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幼馴染の気遣い
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夜会が終わり、アリスはシャーベット家の馬車で屋敷へ帰る予定だった。しかし、少し体が重い気がして、まだフローレンスと合流できずにいた。広いホールの片隅で座って休んでいると、声をかけてくる者があった。
「アリス、帰るのか?」
エリック・ハリスン。騎士見習いとして会場の警護を行っていたが、イベントも一段落して手が空いたらしい。彼はアリスの顔を覗き込み、心配そうに眉をひそめる。
「ちょっと疲れちゃって……。でも、大丈夫。馬車を呼んで帰ります」
「馬車なら俺が手配したよ。もう外で待ってる。……エスコートするから、一緒に出よう」
アリスはこくりとうなずき、エリックの腕を借りてすくっと立ち上がった。周囲の視線はまばらになっており、宴の終わりを感じさせる。クライヴの姿はどこかに消えて見当たらない。フローレンスも他の友人たちと帰ったのだろうか。
「結局、クライヴさまにはほとんど何も言われませんでしたね」
アリスがぽつりと呟くと、エリックは少しだけ暗い顔をする。
「……婚約破棄したんだろ? あっちも何も言えないだろうさ」
「うん……そうかも」
「それよりアリス、本当に平気なのか? おまえ、自分では平気だって言うけど……。クライヴのこと、好きだったんじゃないのか?」
アリスは「うーん」と困ったように首を傾げる。そこに深刻な感情は見当たらず、ただ「どう答えればいいかわからない」という感じだ。
「嫌いではなかったですよ。けど……好きかどうかって言われると、よくわかりません。わたし、そんなに人を好きになるとか、経験がないので」
「まあ……おまえはまだ若いしな」
エリックが半ば呆れたように苦笑する。アリスとエリックは幼馴染だが、幼い頃からアリスのマイペースぶりには何度も驚かされてきた。その自由奔放さに惹かれる人も多いが、それを完全に理解するのは難しい。
「エリックは……寝るの、好きですか?」
唐突な問いに、エリックは面食らう。が、すぐに「普通だな」と答えた。
「鍛錬で体を酷使するし、眠らないと次の日に支障が出る。だからちゃんと休むようにしてる」
「そっか……わたしは寝るの嫌いだから、その点はエリックはすごいなあって思います」
「そんなところを褒められても……。それに、おまえが寝るの嫌いなのは何でなんだ? 小さい頃はそうでもなかっただろう?」
エリックはふと疑問を口にする。幼い頃のアリスは、むしろぐっすり眠るタイプだった気がするのだ。だがある時期を境に、アリスは「寝るの嫌い」と繰り返すようになった。エリックは詳しい事情は知らない。
「どうでしょうね……。なんとなく嫌いになったのかもしれません」
「ふーん……そうか」
アリスは微笑んで流すだけ。それ以上話そうとはしない。エリックは無理に深掘りするつもりもなく、彼女をうながして会場の外へ出る。
夜の空気は少し冷えていた。馬車が待機しており、御者がアリスを見つけて頭を下げる。エリックはアリスが乗り込みやすいよう手を差し出すと、静かにサポートした。
「ありがとう、エリック」
「いいって。じゃ、俺も一緒に……」
エリックが言いかけたところで、馬車の影に誰かがいる気配を感じた。ほんの小柄な人影が動いたかと思うと、するりとアリスの前に立ちふさがる。
「アリス……嬢、ですよね? ちょっとよろしいでしょうか」
声をかけてきたのは、若い貴族の息子と思しき男性。アリスよりやや年上だろうか。見た目はスマートだが、どこか落ち着きがなく、焦りを滲ませている。
「え……わたしにですか?」
アリスが目を瞬かせると、その貴族の男性は慌ただしく言葉を続ける。
「はい、あの……クライヴさまとの婚約破棄、噂で耳にして。……もしよろしければ、今後、お近づきになれたらと……」
「……へ?」
