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夜会の招待状、嵐の予感
しおりを挟む日の沈みかけた庭園を一通りめぐった後、クライヴは「また改めて連絡する」と言い残して公爵家の馬車で帰っていった。
アリスとエリックは玄関まで彼を見送り、廊下を並んで歩きながらさっきの会話を思い返している。アリスは少しホッとしたような表情だ。
「クライヴさま、思ったよりちゃんとわたしの話を聞いてくれました。びっくりしました……」
「……そうだな。俺はもっと高圧的に来るかと思ってたけど、意外と弱気というか、慎重になってるように見えた」
エリックは複雑そうに呟く。クライヴがアリスに対して誠実な態度を見せれば見せるほど、エリックの胸中には言い知れない不安と焦りが募っていく。
だが、それをアリスにぶつけるわけにもいかない。護衛としての立場を全うするためには、アリスが自分で選ぶ道を尊重しなくてはならないからだ。
「エリック、いつも守ってくれてありがとう。……わたしが無防備で、ごめんなさい」
アリスが小さく言うと、エリックははっとした様子で首を横に振る。
「お前が謝ることじゃない。俺はお前がそのままでいてくれるほうが……」
言いかけて、エリックは言葉を呑み込んだ。余計なことを言えば、アリスが戸惑うだけだろう。下手をすれば“好意”と受け取られてしまうかもしれない。しかし、それを打ち明けないままでいいのか――エリックの胸は悶々としている。
そこへ、侍女長のミレイが慌ただしく駆け寄ってきた。
「お嬢様、また王都で夜会が開かれることになったらしいのです。先ほど招待状が届きました」
「夜会……?」
アリスは思わず眉を上げる。前回の夜会では、婚約破棄後の初顔合わせで散々話題の的になった。今回もまた同じような視線を浴びるのだろうか、と憂鬱になる。
しかしミレイはさらに続けた。
「今回は王宮主催ではなく、侯爵家のお嬢様がお誕生日を兼ねて企画しているそうで、かなり大規模になるそうです。各家の令嬢や貴公子がこぞって参加するとのこと……」
「……また、目立ちますね」
アリスは小さくため息をつく。せっかくクライヴやエリックとの間で話を進めているところに、余計な社交イベントが入り込む。今度はどんな噂や求婚が持ち上がるかわからない。
エリックがアリスの肩を軽く叩くようにして励ます。
「大丈夫だ。俺がちゃんとついていく。フローレンスも行くだろうし、あいつも意外と頼りになるから」
「そうですね……。フローレンスがいれば、まだ安心かも」
もっとも、フローレンスはアリスを助けながらも面白がって騒動を煽る節があるから、一概に安心とは言えないが。アリスは胸の内で苦笑する。
侍女長ミレイは招待状を手渡しながら、内容を簡単に読み上げる。開催日は来週末。会場は侯爵家の別邸で行われるらしく、規模は相当大きい。ドレスコードも豪華な正装が求められるとのこと。
気になるのは、クライヴが来るかどうか、そしてディーンをはじめとする“求婚希望者”がどのくらい参加するかだ。アリスは既に名前を聞いただけでげんなりしそうになる。
「ふぁ……。行くしかないんでしょうか」
「そうだな。シャーベット家はこれまで公爵家との縁組で一目置かれていたところもあるが、今は婚約破棄の件で周囲にいろいろ言われている。下手に欠席すると『やはり後ろめたいのでは』なんて噂されるかもしれない」
エリックの言葉に、アリスは「うう……」と唸る。社交界というのは、欠席の理由ひとつで変に勘繰られるから厄介だ。
ミレイも心配そうに声をかける。
「お嬢様、準備は私どもが精一杯いたしますので、どうかお気を確かに。前回とは違って、アリスお嬢様の新しいドレスも用意できるかと」
「ドレス……。着るのは嫌いじゃないんですけど、騒ぎになるのは苦手です」
「ふふ、騒ぎになるのが嫌ならば、もういっそ目立たない色にするのも手かもしれませんね」
ミレイの提案に、アリスは少し考える。「なるほど、地味な色なら注目されにくいかも……」と一瞬思ったが、たとえ地味なドレスを着ても、“婚約破棄されたロリ令嬢”として噂になるだろうことは変わらない。
エリックはそんなアリスの様子を見て、ふと視線をそらす。
「どんなドレスを選んでも、お前は可愛い。……それがまた周りを惹きつける要因だろうな」
「え……?」
「あ、いや……何でもない。とにかく、行くなら俺も同行するから安心しろよ」
気恥ずかしそうに言うエリック。アリスは思わず顔を赤らめて、「ありがとう……」と小さく返事をした。
そうやって来週末の夜会が決まり、アリスはまたしても騒動の渦中に巻き込まれることになる。クライヴは参加するのか、ディーンはどう動くのか、ほかの貴族たちは何を言い出すのか――予測できない嵐が近づいているのを感じながらも、アリスはそれを仕方なく受け入れようとする。
「……寝るの、やっぱり嫌いだけど、今夜は早めに休もうかな」
珍しくそんなことを呟くアリス。次に訪れる社交の場に備えて、心の準備だけでもしておくべきだろうか。
そう思いつつも、ベッドに入ればまた眠ることへの抵抗感が頭をもたげるかもしれない。それでも、エリックとクライヴと……自分の周囲で動くたくさんの人たちのことを考えると、少しだけまぶたが重くなる気がした。
――果たして、どんな夜会になるのか。アリスが眠りを嫌いながらも、ほんの少し心に宿した“ドキドキ”を抱えて迎える運命の舞台。それは、さらなる波乱と意外な展開を引き寄せることになるだろう。
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