあの話の様に先ほどの事など比べ物にならない程、熱烈に口説かれてしまうということなのか。
ポッポッと熱くなる体に、この場から逃げてしまいたくなったオルビアは、椅子に座り直して小さくなった。
あの話は、どんなだったか───……。
───北の国には、女神のように美しく愛らしい王女がいた。
彼女には婚約者がいたが、恋をしていたわけではない。この人が結婚相手だと、紹介され、「はい、そうですか」と2、3度お茶をして婚約に至った。
そのすぐ後に開かれた舞踏会で、南の国の王が、壁の花となっていた彼女を一目見て虜になり、その場で結婚を迫る。だが、結婚を決めた相手がいると振られる。だが、翌週には婚約が無くなり、驚く間もなく、南の国の王が彼女に半ば無理矢理に結婚を申し込み、奪い取ってしまった。
結婚式までの1ヶ月を、毎夜毎夜愛を唱えて、甘やかし、少しずつ冬の女神をものにしていく。
という、何とも甘いおとぎ話だが、これがまさかノンフィクションだったとは……しかも、この話には2種類の内容があるのだ。
少女向けの話は可愛らしく夢を語るように綴られているが、女性向けにはかなりの濃厚な愛情表現が幾度も見受けられるのだ。
着色もあるのだろうが、読んでいるこちらが恥ずかしくなるような内容ばかり。
あれが、自分の身に起こるのだとしたら……想像するだけでっ。
オルビアは、思い出してしまった事を後悔しながら、注目の的となってしまった茶会をやり過ごすしかなかった。
手入れの行き届いたここは、后妃が管理する箱庭だ。よっぽど腕のいい庭師が要るのだろうと、オルビアは感嘆のため息ついた。
もちろん、感動したのはオルビアだけではない。招待された夫人の全員が羨ましそうに眺めてしまっている。気の滅入っていたオルビアとレイチェルも、あまりの美しさに気分が少し浮上し始めた。
「気に入って頂けたようで、ホッとしましたわぁ!」
「気に入るなんて物では御座いません。こんなに美しい箱庭は、生まれて初めてです」
口々に発するその称賛に、后妃も満更ではないのか、綻ぶ口元を少し開いた扇子で隠している。
「さぁ、我が国一番のパティシェが作ったスイーツを食べながら、お話致しましょう!」
可愛らしく微笑む后妃は、確かもうすぐ45歳ではなかっただろうか。
自分の父と、そんなに変わらない年齢のはずなのに、随分と若々しく見える。
アシュランの出生ではない后妃の肌は桃色がかった黄色で、熟れて食べ頃の桃のようだ。黒く艶やかな髪に、コロリと大きな瞳の色はユスファリムと同じ冬の空を思わせるグレーに輝いている。
話す声も可愛らしく、オルビアは本当に年齢の分からない人だと、美しさの秘訣を知りたくなった。
彼女ほど美しければ、婚約者に捨てられるような事にはならなかったのかもしれない。自分とは真逆の后妃に、自分では得られなかった幸せを思って、手の平をコロリと転がったクッキーを口にした。
ホロホロと口の中でほどけるように熔けて、上品な甘さが口に広がる。
後味と鼻腔を抜ける甘酢っぽさに、イチゴを思ったオルビアは、自然と2個目、3個目と手を伸ばしていた。
「気に入って頂けたようですね」
「ひゃっ!」
背後で甘く掠れた声に驚いて肩を小さく震わせると、ふふふと声を抑えた笑い声と表情にオルビアの胸が、ドクリと高鳴った。
「あら、ユスファリム。ポーカーをしていたのではなくて?」
「父上に追い出されましてね」
「手加減して差し上げないからよ」
「しましたよ、ただ……母上の庭から聞こえる可愛らしい声に気をとられて、勝ってしまいました」
ユスファリムはゆったりとした風格のある動きで、オルビアの隣へ腰をおろした。
まさか、自分の隣に座るなどと思ってもいなかったオルビアは、隣から注がれる熱い視線にどうすることが正解なのか分からない。
曲がりなりにも既に婚約しているオルビアに、向けていい意味の視線ではないと思うが、后妃はそれをニコニコと見守っているし、周りの淑女たちは羨ましそうに見ている。
「ユスファリム、其れくらいにしておかないとオルビア嬢が困ってしまってよ? それに、まだ皆様の目もありますのよ」
おっとりした口調に、色々と突っ込みたい内容の発言が見てとれたが、発言が出来るほどの勇気はないし、右隣に座るレイチェルなど、苦笑いを浮かべている。
「あぁ、申し訳ない。こんなに美しい女に出会ったことがありませんでしたから、女神かと見惚れてしまいました」
「………っ?!」
ユスファリムは、なんとも自然な仕草でオルビアの髪に指を絡めて、口付ける真似をした。
一瞬、観劇のワンシーンの様なその動作を眺めてしまったオルビアは、周りの淑女達の感嘆のため息が混じった小さな歓声に我に返った。
何をされたのか。
髪に口付けた。
いや、真似ただけだが……彼は確かに熱い視線を自分に向けて、見せ付けるようにした。
愛されたかった人に愛されていない。だが、私はまだ婚約しているのにっ!!
