28歳 喪女な私の愛され開発生活

甘噛屋

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第一章 愛される前の準備

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 飯塚 涼子。もうすぐ28歳。

 生粋の女子高育ち。

 175㎝の長身とスレンダーな体つき。よく言えば、スレンダー。うん、良く言えばね。
 はっきり言えば、まな板胸部の貧相な身体。

 伸ばした所で似合いはしないロングの髪は、いつからだったか忘れたけれど、ショートカットにしてしまった。だって、その方が似合うって皆が言うんだもの。
 それから伸ばした記憶もないし、伸びればすぐに鬱陶しくなって切ってしまう。

 中高一貫校だった母校では、王子様なんてあだ名まで付けられて…それは大学に上がってからも変わらなかったわけで、合コンに誘われても女の子をみんな掻っ攫ってしまうからある時を境に誘われなくなったし、行かなくなった。


 大学を出て就職した先でも、その評価というか印象というか…そういうのは変わらなかった。
 変わろうにも、周りがそれを許してくれそうに無かった。

 飯塚 涼子は、『飯塚 涼子』のままでいい、ということらしい。
 まぁ、私もたいして『女の子』に成ろうとも思わなかったし、今さら成れる年齢的にも可愛くはない。

 そんな私も、もう立派なアラサー。

 身体にバチっと合わせたパンツスーツ。
 ついこの間、夏のボーナスで新調したセルフオーダーのスーツだ。
 すっかり履き慣れた黒いピンヒール、きゅっと上がった吊り目。

 ここまで完璧な防備で寄って来る男がいれば、頭を下げてお礼を言いたい。
 いや、望んで防御している訳ではない。私に似合うと言われるものを身に付けたらそうなってしまっただけなのだ。

 お察しの通り、私は28歳アラサーにして、彼氏無し=年齢、そして当然ながら『処女』である。


 「高木くーん! 15時からの会議の資料、出来てるの?」

 「あ、はぁい!」

 「あ、はぁい! じゃないよ。『はい!出来てます。』でいいのに、そんな間延びした言い方しない」

 「すんま…すみません」


 高木くん。24…いや25歳だったかな。

 院生上がりのエリート組新入社員。学生が抜け切っていないのか、少しチャラチャラしていてナヨッとしている。

 私がこれまで受け持った新卒たちの中では一番年上で、一番肝が据わっている。


 「飯塚先輩、今日も決まってますね!」

 そして、誉めるのも煽てるのも下手くそ。

 「…この資料、見直しした? 誤字脱字に加えて、このデータ昨年度のまんま更新せずに使ったでしょ?」

 「え、まじっすか?」

 「……はぁ、やり直し! …私、次会議だから席外すけど、大丈夫よね?」

 「あ、はぁぃ」

 「…はぁ、資料は出来たら小田ちゃんに見てもらってね」


 また『あ、はぁぃ』って変な返事をされて、ため息が出る。最後の『い』なんて、尻すぼみしててほとんど聞こえないし!
 いや、細かいとも思われてるのかもしれない。今時言葉遣いをとやかく言うなんてとも思うけれど、営業にも行かなきゃいけない。会うのは皆、自分よりも年上の大先輩であることの方が9割りだ。それなのに、言葉遣いで信用してもらいにくくなるのなんて、もったいないと思う。
 一応、エリート組なんだし、ちゃんと真面目にやればもっと出来ると思うんだけどなぁ。頭の回転は速いんだし……、私の検討違いなのかなぁ。
 でも、入社してからの半年…彼に何度口調を直せと注意したことか。もう、口に型が出来るんじゃないかって程言い続けたのに、一向に直る兆しもない。

 先が思いやられる。


 部内をカツカツと歩きながら、矢継ぎ早に声をかけられる。

 決裁の進み具合に、納品までのスケジュール、取引先からの連絡、部長と課長からの伝言と、経理の厭味な決裁否認の報告…その他諸々。

 次から次に押し寄せられる情報を、頭の中に仕舞い込みながら会議に向かう。

 経理も参加する会議だから、どうせまたぶちぶち言われるんだろうな。

 あぁ、いいこと無いのか、本当に。


 「お涼ー! あんたも会議?」

 「そ。経理のうっさいお小言付きの」


 エレベーターからゆるふわウェーブがキレイに付いた艶のある髪を靡かせて、浜谷 杏奈が横に並ぶ。

 メリハリのある身体つきは、女の私でもくらっとする程の色気があって、グレーのタイトスカートとワインレッドのノースリーブのニットがよく似合っている。

 くそ、何でこんなに完璧ボディーなんだよ。
 私が男だったら絶対結婚したいのに。
 私も、こんな風だったらいいのにな。

 「あぁ、来年の春コスメの決裁か。見事に否認されたもんねぇー」

 「先週の会議でGOサイン出しておきながら否認って、どの頭で仕事してんの」

 「はいはい。今日、飲みに行こうねぇー!」


 慰める様に肩を叩かれ、会議室の並ぶ廊下で別れた。

 杏奈とは入社当時から一緒で、企画デザイン課のホープ。気付けば数人になった同期の中でも出世株だし、鼻が高い。


 問題は私だ。

 何度も計画練って企画して工数も計算した。予算だって確保出来そうで、やっと動かせそうだと思って取引先とのスケジュールも具体的に組んだのに…あんのハゲちょびん!

