落ちこぼれ剣客と神算の事務屋。三国志の英雄たちが「ドン引き」した、たった一夜の復讐譚 徐庶と向朗の完全犯罪

こくせんや

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第17話 黒き盾の防壁、白き旗の女神 4/5

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4.極限

陽が西に傾き、空が血のような茜色に染まり始めた頃。
戦場は泥沼の消耗戦となっていた。
地面は血と泥でぬかるみ、倒れた死体が幾重にも折り重なって新たな障害物となっている。

賊の勢いが、目に見えて落ちていた。
彼らは飢えている。
瞬発的な暴力性は凄まじいが、持久力がない。
数刻も暴れれば、体内のエネルギーが枯渇し、足が動かなくなるのだ。
一人、また一人と、傷ついていない者までが、膝から崩れ落ちていく。

「くそっ、話が違うぞ……。なんでこんなに堅いんだ……」
「飯は……飯はどこだ……。腹が減って、もう剣が握れねえ……」

荷車の前には、おびただしい数の死体が積み重なっている。
その光景が、飢えた彼らの戦意を削いでいた。
飯にありつく前に死んでしまっては意味がない。恐怖と疲労が、空腹という本能を上回り始めていた。

一方、守る民兵たちも限界だった。
腕は鉛のように重く、喉は渇ききって声も出ない。
多くの者が負傷し、包帯代わりの布を巻いて座り込んでいる。
握りしめた竹槍はささくれ立ち、手のひらは血豆が潰れて赤く濡れている。
中央を守る正規兵の大盾も砕け、戦線は徐々に、しかし確実に押し込まれつつあった。

どちらが先に倒れるか。
極限の我慢比べのような膠着状態。戦場全体が、重苦しい停滞感に包まれていた。
徐庶は、乱戦の中でじっとその時を待っていた。
敵の波が引いていく一瞬の「凪」。攻め疲れ、足が止まり、絶望と疲労が支配する瞬間。

――今だ。

徐庶は、血と脂で濡れた剣を拭いもせず、茜色の空高く掲げた。
その切っ先が、沈みゆく太陽を貫くように煌めいた。

「合図を上げろ!……女神の出番だ!」

5.それは戦乙女?

ジャァァァァン……!戦場の重苦しい空気を切り裂くように、けたたましく銅鑼の音が響き渡った。
それはまるで天上の響きを含んでいた。

賊たちが、民兵たちが、何事かと顔を上げる。
音は、彼らの右側面、鬱蒼とした森の陰から聞こえてきた。

「なんだ?援軍か?」
「いや、あれを見ろ!」

夕日に染まる丘の上に、一騎の影が現れた。
それは、泥と血と死臭にまみれた戦場にはあまりにも不釣り合いな、純白の輝きだった。

白馬に跨り、純白の羽衣(即席の布で作った衣装だが、逆光の効果で最高級の絹に見える)をなびかせた、絶世の美少女。
その手には、武器の代わりに巨大な白い旗(ただの布をくくりつけた槍)が握られている。
だが風にはためくその旗は、まるで天使の翼のように見えた。

李譔(りせん)である。

彼は、深呼吸を一つした。
心臓は早鐘を打ち、手は手綱を握りしめて震えている。胃の中身が逆流しそうだ。

(なんで僕がこんなことを!陽翟で占いしていただけなのに!調子に乗って女装なんてするんじゃなかった!)

内心では絶叫し、涙目になりながらも、彼は完璧な「役者」としての演技に切り替えた。

李譔は、可憐な顔を上げ、戦場の隅々まで響き渡るソプラノボイスで叫んだ。

「皆、勇気をもって突撃せよ!勝利は我らのものだ!」(いや無理無理無理!死ぬって!無理だって!)

その声は、殺伐とした空気を浄化するように響いた。
血に飢えた賊も、死を覚悟した民兵も、思わず手を止めてその神々しい姿に見入った。
戦場に奇跡が舞い降りたかのような錯覚。

李譔が、白旗を敵陣の無防備な横っ腹に向けて、力強く振り下ろした。
それは、聖なる突撃の合図だった。

「私に続けー!」(いや、死ぬって、無理無理無理無理!誰か代わってぇぇぇ!)

ドガガガガガッ!李譔の背後の森から、隠されていた数百騎の精鋭騎兵が飛び出した。
黄琬軍の中でも選りすぐりの騎馬隊だ。
彼らは李譔を守るように錐行(すいこう)の陣を組み、完全に足の止まっていた賊軍の側面に殺到した。

「女神様だ……」
「天女が味方したぞ!」

民兵たちが歓声を上げる一方で、賊たちは呆然としていた。
飢えと疲労で朦朧とした彼らの目に、夕日を背負って突撃してくる白き乙女は、この世ならざる「死の天使」に見えたのだ。その神秘性が、根源的な恐怖を倍増させる。

「ひ、ひぃぃぃ!神罰だ!逃げろ!」
「挟み撃ちだ!殺される!」

騎兵隊の衝撃は、物理的な破壊力以上の効果をもたらした。
馬蹄が骨を砕き、槍が肉を貫く。

だがそれ以上に、李譔という「演出」によって過剰に彩られた一撃は、賊軍の脆弱な精神を粉々に粉砕したのだ。

乱戦の中、李譔の頬に敵の返り血が飛んだ。
近くで戦っていた民兵が、ぎょっとして彼を見る。聖女が穢された、と思ったのだ。
だが、李譔は聖女の微笑みを崩さず、むしろその血を指で拭い、高らかに宣言した。

「これは血ではありません、勝利の証です。さあ、立ち上がって戦いなさい!」
(ひえええ汚い!生臭い!立ち止まっては死ぬ死ぬ死ぬ。逃げ逃げ逃げー!)

李譔は、内心では泣き叫びながら、必死に馬を走らせ続けた。
だが、旗だけは離さない。

その旗こそが、味方を鼓舞する唯一の希望だと知っているからだ。
その姿に、兵士たちは熱狂し、疲労を忘れて最後の力を振り絞った。

「女神を守れ!賊を追い払え!」
死に体だった民兵たちが、鬼神のごとき勢いで賊に襲いかかった。
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