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第4話 巨悪の兵站、蟷螂の斧3/4
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3.倉庫番の決意
太守府の裏手にある兵糧倉庫。
巨大な蔵の中は、しんと静まり返っていた。積み上げられた麻袋の山が、闇の中で巨人のようにそびえ立っている。柳安は松明の灯りを頼りに、一人で作業を続けていた。翌朝出発する輸送隊の荷車を、最終点検するためだ。責任感の強い彼にとって、任務に一分の隙も残すことは許されなかった。
「……おかしいな」
柳安は首を傾げた。荷車に積まれた木箱の一つを持ち上げようとした時、予想外の重さにバランスを崩しかけたのだ。中身は麦のはずだ。麦ならば、この容積でこの重さにはならない。柳安は周囲を見回し、誰もいないことを確認してから、木箱の蓋をこじ開けた。
表面には、確かに麦が敷き詰められている。彼は手を深く突っ込んだ。指先が、底板ではない硬い感触に触れる。
「……これは?」
麦をかき分けると、そこには巧妙に作られた二重底があった。震える手で底板を外す。鈍い金属の光が、松明の灯りを反射した。
「嘘だろ……」
そこに隠されていたのは、官給品の鉄剣と、束ねられた矢尻だった。麦だけではない。武器まで横流しされていたのだ。この剣で、賊たちは武装し、官軍の兵士を殺すのだ。柳安の同僚や、徴兵された近所の若者たちを、この剣が貫くのだ。
「こんなこと、許されていいはずがない」
柳安の体中を、激しい怒りが駆け巡った。恐怖は消し飛んだ。これは単なる横領ではない。賊との癒着、いや相利共生関係か。許されざる裏切りだ。彼は懐から手帳を取り出し、隠されていた武器の数を震える手で書き留めた。さらに、二重底の構造を記した図面の切れ端も証拠として抜き取った。
「これを太守様に……いや、黄琬様に直接届けなければ」
柳安は木箱を元通りに戻し、倉庫の出口へと急いだ。心臓が早鐘を打っている。自分が正さなければ。この腐った兵站を断ち切り、潁川を守らなければ。その純粋な正義感が、彼を破滅への道へと導いていることにも気づかずに。
4.密告と裏切り
重い扉を押し開け、外の空気を吸い込んだ瞬間だった。
「精が出るね、柳安くん。こんな夜更けまで」
背後から、穏やかな声がかけられた。柳安は飛び上がらんばかりに驚き、振り返った。闇の中に、数名の護衛を従えた督郵・賈仁が立っていた。夜警の見回りだろうか。その顔には、いつもの慈悲深そうな笑みが浮かんでいる。
「と、督郵様……!」
柳安は安堵した。天の助けだ。この人に報告すれば、すぐに事態を収拾してくれるはずだ。賈仁は、私財を投じて賊と戦う英雄なのだから。柳安はその場に跪き、証拠の書き付けを差し出した。
「ちょうどよかった!見てください、督郵様!大変なことが!」
「ほう?何事かな?」
「誰かが、輸送用の荷車に細工をして、武器を隠しています!兵糧だけでなく、武器まで賊に横流ししようとしているのです!」
柳安は必死に訴えた。賈仁は、柳安の手から書き付けを受け取り、月明かりの下でそれを眺めた。そして、ふぅ、と短く息を吐いた。
「……それは困ったな」
「はい!徹底的な調査を!内部に裏切り者がいます!」
「ああ。裏切り者は、すぐに処分せねばならん」
賈仁の合図で、背後の護衛たちが動いた。しかし、彼らが取り押さえたのは、闇に潜む犯人ではなく、目の前の柳安だった。
「え……?」
柳安は地面にねじ伏せられ、腕を逆に極められた。
骨が軋む音がして、激痛が走る。
「ど、督郵様?何を……!」
見上げると、賈仁は書き付けをゆっくりと破り捨てていた。紙片が夜風に舞う。その顔からは笑みが消え、爬虫類のような無機質な瞳だけが柳安を見下ろしていた。
「残念だよ、柳安くん。君のような真面目な青年が、賊の内通者だったなんて」
「な……何を仰るのですか!私は不正を見つけて……!」
「黙りたまえ」
賈仁は懐から、一通の書状を取り出した。それは黄巾賊の頭目・劉辟の署名が入った偽造手紙だった。『武器の調達、感謝する。報酬はいつもの場所に』と書かれている。
「これが証拠だ。君の懐から出てきたことにしよう」
賈仁は冷酷に告げ、手紙を柳安の懐にねじ込んだ。
「ち、違います!那は貴方が……!まさか、貴方が黒幕……!」
柳安は全てを悟った。武器を隠したのは、この男だ。自分たちが信じていた「英雄」こそが、国を食い荒らす「怪物」だったのだ。
「騒ぐな。……お前の家からは、すでに『盗まれた金品』が見つかっている頃だ。私の部下が、今ごろ床下に埋めているからな」
「卑怯な……!私はやっていない!無実だ!」
「民はどちらを信じるかな?英雄である私か、貧しい倉庫番のお前か」
賈仁が顎をしゃくると、護衛の一人が柳安の口に布を押し込み、猿ぐつわを噛ませた。言葉を封じられた柳安の目から、悔し涙が溢れ出る。
「連行しろ。明日、民の前で裁く。……見せしめが必要だからな」
