【完結】「婚約破棄ですか?分かりました」おしまい?

えるろって

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深夜のクッキー作りを終えた翌朝。アリスはベッドで目を覚まして伸びをする。  
いつもの「寝るの嫌いだけど、よく眠れちゃったなあ」という感想が口をついて出る。しかし、今日はそれに加えて強い余韻が残っていた。クライヴとの“秘密の夜会”、エリックの微妙な態度、そしてフローレンスの賑やかな笑い。すべてが夢のようで、頭の中がまだ混乱している。

「ふぁ……あんな夜を過ごしたら、さすがにぐっすり眠っちゃいますよね。わたし、寝るの嫌いなのに……」

起き上がりながら、アリスは布団からもこもこと出る。普段なら「夜更かし疲れ」があってもおかしくないが、意外にも体調は悪くない。心の中に不安やときめきが混じり合い、むしろ気持ちが落ち着かない。

「クライヴさま、帰り際に『またやろう』みたいなこと言ってたし……わたし、本当に夜会を定期的にやるのかな。エリックやフローレンスはどう思うんだろう」

そんな疑問を抱えたまま、アリスは朝食をとりにダイニングへ向かう。すると侍女が「お嬢様、フローレンス様が早速お越しです」と伝えてきた。

「えっ、もう? あの人、朝から元気ですね……。寝不足じゃないのかな」

アリスは驚きつつも急いで身なりを整え、客間に向かう。フローレンスがどんなテンションで待ち構えているか想像すると、思わず笑みがこぼれる。

---

客間のドアを開けると、フローレンスは「やっほー! アリス!」とあざといポーズで迎える。朝の光が彼女のレース衣装を照らしており、まるで今から舞踏会に行くような派手さだ。

「おはよう、フローレンス。昨日はお疲れ様……って、もう来てるんですね?」

「ええ、そりゃあね。あれだけ面白い夜を体験したら、アリスの顔が見たくなるわよ。……どうだったの? クライヴさまとの仲は進んだ?」

アリスは座ろうとするが、恥ずかしくてうつむく。「進んだかどうか……わかりません。でも、少なくともクライヴさまが“夜”を楽しんでくれたことは確かです」

「そうそう、めちゃくちゃ楽しそうだったじゃない。あんなに嬉しそうなクライヴさま初めて見たわ。あんた、ロリパワーすごいわね」

「ロ、ロリパワーってもう……やめてくださいよ」

アリスは照れながら顔を覆うが、フローレンスは「でも実際、あの夜でクライヴさまの心をかなり掴んだと思うわよ」と断言する。  
確かに、あの空間でアリスとクライヴは距離を縮めるような会話を何度もした。お互いに眠気よりも高揚感が勝っていて、まるで子どものように笑い合った。フローレンスが横槍を入れなければ、もう少し親密になっていたかもしれない。

「でも……エリックのこと、まだわたし整理できてなくて。昨日も楽しそうに見えた? なんだかずっと渋い顔してた気がする」

「うーん、たしかにエリックは終始複雑そうだったわね。でもあれ、羨ましさとか嫉妬も混ざってるんじゃないかしら。あんたがクライヴさまに向いてる姿に心が波立ってるのよ」

フローレンスはあっさり言い切る。アリスは「やっぱりそうなのかな」とため息をつく。寝るのが嫌いな彼女がクッキー作りを通じてエリックと築いた時間は長い。そこへクライヴが参入したら、エリックが面白くないのも無理はない。

「それでも、わたしはエリックにもいてほしいし、クライヴさまとももう少し仲良くなりたいし……。どっちかを選ぶって、まだ決められません」

「無理しなくていいわよ。そんなに急ぐ必要はないし、アリスはまだ若いんだから。……ただ、あんたの“夜”は二人の男を同時に惹きつける魅力を持ってるって自覚しなさい」

アリスは「ふぁ……そんな自覚したくない」と苦笑する。寝るのが嫌いだから夜に独自の時間を持っているだけで、まさかそれが恋愛模様を複雑にしているとは思いもしなかった。

「ところでフローレンス、これからどうするつもりなんですか? また夜に遊びに来る気ですか?」

「当たり前じゃない。あれ、めちゃくちゃ楽しかったもの。クライヴさまも『また呼んでくれ』ってノリノリだったし。……エリックは嫌がるかもだけど、護衛だから仕方ないわよね」

フローレンスは悪戯っぽく微笑む。アリスは「こんなに頻繁に夜会を開いたら父様に怒られちゃいますよ」と困り顔になるが、フローレンスは「じゃあ月に一度くらいにすればいいじゃない?」と提案する。

「月イチ夜更かしクッキー会……やばい、噂になったら大変」

「噂にならないように、参加者を限定すればいいのよ。ほら、今のメンバーで固定すれば外には漏れないじゃない」

アリスはなるほどと思いつつも、そこまで定期的に深夜集まりたいかどうか自分でも分からない。しかし、クライヴが来てくれるならやってみたい気もあるし、エリックとの気まずさを無くすためにも何度か試行してみるのもありかもしれない。

「ふぁ……寝るの嫌いってだけでここまでイベント化するなんて、思いもしませんでした。わたしはただ夜が怖かっただけなのに……」

「怖いものを楽しく変える力が、あんたにはあるのよ。クライヴさまもエリックも、あんたの魅力に振り回されてるんだから」

フローレンスの言葉は、アリスにとって救いでもあり、プレッシャーでもあった。でも彼女は、すでに一歩踏み出している。寝るのが嫌いという設定を“夜の時間を楽しむ”エネルギーに変え始めているのだ。

「夜の時間を楽しむ……エリックにもクライヴさまにも、楽しい夜を提供できたらいいな。わたし自身も怖い夢を見なくなってきたし、一石二鳥かもしれませんね」

アリスが少し笑みを浮かべて言うと、フローレンスは「いいじゃない、キラキラしてるわよ」と大きく頷く。

「よーし、それなら私もしっかり手伝うわ。時々は“ローベル夜会”を開いて招待してあげてもいいけど、まずはシャーベット家が拠点ね」

「やりすぎないように注意しないと、父様に怒られますけど……夜は静かでいいですから、自然に集まりたくなっちゃうかも」

言葉には弾みがあり、アリスの瞳には以前の眠たげな影が薄れているようにも見える。寝るのが嫌いな理由だった“幼少期のトラウマ”は完全に消えたわけではないが、こうして夜を楽しむことで克服に近づいているのかもしれない。  
フローレンスは「ふふ、いいわね」と微笑み、アリスと一緒に朝のお茶を飲み交わす。部屋の中には、ほんのり残るクッキーの香りが漂っている。夜会から朝へ、アリスの世界は少しずつ広がりを見せているのだ。
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