【完結・BL】揺らめき、たゆたう

リビィ・ベル

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第1章

【再会】

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 3月、春。

 自宅最寄り駅の駐輪場で、自転車のキーロックを外していると、後ろから不意に名前を呼ばれた。 

西澤にしざわ?」

 西澤 翔真しょうまは顔を上げ、後ろを振り返った。翔真の前に立つ男の両眼がおののくように見開いていくのをじっと見ながら、つかさだ、と瞬時に理解した。
 脳が司だと認識すると、すぐさま心臓に衝撃が与えられるメカニズムになっているのか、翔真の心臓は痛いほど跳ね上がり、無意識の拒否反応が身体の機能を一瞬停止させた。指先を少し動かして、我に返るように自分を促す。呼吸をし忘れていることにもようやく気が付いた。
 『司じゃん! 久し振り』なんて気軽な言葉が頭の中で何度も流れていたから、当然そう発したつもりでいたが、実際は言葉はなく翔真の表情の一部始終は向かい合っている目の前の司が鏡となって教えてくれていた。

「あ、驚かせた」

 司はそう言うと、翔真にとって懐かしい笑い顔を見せた。翔真は呼吸を整えて間を置いてから第一声を放った。

「……司、いや……うん、びっくりした」

 3年振りの、何の前触れもない突然の友達との再会に落ち着いた対応のひとつでも出来れば少しは格好がついたものを、と胸の内で自分自身に舌打ちをした。それでも、司の笑い顔につられるように翔真も引きつったものではあったが、笑顔を見せられるまでの心のバランスを取り戻していた。

 翔真と司は、中学の頃の同級生だった。中学卒業後、別々の高校へ進学し、男子の成長著しい3年間をお互い一切会わずに過ごしたとしても、翔真には目の前の男が司だとすぐにわかった。

「久し振りだから西澤がわかってくれてよかった」

 司はそう言いながら、小さく息をついた。

「わかるって」

 翔真もひとりごとのように呟いた。

「西澤、元気そう」

 司は優しげに目を細めた。

「オレは、元気だよ」

 翔真はそう答えると、目線が司と同じであることに気付いた。中学の頃の翔真と司は、テストの点数、成績の学年順位、ゲームのスコアなど周りの友達が呆れるほど競い合いを楽しんでいた。それらは毎回大差なく、勝った負けたとじゃれ合う仔犬のようだったが、身長に関しては司の方がわずかに長身だったため、こればかりはいつも翔真のひとり相撲だった。
 高校を卒業した今、翔真の身長は175cmには達していた。あぁ、ようやく追いついたか、となぜか感慨深い気持ちになった。それは母親や姉の身長を越したときに感じた、妙な達成感に似ていた。

「どっか行ってた?」

 司は駅に隣接した駐輪場から、ロータリーをぐるりと見渡しながら聞いた。

「4月から通う大学に提出する書類があって行ってた。司は?」

 司は? と思わず問うてしまった翔真の目が一瞬気まずさに揺らいだ。

「今日は地元の友達と遊んで、電車乗って帰ろうとしたとき、おまえを見かけたんだ」

 ふうん、と相槌を打ちながら、近辺の地域住民しか利用しないであろう小さな駅に司がいることで、ついあの頃のまま司がこの街に住んでいる錯覚を起こしてしまったが、どうやら司はまだ〇〇市で暮らしているようだった。
 司の両親の離婚に伴い、中学卒業後、母親の実家があるという隣市の〇〇市へ引っ越す段取りになっていたため、〇〇市のどこかの高校へ進学することは直接、司本人から聞いて知っていたが、高校も〇〇市で偏差値が上位で有名な進学校へ進んだことは、卒業後、他の友達から聞いたことだった。

「西澤って、どこの大学行くの?」

 中学時代に少し意識を向けていた翔真は、司の声で我に返った。

「え、何?」

「どこの大学に行くの?」

「ああ、〇〇大学」

 〇〇大学。翔真の住む市に本部を置く国立大学へはこの小さな駅を利用し、徒歩も含め30分もあれば通学出来た。

「マジで? 本当に? オレも〇〇大学なんだけど」

 驚きに瞼を開かせ、瞳孔を大きくさせる司を正面に翔真は、へぇ、そうなんだ、偶然じゃん、などの言葉に適度な感情の色をのせた。
 司とは、いつかどこかで再び出会うのではないか、いつかまた、逃れられない状況下に身を置くことになるのではないかという漠然とした予感がずっとあったからか、今度は翔真の方が落ち着いていられた。

《……ほら見ろ、こんなことだと思った。しかも4月から同じ大学に通うんだってさ、司からも自分からも上手く逃げたと思っても……》

 心の中でいくら嘆いても、そこにはただ、その予感が今日見事に的中したという事実があるだけだった。
 翔真は司と連絡先を交換し、ここから電車で40分ほど離れた街へと帰って行く司を見送った。
 翔真はひとり駐輪場に立ったまま、手にしたスマートフォンの画面に浮かび上がる『高代たかしろ 司』の文字を眺めた。

《苗字が高代に変わったのか……》
 
 これも知らないことだった。親が離婚するかもしれない、そう司から打ち明けられたのは中学2年生の夏、部活の夏季大会が終了した頃だと記憶している。
 あの頃の親友は誰かと尋ねられたら、自分は間違いなく司だと断言しただろう、と翔真は思った。とはいえ、元々違う部活に所属しており、中学3年生に進級して初めてクラスが離れたことで、お互い一緒にいる友達も変わり、徐々に接する機会が減ることはよくあることだ。
 だが、本当にそれだけだっただろうか。それだけの理由で、親友の歩んだ足跡を他の誰かから耳にするものだろうか。環境の変化のせいにして、司の存在を遠ざけたのは翔真自身だった。

 出来れば、もう司とは会いたくなかった。翔真は小さく息を吐きながら、スマートフォンの画面から目を逸らした。
 高校生活は楽しく充実したものだった。気の置けない友達にも恵まれ、大好きなサッカーにものめり込んだ。
 それでも、不意に司という存在が翔真の脳裏や胸中を掠めることが幾度とあった。司とはもう会いたくないと思いながらも、いつも矛盾が絡みついて離れなかった。
 人生というものは、乗り越えず放置したことや、後回しにしてきたことは、時間を経て、姿を変えて、再び目の前に現れるように出来ているものなのだろうか、翔真は数分前までここにいた司の残像を眺めた。

 何者かに、今度はどうする? と課題を突き付けられた気がした。

 翔真は小さく頭を振り、今度こそ自転車のキーロックを外しかけた時、足元から焦げた臭いが鼻を掠めた。それは翔真が中学生の頃何度か嗅いだことのある、得体の知れない不快な臭いの記憶だった。
 あの時、小さな火のかけらさえも残らず踏み消し、記憶の奥底に放り込んだはずなのだ。火種など残っているはずがない、翔真はそう思いながらも無意識にスニーカーの底で足元のコンクリートを踏みにじっていた。

 自転車を漕ぎながら、春の明るい西陽を浴びていると、まるで卒業アルバムやクラス写真、文集など中学時代のすべてが詰め込まれた箱を、目の前で派手にひっくり返されたみたいに、あの頃の出来事が、交わされた言葉のひと言ひと言が、翔真のなかで鮮明に溢れ返った。

《ああ……司と初めて言葉を交わした日も、春の柔らかな陽が差していたんだった》
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