柳安は暗闇の中へと引きずられていった。倉庫の扉が閉ざされ、真実は闇に葬られた。
太守府の裏手にある兵糧倉庫。
巨大な蔵の中は、しんと静まり返っていた。積み上げられた麻袋の山が、闇の中で巨人のようにそびえ立っている。柳安は松明の灯りを頼りに、一人で作業を続けていた。翌朝出発する輸送隊の荷車を、最終点検するためだ。責任感の強い彼にとって、任務に一分の隙も残すことは許されなかった。
「……おかしいな」
柳安は首を傾げた。荷車に積まれた木箱の一つを持ち上げようとした時、予想外の重さにバランスを崩しかけたのだ。中身は麦のはずだ。麦ならば、この容積でこの重さにはならない。柳安は周囲を見回し、誰もいないことを確認してから、木箱の蓋をこじ開けた。
表面には、確かに麦が敷き詰められている。彼は手を深く突っ込んだ。指先が、底板ではない硬い感触に触れる。
「……これは?」
麦をかき分けると、そこには巧妙に作られた二重底があった。震える手で底板を外す。鈍い金属の光が、松明の灯りを反射した。
「嘘だろ……」
そこに隠されていたのは、官給品の鉄剣と、束ねられた矢尻だった。麦だけではない。武器まで横流しされていたのだ。この剣で、賊たちは武装し、官軍の兵士を殺すのだ。柳安の同僚や、徴兵された近所の若者たちを、この剣が貫くのだ。
「こんなこと、許されていいはずがない」
柳安の体中を、激しい怒りが駆け巡った。恐怖は消し飛んだ。これは単なる横領ではない。賊との癒着、いや相利共生関係か。許されざる裏切りだ。彼は懐から手帳を取り出し、隠されていた武器の数を震える手で書き留めた。さらに、二重底の構造を記した図面の切れ端も証拠として抜き取った。
「これを太守様に……いや、黄琬様に直接届けなければ」
柳安は木箱を元通りに戻し、倉庫の出口へと急いだ。心臓が早鐘を打っている。自分が正さなければ。この腐った兵站を断ち切り、潁川を守らなければ。その純粋な正義感が、彼を破滅への道へと導いていることにも気づかずに。
4.密告と裏切り
重い扉を押し開け、外の空気を吸い込んだ瞬間だった。
「精が出るね、柳安くん。こんな夜更けまで」
背後から、穏やかな声がかけられた。柳安は飛び上がらんばかりに驚き、振り返った。闇の中に、数名の護衛を従えた督郵・賈仁が立っていた。夜警の見回りだろうか。その顔には、いつもの慈悲深そうな笑みが浮かんでいる。
「と、督郵様……!」
柳安は安堵した。天の助けだ。この人に報告すれば、すぐに事態を収拾してくれるはずだ。賈仁は、私財を投じて賊と戦う英雄なのだから。柳安はその場に跪き、証拠の書き付けを差し出した。
「ちょうどよかった!見てください、督郵様!大変なことが!」
「ほう?何事かな?」
「誰かが、輸送用の荷車に細工をして、武器を隠しています!兵糧だけでなく、武器まで賊に横流ししようとしているのです!」
柳安は必死に訴えた。賈仁は、柳安の手から書き付けを受け取り、月明かりの下でそれを眺めた。そして、ふぅ、と短く息を吐いた。
「……それは困ったな」
「はい!徹底的な調査を!内部に裏切り者がいます!」
「ああ。裏切り者は、すぐに処分せねばならん」
賈仁の合図で、背後の護衛たちが動いた。しかし、彼らが取り押さえたのは、闇に潜む犯人ではなく、目の前の柳安だった。
「え……?」
柳安は地面にねじ伏せられ、腕を逆に極められた。
骨が軋む音がして、激痛が走る。
「ど、督郵様?何を……!」
見上げると、賈仁は書き付けをゆっくりと破り捨てていた。紙片が夜風に舞う。その顔からは笑みが消え、爬虫類のような無機質な瞳だけが柳安を見下ろしていた。
「残念だよ、柳安くん。君のような真面目な青年が、賊の内通者だったなんて」
「な……何を仰るのですか!私は不正を見つけて……!」
「黙りたまえ」
賈仁は懐から、一通の書状を取り出した。それは黄巾賊の頭目・劉辟の署名が入った偽造手紙だった。『武器の調達、感謝する。報酬はいつもの場所に』と書かれている。
「これが証拠だ。君の懐から出てきたことにしよう」
賈仁は冷酷に告げ、手紙を柳安の懐にねじ込んだ。
「ち、違います!那は貴方が……!まさか、貴方が黒幕……!」
柳安は全てを悟った。武器を隠したのは、この男だ。自分たちが信じていた「英雄」こそが、国を食い荒らす「怪物」だったのだ。
「騒ぐな。……お前の家からは、すでに『盗まれた金品』が見つかっている頃だ。私の部下が、今ごろ床下に埋めているからな」
「卑怯な……!私はやっていない!無実だ!」
「民はどちらを信じるかな?英雄である私か、貧しい倉庫番のお前か」
賈仁が顎をしゃくると、護衛の一人が柳安の口に布を押し込み、猿ぐつわを噛ませた。言葉を封じられた柳安の目から、悔し涙が溢れ出る。
「連行しろ。明日、民の前で裁く。……見せしめが必要だからな」
柳安は暗闇の中へと引きずられていった。倉庫の扉が閉ざされ、真実は闇に葬られた。
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