パシーンッ───……
「なっ、なんてっことをっ! ………わたくしはっ、も、もうしわけっ………?!」
オルビアの左の手の平がジンジンと熱くなっている。
考えるより速く飛び出た手は、髪を絡めていたユスファリムの右手を叩き落としていた。
怒りなのか、恥ずかしさなのか、悔しさなのか、訳の分からない衝動にかられたオルビアは、ほぼ同時に冷静さを取り戻した。
さぁっと色んな考えが、冷えた頭に滑り込んでくる。
冷戦状態にある国の次期国王に手をあげてしまった。
どんな理由があっても、許される事ではない。ましてや、クリストファーももう時期、戴冠式を迎えるのに、こんな事をしてもし、険悪な関係性に戻ってしまったら……?
大好きな父や兄の足を引っ張ってしまう。せり上がる目頭の熱が、涙が溢れる寸前だと警告音を鳴らしている。
オルビアは今この場で、どんな謝罪をすればいいのかを思案しようと、焦る思考に鞭を射った。
───間際だ。
目の前で椅子から立ち上がったユスファリムが、オルビアの横で地面に片膝をついて頭を垂れている。
謝るべきオルビアより先に、ユスファリムが動いたのだ。
「オルビア嬢、どうか泣かないで…貴女にはもっと速く出会いたかった。それを、昨日からずっと思い続けて気持ちが急いてしまった……貴女の許しなしに触れる等、紳士としてあるまじき行為だった」
「あ…いえ! そんな! お止めくださいっ! 謝るのはわたくしの方でっ」
慌てふためくのはオルビアだけで、周りはニコニコと静観している。隣に座っているレイチェルに至っては、もはや苦笑いで他人のふりだ。
だが、それに気付く余裕すらないオルビアはあたふたとしながら、ユスファリムに頭を上げてもらう方法にばかり気をとられる。
「オルビア嬢が謝る必要はありません。私が悪いのです。貴女の美しい金の髪が太陽に輝く黄金の絹糸のようで、その間から覗く伏せたブルーダイヤの瞳に私を…私だけを映して欲しくて、つい触れてしまった。…触れてしまったら、貴女が愛らしくて、もっと色んな貴女を見たいと欲張ってしまった。……どうか、欲張った私を許して欲しいのです」
これまでの18年間で、オルビアがここまで男性に甘く口説かれた事などなかった。止める間もなく、ユスファリムの口から紡がれる口説き文句に近い言葉の数々に、既にショート寸前のオルビアは、真っ赤な顔で口をパクパクと開いては閉じて、また開いてを繰り返す。
周りは周りで、予想以上の口説きっぷりに仄かに頬を染めて、今巷で人気のロマンス劇を見ている様な気分で楽しんでいる。
だが、当の本人はそれどころではない。今まで、羨ましくてせめて想像の中でだけでも…と読みふけった小説通り…いや、それ以上の事が起こっているのに、嬉しがっている暇など全くない。
自分には、既に結婚を誓った──正確には誓わされて、今まさに婚約破棄寸前だが…──アルベルトという婚約者もいる。
兄の戴冠式の翌月に結婚式まで開く予定なのだから、もう言っている間に夫人となるオルビアは、もはや半分結婚しているようなものだ。
そんな彼女を見て、困ったように笑ったレイチェルが助け船を出した。
「ユスファリム殿下、どうかその辺りで引いて下さいませんこと? わたくしのかわいい妹は、そういった熱烈なアピールに疎い、初な乙女なのです。初めからそんなにとばされては、受け止めきれません」
「お、お姉さまっ?!」
「………(ッチ)そうですか。これは意外です。こんなにも美しい女性ですから、男性からのアプローチは数え切れないほど受けているのかと……これでも随分と遠慮したつもりなのですが」
横槍を入れられたと言わんばかりにレイチェルに、冷たい笑顔を向けるユスファリムに、レイチェルも負けじと微笑む。
「我が国の殿方はみな秘めた熱情を、他人に見せびらかしたり致しませんの」
(大衆の前で、ルビアが困っているのが分からないの?!)
