【完結・BL】揺らめき、たゆたう

リビィ・ベル

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第1章

【中学生・あの頃のふたり13】

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 3学期も始まり、バレンタインデーを少し過ぎた頃、部活帰り翔真と司は一緒に帰っていた。

「……なぁ西澤、1組で陸上部の早瀬はやせさんって知ってるだろ?」

 翔真の隣りでゆっくりと歩く司が尋ねた。

「早瀬さん? 涼夏りょうかちゃんだろ? 知ってるよ、小学校一緒だったから」

 歩きながら翔真が答えた。

「そうなんだ……小学校一緒だったんだ」

「そうだけど、何で?」

 翔真は隣りを歩く司を見た。

「早瀬さんからチョコもらって……」

 司は少し口ごもりながら小さな声で言った。

「ん? それは、部員全員に?」

「……告白、された」

 そう言うと、司は黙り込んだ。

 突然、翔真の心臓が下から突き上げられるように、ずくりと痛んだ。

 しばらく、ふたりは黙ったまま歩いた。

「早瀬さんとは部活も一緒だから、一生懸命頑張る子ってことは知ってる……」

 司が言葉を発する度に、なぜか翔真の心臓は何度も突き上げられ、ひりつくような悲鳴を上げていた。


 気付けばもう、『また明日』を言う曲がり角まで来ていた。
 司と別れた帰り道、身体中の血の気が引くような、怖くなるような、心臓がえぐりとられるようなこの痛みはなぜ起こったのだろうか、と翔真はひとり胸の痛みの原因がわからずに困惑していた。

 夕食後、翔真は自室で小学校の卒業アルバムを眺めていた。
 6年2組のクラスページに写っている早瀬涼夏は優しく微笑んでいた。

《涼夏ちゃん、司のこと好きになったんだ》

 翔真は涼夏の笑顔に指先で触れながら、小学生の頃を思い返していた。

 小学校5年生の頃、翔真と涼夏は同じクラスだった。5年生の児童が参加する、毎年11月に開催される小学校総合音楽祭で、演奏する楽器が2人とも木琴で一緒だったことが距離を縮めるきっかけとなった。
 木琴・鉄琴合わせて6名の内、翔真以外全員女子であったことに同じクラスの隆誠が声を上げて笑った。

「翔真、何で木琴? おまえ楽譜読めないじゃん! オレらと一緒に大人しくリコーダーにしとけっての」

「オレ、木琴って1回やってみたかったんだよなぁ……綺麗な音じゃん?」

 翔真は隆誠に笑い返した。

 本番に向けて、いよいよ本格的な各パート練習が始まった。木琴鉄琴パートの6名は第2音楽室へと集まった。翔真の隣りにいた涼夏が声をかけてきた。

「私、ピアノ習ってなくて楽譜も読めないし……西澤くん、ピアノ弾ける?」

「オレがピアノ弾けるわけないじゃん! 楽譜も読めないよ? でも木琴やってみたかったから……それは涼夏ちゃんも同じでしょ?」

 翔真は、場違いだと言わんばかりに緊張している涼夏になるべくおどけた調子で答えると、涼夏もようやく笑った。

 練習が始まると、案の定、翔真と涼夏はみんなから遅れをとった。パート練習が終わると涼夏は情けないほどの声で言った。

「西澤くん、私自信ないよ……みんなちゃんと練習についていけてるんだもん」

「練習は始まったばかりだし! 一緒に頑張ろうよ! だけど本当に木琴って綺麗な音だね」

 翔真は初めて木琴に触れることが出来て、みんなから遅れをとっていたとしても心の中は楽しさで満たされていた。

 翔真はいつもなら昼休み時間は運動場でサッカーをしているが、音楽室へ行こうとする翔真を引き止めてまとわりつく友達を強引に振り切って、ひとり音楽室へと駆け込み木琴の練習をした。翔真の後に次から次へと木琴鉄琴パートの児童が入ってきては練習を始めた。その中に涼夏の姿もあった。涼夏も友達に教えてもらいながら練習をしていた。

 そんな日々が続いたある日の体育館での合同練習のときだった。演奏の途中で翔真の隣りにいた涼夏が、真っ青な顔をして突然席を外した。先生に付き添われながら体育館を出て行く涼夏の姿を翔真はずっと見ていた。

 ほどなくして、休憩時間に入り翔真は急いで体育館を出た。入口のトイレ付近に俯いてしゃがみ込んでいる涼夏の姿があった。先生が背中をさすったり、バケツを持って声をかけていた。先生の声かけに涼夏は小さく何度も頷いている。か細く華奢な肩が小刻みに震えていた。
 お母さん今学校に向かっているそうだからね、という先生の言葉が聞こえた。涼夏はとめどなく流れる涙を手の甲で拭いながら、何度も頷いていた。

 小学校総合音楽祭まで、2週間を切っていた。

 涼夏が体調を崩し、学校を休んで4日が経った頃、学活の時間にクラスの女子が発言した。

「音楽祭は来週なのに、早瀬さんがずっとお休みなので早瀬さんの代わりに木琴が出来る子とチェンジしてもらった方がいいと思います」

 その意見に戸惑いながらも賛同する複数の声が上がり始めていた。翔真は一生懸命練習していた涼夏の姿も、肩を震わせながら悔しくて泣いていた涼夏も知っていたからこそ、手を挙げて席を立った。

「音楽祭を来週に控えて焦る気持ちもわかりますが、同じ木琴パートとして早瀬さんもここまでずっと頑張っていました。明日学校に来るかもしれない、そのときに担当の楽器が変わっていたら、みんなだったらどんな気持ちになるか想像して欲しいなと思います。早瀬さんが当日休んだとしても、木琴鉄琴パートみんなでその分カバーすればいいことだし、音楽祭は競い合うものじゃなくて、みんなで楽しむものだと思うから」

 翔真は一気に言うと、大きな息を吐くと同時に椅子に深く座り込んだ。
 すかさず隆誠が盛大に拍手をして、賛成賛成、と大きな声を上げるとクラスに笑いが溢れた。
 翔真の前の席に座る隆誠が後ろを振り返って、翔真に小声で耳打ちした。

吉川よしかわ、あいつ翔真のこと好きだからなぁ、最近おまえと涼夏が仲良いから妬いてんだよ、絶対そうだよ」

 そう言うと、隆誠は満足げに頷きながら前を向いた。
 その2日後、涼夏が学校に来た。席が近い涼夏に翔真が声をかけた。

「涼夏ちゃん、もう大丈夫?」

「うん、ありがとう。ごめんね……長い間休んじゃったからみんなに迷惑かけないように、家でも練習してたんだ。弟のおもちゃの木琴だけどね」

 そう言って笑った涼夏の笑顔が、翔真にはそのとき不思議と眩しく見えた。

 翔真は小学校の卒業アルバムをそっと閉じた。小学生のあの頃、きっと自分は涼夏のことが好きだったのだと翔真はそう思うと、この胸の妙なざわつきがどこから来たものなのか、何となくわかった気がした。

《オレ、あの頃から涼夏ちゃんのことずっと好きだったんだ》

 だから涼夏が司に告白したことがショックだったのだと翔真は答えを出した。この痛みはそこから来たものだとわかると、腑に落ちたのか唐突に眠くなり、そのままベッドに倒れ込むように眠りについた。



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