【完結】「婚約破棄ですか?分かりました」おしまい?

えるろって

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深夜のクッキー作りから数日後。シャーベット家の庭は早春の風が吹き、バラの新芽が芽吹き始めている。アリスは「昼間もいいものだな」と思いつつ散歩していたが、ふとエリックの姿を見かけた。

「エリック……おはようございます。今日はどんな予定ですか?」

「…………」

呼びかけに反応はあるが、エリックはどこか歯切れが悪い。アリスはまたしても胸が痛くなるが、あの深夜茶会で二人とも話す機会が少なかったことを思い出す。

(やっぱりエリック、まだ距離を置いてる感じがする……わたし、どうしたらいいんだろう)

意を決して、アリスはエリックに近づき、小声で問いかける。

「ねえ、エリック……わたしとちゃんと話してほしいの。寝るのが嫌いなわたしだけど、最近は夜会とかクライヴさまとかで……きっとあなたも混乱してるんじゃないかな」

「……混乱?」

エリックは顔を上げる。そこには悩ましげな光が宿っている。アリスが続けて言葉を紡ぐ。

「わたし、エリックにずっと守られてきたから、あなたとの夜更かしも当たり前になってた。でも、クライヴさまがあんなに嬉しそうに夜に付き合ってくれるなんて思わなかったし……。エリックは嫉妬してるのかなって、思うんだけど」

歯に衣着せぬ物言いに、エリックは瞳を見開く。すぐには否定も肯定もできず、庭の地面を見つめて沈黙する。  
アリスは気まずさを感じながらも、このまま逃げずに聞きたい。寝るのが嫌いな自分の生活に、エリックがどう思っているのか、クライヴとの関係をどう受け止めているのか。

「エリック、もしあなたの気持ちがわたしにあるなら……正直に言ってほしい。でも、気持ちが無いなら無いで、はっきり言ってもらえたら、わたしも動きやすいんです」

「動きやすい……」

エリックの声には淡い苦笑が混ざる。アリスは恥ずかしさで顔が熱くなるが、ここで言わなければ、ずっとすれ違いが続きそうだ。  
しばしの沈黙の後、エリックは重い口を開く。

「俺は……お前が好きだ、アリス。護衛とか幼馴染とか、そんな言葉で誤魔化してきたけど、やっぱり好きなんだと思う」

「っ……」

アリスは心臓が跳ねるのを感じ、息を飲む。エリックが真剣に想いを口にしたのは初めてだ。夜会でも、この言葉は聞けなかった。  
エリックはさらに続ける。

「だけど、お前はクライヴとも仲が深まってる。寝るのが嫌いっていう特殊な性質を理解してくれる相手だし、あの公爵家との縁組はシャーベット家にもメリットが大きいだろう。俺なんかじゃ比べ物にならない」

「……そんなこと」

「でも、俺はお前が幸せになるなら、もう何でもいいと思ってる。好きだからこそ、クライヴと結ばれるほうがお前の将来にプラスなら、護衛として見守るだけでいいって、そう思うようにしてるんだ」

エリックの言葉に、アリスは切なさを覚える。まるで彼が自分を諦めるために感情を整理しているような印象を受けるのだ。

「エリック……わたし、あなたを比べ物にならないなんて思ってない。幼馴染で一緒に夜更かししてきた関係は、寝るのが嫌いなわたしにとって宝物です」

「宝物、か。でもそれが恋愛かって聞かれたら、お前は迷うんだろう?」

アリスは言葉を失う。確かに、エリックを好きだと言えない自分がいる。クライヴとの未来も曖昧だが、エリックとの恋愛を想像する機会も少なかった。

「……はい。わたし、エリックのこと大切だけど、恋かどうか分からない。ただ、エリックにはこれからも側にいてほしいという気持ちがあります」

「ありがとう。俺はお前を守る。その気持ちは変わらない」

エリックは小さく微笑みながらも、どこか諦めのようなものが滲んでいる。アリスは胸の痛みを抱えたまま、幼馴染との微妙な会話を終わらせることしかできない。  
結局、二人は別々の方向へ歩き出す。アリスは中庭の花を眺めて、寝るのが嫌いな自分の人生がこんなに複雑になるなんて想像もしなかったと改めて思う。

---

一方、公爵家ではクライヴが深夜茶会のあと、自室で書類を整理していた。兄ギルバートが「ずいぶん楽しんできたようだな」と冷やかすが、クライヴは素直に肯定する。

「はい、兄上。アリスの深夜クッキー作りは想像以上に愉快でした。俺がこんな形で夜を過ごすなんて、初めてですよ」

「そうか……お前も柔らかくなったものだ。昔は“夜更かしなんて不健康”と言ってたのに」

「はは、そうですね。アリスが寝るのが嫌いだからこそ、夜にも幸福があると気づかされた感じです」

ギルバートはクライヴの言葉に微笑み、「公爵家としてどう見るかはともかく、お前が楽しんだならいいんじゃないか」と背中を押す。クライヴも「いつかちゃんと公にできれば」と思っているが、今は“秘密の夜会”として続けるしかない。  
仕事をひと段落させたクライヴは、机にひじをつきながら、アリスの笑顔を思い出す。夜中のキッチンで見せたあの無防備な姿と、少し頬を染めて恥ずかしがるギャップ――クライヴはすっかり虜になっていると自覚している。

「アリスが“寝るのが嫌い”という問題をどう克服するのか、それを一緒に見届けたい……。なんなら寝るのが嫌いなままでも、俺が支えればいいか」

自室のランプを落とし、クライヴは小さく笑う。公務や名誉を意識しすぎていた自分が、こんなにも自由を感じられるのはアリスのおかげだと思っていた。  
朝が近づき、クライヴはベッドに倒れ込む。寝る時間帯が狂っているが、むしろ夜更かしの楽しさを知ってしまった今は気にしない。仕事と夜会の両立を考えれば、アリスのように“寝るのを嫌う”スタイルもありかもしれない――少しだけそんな考えがよぎる。

「ふぁ……アリスがそばにいれば、俺は眠れなくても構わない。いや、彼女が寝るのを嫌うなら……いっそ一緒に起きていられれば、それが幸せなんだろうな」

ぽつりと呟き、クライヴは目を閉じる。王宮の務めがある以上、昼の活動を放棄するわけにはいかないが、アリスとの夜の時間を続けたいという気持ちが募るばかり。彼女が結婚相手として自分を選ぶかは未知だが、少なくとも彼女が心を開いてくれたことが大きな一歩だ。  
エリックの存在を多少感じつつも、クライヴは「アリスが自由に選べばいい」と受け止めようとする。こうして、公爵家もシャーベット家も、それぞれの夜と昼が少しずつ交わりながら、新たなステージへ向かって動いていた。
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