「俺の家は子爵家で……まだ規模は小さいですが、これから成り上がろうと……もしシャーベット家との縁が結べるなら……」
エリックが思わず眉をひそめて、アリスを守るような態勢になる。一方アリスは突然の求婚ともとれる言葉に、ぽかんとしている。
「え、あの……すみません、わたし、そういうことはまだ考えてなくて……」
「いえ、すぐにお返事なんて言いません! ただ、俺は真剣でして……どうかご検討を……!」
そう言って頭を下げてくる男性。横でエリックが「急ぎすぎだろう……」と呆れつつ、アリスの反応をうかがう。アリスは気まずそうに笑った。
「お気持ちはありがたいんですけど。わたし、今は婚約とかはちょっと……」
「そ、そうですよね。それでも、今日こうしてお会いできただけでも……」
男性は一人で盛り上がり、深々とお辞儀をすると去っていった。なんとも奇妙なやりとりに、アリスもエリックも言葉を失う。だが、こうしたアプローチは、今後も増えるかもしれない。なぜなら、婚約破棄によってアリスは“空席”になったのだから。
「まったく、何なんだよ。クライヴが手放したとたん、ああやって言い寄ってくる連中が出るんだから」
エリックはため息をつく。アリスは苦笑しつつ、馬車に乗り込んだ。
「困りましたね……。でも、わたし、寝るの嫌いなんで」
「関係あるか?」
「わかりませんけど……何となく、そう伝えたら引いてくれるんじゃないかな」
アリスはわけのわからない理屈を述べながら、クッションに身体を預ける。エリックも同乗し、御者に合図をして馬車を走らせた。
夜の街並みをゆっくりと進む馬車の中、アリスはうとうとするわけでもなく、ただ窓の外の景色を眺めている。エリックはそんな彼女を横目で見ながら、胸の奥に小さな不安を抱えていた。婚約破棄による波紋が、確実にアリスに降りかかる。誰かが彼女の“無防備”を利用するかもしれない。
(俺がそばにいなくちゃな。アリス、ほっとくと危なっかしいんだ……)
エリックはそう心に決める。だが、そんなエリックの気持ちとは裏腹に、アリスは至ってマイペース。それが彼女の強さなのか、はたまた脆さなのか、本人にもわからないまま馬車はシャーベット家へ向かっていく。
「アリス、帰るのか?」
エリック・ハリスン。騎士見習いとして会場の警護を行っていたが、イベントも一段落して手が空いたらしい。彼はアリスの顔を覗き込み、心配そうに眉をひそめる。
「ちょっと疲れちゃって……。でも、大丈夫。馬車を呼んで帰ります」
「馬車なら俺が手配したよ。もう外で待ってる。……エスコートするから、一緒に出よう」
アリスはこくりとうなずき、エリックの腕を借りてすくっと立ち上がった。周囲の視線はまばらになっており、宴の終わりを感じさせる。クライヴの姿はどこかに消えて見当たらない。フローレンスも他の友人たちと帰ったのだろうか。
「結局、クライヴさまにはほとんど何も言われませんでしたね」
アリスがぽつりと呟くと、エリックは少しだけ暗い顔をする。
「……婚約破棄したんだろ? あっちも何も言えないだろうさ」
「うん……そうかも」
「それよりアリス、本当に平気なのか? おまえ、自分では平気だって言うけど……。クライヴのこと、好きだったんじゃないのか?」
アリスは「うーん」と困ったように首を傾げる。そこに深刻な感情は見当たらず、ただ「どう答えればいいかわからない」という感じだ。
「嫌いではなかったですよ。けど……好きかどうかって言われると、よくわかりません。わたし、そんなに人を好きになるとか、経験がないので」
「まあ……おまえはまだ若いしな」
エリックが半ば呆れたように苦笑する。アリスとエリックは幼馴染だが、幼い頃からアリスのマイペースぶりには何度も驚かされてきた。その自由奔放さに惹かれる人も多いが、それを完全に理解するのは難しい。
「エリックは……寝るの、好きですか?」
唐突な問いに、エリックは面食らう。が、すぐに「普通だな」と答えた。
「鍛錬で体を酷使するし、眠らないと次の日に支障が出る。だからちゃんと休むようにしてる」