 どーせあいつが余計なことに首突っ込んでごちゃごちゃいちゃもんつけたんだ。

 ため息を深呼吸に変えて、会議室の扉を開けた。


 「あー、あれねー。あの決裁じゃ上までいかないだろー。それに、契約書だって文面もう一度見直した方がいいだろ。こちらに非があってからじゃ内容的に薄すぎるしなぁ」

 「いえ、ですから。あの契約はグループ内企業のシステムを使う事である程度のリカバリーもありますし、トラブルになった事のないシステムで」

 「それがこれからもないとは言い切れんだろー。それから、これね。見積書なのに効力強すぎるし、注文書には向こうの文面が入ってるでしょー…ダメダメ。こんなん、ちゃんと交渉しなきゃねぇー…」


 それからは頭すっからかんのはげちょびんがグチグチといちゃもんを付け、後付けされた課題が増えて、契約書の内容からやり直しになり、企画は振り出しに戻された。

 会議終わり、あのハゲちょびんはニヤッと笑って「部長さんも大変だねー」と捨て台詞を吐いて出ていった。




 「クッソたれ、あのハゲちょびん!?」

 「あー、ハイハイ。荒れてるねぇ」

 「荒れるに決まってんでしょ! 何あのいちゃもん!? しかも、自分が入社当時にいたグループが開発したシステムバカにして、あったまいかれてんじゃないの!?」

 ガンっとテーブルに陶器のグラスを置く。
 隣では杏奈がため息吐きながら大根を突いている。

 会議終わり、余りにも鬼の形相の私に「いつものおでん屋で」とスマートに声を掛けて部下の男の子と並んで帰って行く。

 同期で同性で同じ年で…どうしてこうまで違うんだろう。


 「あ、そういやさ。うちのフロアにランジェリーの企画部出来たのよ」

 「あ、そうなの?」

 「そ。びっくりしたのがさ、そこの部長がクッソほどイケメンの渋いおっさんだった事よ! 普通、女性下着の新課なら女が部長のがいいに決まってんじゃない!」

 ありゃ? 杏奈も荒れてらっしゃる?

 お猪口をぐいっと煽って、しかめっ面をしてみせる杏奈。

 話を聞いてみると、どうやらランジェリーの方で主任を狙っていたのに、別の課から来た若手の営業マンくんに取られたらしい。
 それが、嫌味なほど仕事の出来る人らしく、顔も広い営業で、上層部から賞を貰ったこともある人らしい。
 そんな人、いたっけ? 海外部門かな?

 それにしても、美人が荒れると怖い。しかも、酒の強い美人だ…あと何升くらいビンが空くんだか。


 おでん屋のおじちゃんに声をかけられ、気付けば帰りは終電になった。

 杏奈とは真逆の電車だから、改札で別れておじゃんになった企画の事を考えてしまった。

 あんなに頑張って、部長にも太鼓判押してもらったのに…。

 その部長が出張でいない間に行われた会議で言い返せずに、挙句企画書の上げ直しになるなんて…本当についていない。

 明日、部長になんて報告すりゃ良いのよ…まじで。

 重たい気持ちのまま、アルコールの回った体で帰路に着いて結局やり直しの企画書を眺めながらいつの間にか寝てしまった。







 「あー…まぁ、しょうがないな。もう一度軽く手直ししよう」

 「申し訳ありません…」

 「そんな肩落とすなよー! 大丈夫だ。見た感じ、8ページ目と10ページ目の所だけ見直して詰めときゃ通る! 経理の事は俺が何とかしておくから、お前はそれ仕上げて来い!」


 出張から戻った部長に昨日の事を打ち明けると、満面の笑みでまた太鼓判を押してくれる。企画営業課でトップの成績を誇り過去最多の取引先を持つ現役営業マン。

 私の憧れの部長だ。

 容姿は熊の様な人で、奥さんが美人で産まれたばかりの愛娘を溺愛している普通のおじさんなんだが、彼の下で働けている事は幸運だと思う。

 再びGOサインをもらった企画書を持って、意気揚々とデスクに戻るも、目に入ったのは出来の浅い資料と報告書の数々。

 高木だ…。

 まずはこれ片付けて、説明して、やり直し見なきゃ…

 自分の企画書をファイルにしまって、面倒事を片付ける事にした。






 「がぁー、終わんねぇー!」


 高木くんに指示したは良いが行動が遅い。

 付き合ってたら夕方からのアポイントまでギリギリになりダッシュして、帰ってからまた高木くんに指示出して…


 「自分の事…先にすりゃ良かったよぉー」


 1人になったチームのデスクでグデンと体を預ける。

 気分転換に、自販機行こう。

 小銭を握って、自販機まで薄暗くなった廊下を歩いた。

 コーヒーか、紅茶か…いちごオレという手もある。

 どれがいいかなぁー…とか、上の空で歩いていたのがいけなかった。



 バチャ

 「ほぎゃっ!?」

 「おっわ、すみません!」


 角から人が出てきて真正面でぶつかった。

 少し熱いと感じる芳ばしい香りの液体が胸元にかかってしまった。

 珍しい。ヒール履いて180近くなる私より高い人…久し振りだぞ。


 出会ったのは初めて…ではない。

 その人を私は知っている。

 覚えてなくても、私は覚えてる。

 出会いと再会は同時で、忘れていた事を思い出すきっかけにもなった。

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