【完結】「婚約破棄ですか?分かりました」おしまい?

えるろって

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王宮舞踏会が始まって数時間。アリスはフローレンスやエリック、そしてクライヴをはじめとする知り合いとの会話を楽しんでいた。もっとも、“楽しんでいる”というよりは雰囲気に流されないよう必死にこなしている面もある。

「すごい数の方々から声をかけられますね。みんな『アリス嬢、お元気そうで』とか『再婚約されるとか?』とか……」

アリスは軽く青ざめながら、グラスを手にする。先ほどは王族のスピーチを見届け、その後は軽いブランチタイムとしてテーブルに料理が並んだ。貴族たちが交流するラウンジもあり、まるで昼間からのパーティーだ。

「ま、注目度は相変わらず高いわよ。ディーン子爵の件も少しは噂になってるみたいだし、あなたを心配してる人も多いんじゃない?」

フローレンスが優雅に紅茶を啜りながら囁く。アリスは「そう……ですかね」と返すが、やはり落ち着かない。  
あちこちで噂話や見当違いの勧誘をされる中、エリックは護衛としてアリスの近くに控えている。彼の存在は心強いが、それでも声をかけてくる貴族たちに対処するのは大変だ。

「おや、アリス嬢……このたびは公爵家との復縁話が進んでいるとか?」

「クライヴさまと仲良くしてらっしゃるとの噂、やはり事実ですか?」

「ディーン子爵の不穏な行動には、さぞやお困りでしょうな」

次々と浴びせられる質問に、アリスはやんわりとした笑顔で受け流す。フローレンスがフォローしてくれる場面も多く、なんとか“あざと可愛い返答”を繰り返していた。

「ふぁ……寝るの嫌いだけど、今はむしろ眠たいくらい……」

心の声が漏れそうになるアリス。だが、周囲に対しては「ええ、まあ……ゆっくり考えたいと思っています」と無難な答えに徹する。  
そんな中、クライヴも何度かアリスのところへ足を運び、貴族たちに適度に挨拶して回る形でアリスをサポートしてくれた。彼が横にいるだけで周りの質問が和らぐのだから、ありがたい存在だ。

「アリス、そろそろ夕方の挨拶があるようだ。王族の方々が出てこられるらしい」

「そ、そうなんですか。わたし、慣れてないから少し緊張します」

「大丈夫。俺も一緒に行く」

クライヴは穏やかに微笑み、アリスをエスコートする。エリックも少し離れた位置を確保して付いていく。フローレンスは他の令嬢仲間と連れ立って「後で合流するわ」と手を振っていた。  
こうしてメインホールの中央に移動すると、夕刻に差しかかった優しい光の下で、王族が登場し簡単なスピーチを行う。拍手が起こり、貴族たちが一斉に頭を下げる光景は、圧巻のきらびやかさを伴っていた。

「……すごいですね、やっぱり王族のオーラは」

アリスは小声でクライヴに話しかける。クライヴも「まあ、俺たちも慣れない時期があった」と笑って返す。その後、音楽隊が別の曲を演奏し始め、早くもダンスタイムの序章へ突入する雰囲気が漂ってきた。

「わあ、そろそろ踊りが始まるんだ。……きっと、もうすぐ誰かがアリス嬢を誘いに来るかもね?」

フローレンスがどこからともなく戻ってきて、茶化すように言う。アリスは「誰かって……」と目を瞬かせるが、真っ先に思い浮かんだのはディーン子爵の姿だ。  
しかし、今のところ彼の姿は見かけない。あるいは出席しないのか、あるいは遅れてくるのか――分からないが、その分アリスの心は変な緊張をしている。

「アリス、もしよければ……最初の曲、踊らないか?」

クライヴがさりげなく誘いの手を差し伸べる。前の夜会でも一度踊ったことがある二人だが、今度は王宮の大舞台だ。周りの視線も一段と注がれるに違いない。

「……はい。お願いします。わたしも、ちゃんと踊りたいです」

アリスは少し不安げながらも、クライヴの誘いを受けることにした。視線が集まるのは分かっているが、ここで尻込みしていては「周囲に流されっぱなしのロリ令嬢」から抜け出せない。

(わたしにできることなんて、小さなことかもしれない。でも、これで周りに“誰とも婚約してないけど、クライヴさまとは一緒にいたい”って意思が示せるなら……)

そんな思いを抱きつつ、アリスはクライヴに手を取られ、ダンスフロアの中央へ進んでいく。エリックは少し離れた場所で見守り、フローレンスは「がんばって」とあざとい声援を送っていた。  
音楽が始まり、二人はゆったりとしたステップを刻む。クライヴは前よりも自然なリードができるようになったようで、アリスも慌てずについていける。

「大丈夫か? 足、痛くない?」

「はい……大丈夫です。さっき休憩したので、まだ元気ですよ」

ささやき程度の会話が、二人の距離感を絶妙に縮める。周りの貴族たちは二人を一瞥し、「やはりクライヴさまと……」などと勝手な想像を膨らませている様子だ。しかし、アリスは最初ほど人目を気にしなくなっていた。

「寝るの嫌いなわたしが、こんな時間まで踊るなんて、不思議な気分ですね」

「ふふ、夜会で踊ったときよりずっと上手くなってる。……勇気が出たのかな?」

クライヴの言葉にアリスは照れ笑いを浮かべる。踊りながら眠たげな瞳をしていても、心ははっきりと起きている。自分の意思でこの舞踏会に臨んでいるという感覚が、アリスを少しだけ成長させているのかもしれない。  
曲が終わり、二人は周囲からの拍手を受けながら軽く礼を交わす。アリスはほっと息をつき、クライヴも笑顔を向ける。

「ありがとう、アリス。君が僕と踊ってくれるなんて光栄だ」

「いえ、こちらこそ……わたしも、楽しかったです」

再度の拍手と共にフロアを下りようとしたとき、遠くの方から視線を感じる。アリスがそちらを振り返ると、そこには――ディーン子爵がいた。  
何も言わず、ただ鋭い目つきでこちらを見つめている。周囲には騎士団関係者もいるようで、彼を監視しているのかもしれない。ディーンの表情には怒りと執念が混ざったような色が浮かんでいた。

「あ……ディーンさま……」

アリスは思わず声を漏らす。クライヴも気づき、その方向に目を向けるが、ディーンはすぐに横を向き、どこかへ歩き去っていった。  
明らかに不穏な空気を感じるアリス。舞踏会が終わるまでに、彼が何もしないとは思えない。けれど、今の彼女は「逃げない」と決めている。  
クライヴとともにフロアを下り、エリックのもとへ戻ると、エリックもディーンの存在に気づいていたようで硬い表情をしている。

「見つけたか……ディーン。監視されてるとはいえ、何かしでかすかもしれない。アリス、油断するなよ」

「はい……わたし、もう逃げません。ちゃんと断ります。……やっぱり怖いですけどね」

アリスは震える声で宣言する。エリックは鋭い眼差しで周囲を見回しながら「クライヴ、お前も気をつけろよ」と釘を刺す。クライヴは頷き、「共に守る」と答える。  
こうして、昼から夕刻へ移る舞踏会は、徐々に転機を迎えようとしていた。ディーン子爵の怒りと執着が再び爆発するのか、それとも穏便に収束するのか――まだ誰にも分からない。  
しかし、アリスはもう“眠たげ”なだけのロリ令嬢ではない。初めての昼ダンスをやり遂げた彼女は、ほんの少しの勇気を手に入れていた。
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