「だから、要らぬ虫が着くのですね」
(見せびらかしていないから、あんなバカにしてやられるんだ)
「あら、どこぞの羽虫と一緒にされては困りますわ。あれにはわたくしたちも困っておりましたのに…」
(ルビアの意思を尊重しすぎた男どもには呆れているのに、この男までルビアの心を乱すつもりなのっ?!)
「これは失礼致しました」
「分かって頂けて何よりです。これ以上は、どうかクリスからの了承を受けてからにしてくださいましね?」
言葉の裏側の攻防など、いつの間にか蚊帳の外にされたオルビアには読み取れない。彼女は、見た目ほど大人の女性ではない。愛されて甘やかされて幸せになりたいと願うただの乙女なのだ。その望みを叶える為に、ここに来たのは確かだが、いざそうなるとたじたじなのは慣れていないから。
ユスファリムには、それが可愛くて仕方がないが、これ以上は要らぬ虎を檻から出すことになりそうなので、今は引くことにした。
「なんだ、もう手を出してしまったのか?」
「あら、陛下」
背後から現れたアシュラン皇国皇帝に、席についていた全員が腰を上げようとしたのを、彼は手を上げて制した。
「楽にしてくれ。妻を愛でに来ただけだ」
「嫌ですわ、もう」
肩に手を置いて旋毛に口付けながら、ユスファリムに目をやって、ニヤついている。皇帝もかなりの美丈夫だからか、そのニヤつきすら様になっている。
「人聞きの悪い事を言わないで下さい。まだ手を出したわけではありません。」
「まだ、ということは、手を出す気は有るように聞こえるぞ?」
「許しを頂ければいつでも…という意味です」
「かっかっかっ! 血は争えんと言うことだな!」
大口を開けて笑ってみせた皇帝は、昨日の食事会で見かけた威厳は隠れ、少年のような顔でくしゃりと笑っている。
オルビアはそれを見て、ユスファリムも年を経ればあんな風に笑うのだろうかと、つい見惚れてしまった。
「きゃっ?!」
「いけませんよ……私以外の男をそんな目で見ては………私が妬いてしまう」
オルビアの視界を、ユスファリムの大きな手が遮る。突然の温もりに、僅かに引いたはずの熱がまたぶり返す。
この人は、先ほど許しもなく触ったことを謝ったのに、懲りずに触れてくる。
本当に、どうしてしまったのか。
オルビアの不幸なはずの人生に、一筋の光がさし始める。
だが、それを受け入れるのは、一途にアルベルトを想っていたはずのこれまでのオルビアを否定することになりそうで、怖い。だが、強く拒否出来る自信もない。悪い気がしないのだから……。
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他の令嬢や夫人たちに一礼して、皇帝と箱庭を後にしたユスファリムを、オルビアは鳴り止まぬ鼓動に慣れないまま、見送った。
「はぁーーーっ! やっぱり、素敵ですわね、ユスファリム殿下っ!」
「本当に、何をしても様になるのですねぇ! 后妃様にベタぼれで横恋慕してしまった陛下を思い出しましたわ」
オルビアは、そう話す令嬢たちに耳を疑った。
陛下は、后妃様を婚約者から奪ってしまったということかと、驚いて勢い任せに其方に体を向けてしまった。
「あら、オルビア様も御存じでしょう? 『冬の女神へ求婚を』というお話は、アシュラン皇国の陛下と后妃様を題材にされたものですのよ?」
「あのお話は何度読んでも、感動致しますわー!」
「もう、恥ずかしいからお止めくださいな」
后妃が頬を染めて、扇子で口元を隠した。その仕草すら、絵画のようで見惚れてしまう。
だが、オルビアはそれどころではない。
血は争えないとは、そういうことなのかと感心する半面、それではあの話の様に先ほどの事など比べ物にならない程、熱烈に口説かれてしまうということなのか。
ポッポッと熱くなる体に、この場から逃げてしまいたくなったオルビアは、椅子に座り直して小さくなった。
あの話は、どんなだったか───……。
───北の国には、女神のように美しく愛らしい王女がいた。
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着色もあるのだろうが、読んでいるこちらが恥ずかしくなるような内容ばかり。
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その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
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