「そっか……わたしは寝るの嫌いだから、その点はエリックはすごいなあって思います」
「そんなところを褒められても……。それに、おまえが寝るの嫌いなのは何でなんだ? 小さい頃はそうでもなかっただろう?」
エリックはふと疑問を口にする。幼い頃のアリスは、むしろぐっすり眠るタイプだった気がするのだ。だがある時期を境に、アリスは「寝るの嫌い」と繰り返すようになった。エリックは詳しい事情は知らない。
「どうでしょうね……。なんとなく嫌いになったのかもしれません」
「ふーん……そうか」
アリスは微笑んで流すだけ。それ以上話そうとはしない。エリックは無理に深掘りするつもりもなく、彼女をうながして会場の外へ出る。
夜の空気は少し冷えていた。馬車が待機しており、御者がアリスを見つけて頭を下げる。エリックはアリスが乗り込みやすいよう手を差し出すと、静かにサポートした。
「ありがとう、エリック」
「いいって。じゃ、俺も一緒に……」
エリックが言いかけたところで、馬車の影に誰かがいる気配を感じた。ほんの小柄な人影が動いたかと思うと、するりとアリスの前に立ちふさがる。
「アリス……嬢、ですよね? ちょっとよろしいでしょうか」
声をかけてきたのは、若い貴族の息子と思しき男性。アリスよりやや年上だろうか。見た目はスマートだが、どこか落ち着きがなく、焦りを滲ませている。
「え……わたしにですか?」
アリスが目を瞬かせると、その貴族の男性は慌ただしく言葉を続ける。
「はい、あの……クライヴさまとの婚約破棄、噂で耳にして。……もしよろしければ、今後、お近づきになれたらと……」
「……へ?」
「俺の家は子爵家で……まだ規模は小さいですが、これから成り上がろうと……もしシャーベット家との縁が結べるなら……」
エリックが思わず眉をひそめて、アリスを守るような態勢になる。一方アリスは突然の求婚ともとれる言葉に、ぽかんとしている。
「え、あの……すみません、わたし、そういうことはまだ考えてなくて……」
「いえ、すぐにお返事なんて言いません! ただ、俺は真剣でして……どうかご検討を……!」
そう言って頭を下げてくる男性。横でエリックが「急ぎすぎだろう……」と呆れつつ、アリスの反応をうかがう。アリスは気まずそうに笑った。
「お気持ちはありがたいんですけど。わたし、今は婚約とかはちょっと……」
「そ、そうですよね。それでも、今日こうしてお会いできただけでも……」
男性は一人で盛り上がり、深々とお辞儀をすると去っていった。なんとも奇妙なやりとりに、アリスもエリックも言葉を失う。だが、こうしたアプローチは、今後も増えるかもしれない。なぜなら、婚約破棄によってアリスは“空席”になったのだから。
「まったく、何なんだよ。クライヴが手放したとたん、ああやって言い寄ってくる連中が出るんだから」
エリックはため息をつく。アリスは苦笑しつつ、馬車に乗り込んだ。
「困りましたね……。でも、わたし、寝るの嫌いなんで」
「関係あるか?」
「わかりませんけど……何となく、そう伝えたら引いてくれるんじゃないかな」
アリスはわけのわからない理屈を述べながら、クッションに身体を預ける。エリックも同乗し、御者に合図をして馬車を走らせた。
夜の街並みをゆっくりと進む馬車の中、アリスはうとうとするわけでもなく、ただ窓の外の景色を眺めている。エリックはそんな彼女を横目で見ながら、胸の奥に小さな不安を抱えていた。婚約破棄による波紋が、確実にアリスに降りかかる。誰かが彼女の“無防備”を利用するかもしれない。
(俺がそばにいなくちゃな。アリス、ほっとくと危なっかしいんだ……)
エリックはそう心に決める。だが、そんなエリックの気持ちとは裏腹に、アリスは至ってマイペース。それが彼女の強さなのか、はたまた脆さなのか、本人にもわからないまま馬車はシャーベット家へ向かっていく。
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