【完結】「婚約破棄ですか?分かりました」おしまい?

えるろって

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婚約破棄

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王都の外れにあるシャーベット家の屋敷。その一室では、金髪をツインテール気味にまとめた小柄な令嬢が、ぽやんとした表情で椅子に座っていた。

アリス・シャーベット。普段から「眠たそう」と言われがちだが、実は寝不足とは無縁の少女である。どこかぼんやりした雰囲気と、とろりとした瞳。だが本人は「寝ることが大嫌い」と公言してはばからない。

「……ふぁ」

口元を手で軽く抑え、あくびのような息をつく。その仕草すら愛らしく見えてしまうが、決して彼女は今眠っているわけではない。むしろ脳裏はクリアに働いているらしい。

アリスは今日は大事な報告があると呼ばれ、わざわざドレスアップを指示された。もっとも彼女自身は何の気なしに言われるがまま、白いふんわりとしたドレスに身を包んでいるだけだ。

「アリス嬢、もう少々お待ちくださいませ」

侍女がそう声をかけるが、アリスは曖昧にうなずくだけ。その瞳はまるで夢の中をさまよっているようだ。やがて、部屋の扉が開かれ、背筋を伸ばした青年が足を踏み入れる。

クライヴ・リンドン。王国でも名のある公爵家の次男だ。髪をきっちりと後ろにまとめ、その額には自信家の片鱗が見える。しかし、どこか硬い表情をしていて、今日はいつになく落ち着かない様子だった。

クライヴはアリスの前まで進むと、ふと視線を伏せてから口を開く。

「アリス・シャーベット。……本日は大事なお話があります」

アリスはその言葉に、首をかしげる。

「ふぁ……はい」

「……いや、その……。僕は……」

ここで侍女が申し訳なさそうに部屋を退出し、二人きりの空間ができあがった。クライヴは意を決したようにアリスを見つめる。

「僕は、君との婚約を破棄したいと思っている」

空気が一瞬、張り詰める。これまで見守っていた装飾品や花々すら沈黙したかのようだ。通常なら涙を流し、あるいは悲鳴を上げる場面かもしれない。だがアリスは小さく瞬きし、一度うとうととまぶたを落としてから口を開いた。

「……ふぁ……あ、なるほど」

「……な、なるほど?」

予想外の反応に、クライヴが戸惑いの声を漏らす。アリスは立ち上がるでもなく、ごくごく自然に椅子の背もたれに身体を預けた。

「婚約破棄、ですか。そうですか。……理由、うかがってもいいです?」

「それは……」

クライヴは言いづらそうに視線を泳がせる。公爵家の次男として、彼なりのプライドや家名への責任があるのだろう。アリスのいつも眠たげに見える態度や、どこかやる気のなさそうな雰囲気。それらが彼の心を不安にさせたのは想像に難くない。

「君は、もう少し貴族としての矜持や、公爵家に嫁ぐにふさわしい教養を見せてほしかった。しかし、君は……いつも眠そうで……話を聞いているのかどうかもわからない……」

「……わたし、寝てないんですけど。実は起きてます。いつもちゃんと」

「そ、それはわかっている。だが、見た目の問題もあるし……。周囲からは『幼い子どものよう』と……君自身もまだ若いし、僕との釣り合いを不安視する声もあって……」

「ふむ」

アリスは特にムッとするでもなく、ただ気の抜けた相槌を打つ。するとクライヴは余計にやりにくそうに言葉を続けた。

「とにかく、そういうわけで。僕たちの婚約はなかったことにしてほしい。もちろん相応の手切れ金なりは用意する。……君のご両親にも、きちんと挨拶には伺う」

「はあ」

アリスは軽く欠伸をするように息を吐き、椅子からゆるりと立ち上がった。そしてドレスの裾をほんの少し直すと、ほわんとした声で続ける。

「わかりました。いいですよ。婚約破棄、受け入れます」

「……え? 本当に?」

「はい。だって、嫌がる人と結婚しても仕方ないですし。わたし、別に寝るの嫌いですけど、婚約破棄が嫌いなわけでもないですし」

「……そ、そう……」

クライヴは逆に拍子抜けしたかのように口をつぐんだ。もともとアリスに対する苛立ちや「もっと真面目になってほしい」という思いがあった。だが、これほどあっさり婚約破棄を受け入れられると、彼のほうが少し困惑してしまう。

「……では、これで僕の用件は以上だ。失礼する」

「はい。お疲れ様です」

まるで挨拶程度にひらひらと手を振るアリス。その場を立ち去ろうとしたクライヴは、一瞬「本当にこれでいいのか?」と自身に問いかけるように立ち止まった。しかし、すぐに振り返ることなく部屋を出ていく。

アリスはドアが閉まる音を聞いてから、ぽつりと小さくつぶやいた。

「なんだか、おなか空きました」

それから部屋の外にいる侍女を呼んで、軽食を運ぶように依頼する。驚きと動揺に震えている侍女をよそに、当のアリスはのんびりした調子だった。

婚約破棄――通常ならば貴族令嬢にとって一大事。社交界での立場も大きく揺らぐほどの問題だ。だが、アリスはまるでお昼寝を邪魔されたときのような反応しか見せない。

「まあ、いいですか。寝るの嫌いだけど、こんなに目がさえてるなら……お茶でも飲んで落ち着きましょう」

アリスはそう言って、差し出されたローズティーを一口含んだ。花の香りがふわりと広がり、彼女のふんわりとした空気にさらに拍車をかける。

外では、クライヴが公爵家の馬車に乗って帰るところだった。彼の表情には微妙な陰りがある。婚約破棄を切り出したのは自分なのに、なぜか後ろ髪を引かれるような違和感を覚えていた。

「……あんなにあっさりしているものなのか?」

ふと呟くクライヴ。アリスの姿が脳裏に焼きついて離れない。それでも馬車を走らせて邸を後にした。

こうして、アリス・シャーベットの婚約破棄はあっけなく決行されたのである。通常であれば大騒ぎになるはずの場面だが、本人は“眠たげ”な空気をまとったまま、ただ「はいはい」と受け入れた。それが、これから起こる波乱への幕開けだとは、まだ誰も気づいていない。
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