【完結】「婚約破棄ですか?分かりました」おしまい?

えるろって

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ライトアップされたバラ園をクライヴと一緒に歩いた後、アリスは「少し休憩したい」と言って王宮の建物内へ戻った。夜のダンスが盛り上がるホールを横目に、仮設された椅子で一息つく。

「ふぁ……やっぱり、昼から夜までの参加はきついですね。でも、クライヴさまは親切にエスコートしてくれて……ああ、わたし、どうしたらいいんだろう」

頭を抱えていると、フローレンスが「アリス、いる?」と声をかけてくる。彼女も夕方からバラ園やホールを行き来しているらしく、少し息が上がっている。

「やれやれ、そろそろ夜も深まり始めてるわ。こっちは大盛況よ。クライヴさまの周りには人が絶えないし、エリックはどうやらダンスホールの警護に入ったみたい」

「エリック……ダンスホール、ですか?」

アリスはドキリとする。普段なら夜のダンスというと自分も参加しないわけではないが、今はそんな気力がなかった。しかしエリックがホールにいるなら、話すチャンスがあるかもしれない。

「そう、騎士仲間と一緒に警護してるらしいわよ。わたしが遠目で見たら、静かにホール脇で立ってたわ。話すなら今がチャンスかもね」

フローレンスの言葉に、アリスは意を決して立ち上がる。「わたし、行ってきます。クライヴさまには一旦失礼してって言ってあるし、エリックと話さないと夜が終わっちゃう……」

「そうよ、今が勝負。わたしは見守ってるから、がんばりなさい!」

フローレンスが応援し、アリスはドレスの裾をさっと整えてホールへ向かう。寝るのが嫌いとはいえ、一日中動き回って体力はギリギリだが、この夜を逃せば次はいつになるか分からない。

---

ホールに入ると、そこでは華やかなダンスが展開されていた。昼間とは違う落ち着いた照明の下、ペアが旋回する姿が優美だ。アリスは人混みを縫ってホール脇を探すと、エリックの姿を発見する。肩に少し装飾のある騎士服を着用し、周囲を見回して警戒している。  
そばに近寄ると、エリックはすぐに気づいて「アリス?」と驚きの表情を見せる。

「エリック、少しだけいいですか? ……お疲れのところ申し訳ないけど、話がしたいんです」

エリックは周囲を見て、「今はそこまで危険がないから、少しなら大丈夫だ。……行こう」と短く返す。二人はホールを出て、人通りの少ない廊下へ移動する。  
廊下の角には装飾の甲冑が立ち並び、夜のほんのりした明かりが落ち着きがある。エリックは腕を組んでアリスを見つめ、「何かあったか?」と尋ねる。アリスは覚悟を決めて口を開く。

「エリック……わたし、この昼から夜までのイベントで、クライヴさまから『再婚約』を真剣に考えてるって言われました」

「……そうか。やはりな。あいつ、本気なんだな」

淡々としたエリックの返答にアリスは息を呑む。そう、エリックは驚かない。既に想定内なのだろう。

「正直、わたしもクライヴさまに惹かれています。でも、あなたのことも大事で、夜の時間をずっと一緒に過ごしてきた思い出を捨てられません。エリックがわたしに気持ちを持ってくれてるのも、嬉しくて……」

アリスの声は震え、涙がこぼれそうになる。だがこの廊下で泣いたら周囲に怪しまれると、必死に堪える。エリックは視線を伏せ、「そんなに辛いなら、俺を選ばなくてもいいんだぞ」と絞り出すように言う。

「選ばなくても……? わたしは、あなたがいなくなるのが嫌です。寝るの嫌いだった夜にずっと付き合ってくれたあなたが、大好きなのに……」

「……でも、公爵家との婚約は家のためにもなるし、何よりクライヴはあんたの“夜”を受け止められるほど優しい男だ。俺は騎士で、護衛が仕事。政略結婚の話もあるし、いずれ王宮勤務に専念するならシャーベット家を出ることもある」

エリックの言葉は真っ直ぐで、アリスの胸を抉る。二人がこのままの関係でいるわけにはいかない現実――もし公爵家を選べば、エリックと夜を共有する機会は激減するだろう。

「でも、だからといって簡単にあなたを手放したくないんです。わたし、まだ結婚とか想像つかないけど、夜を共にできるあなたがいなくなるなんて……寂しすぎる」

「アリス……」

エリックは視線を上げ、アリスの潤んだ瞳と交差する。ここで抱きしめたい衝動が湧くが、廊下にはわずかに人の気配もある。護衛として軽率な行動は取れず、拳を握りしめるだけだ。

「俺も、お前が好きだ。夜会でも昼間でも、ずっと守りたい。でもそれが叶わない道もある。それが貴族社会の現実だ。……お前がクライヴを選んでも、俺は責めない。お前が幸せならいい」

「ふぁ……あなたはいつもそうやってわたしを優先してくれる。でも、あなたはどうしたいの?」

思わず詰問するアリス。エリックは答えられず、沈黙する。ぎこちない時間が流れるが、ついにエリックは低い声で言う。

「……正直、俺はお前を奪いたい。クライヴからも、誰からも。でも、それは俺のわがままだ。お前の幸せを保証できるわけじゃない」

アリスの胸はドキリと高鳴る。エリックの本音――奪いたいという激しい感情を口にしたのは初めて聞いた。しかし、同時にそれを押し殺す意志も感じる。

「エリック……」

「迷わせて、すまない。ただ、俺の気持ちを知っておいてほしい。お前が寝るのが嫌いだろうと何だろうと、一緒に夜を過ごしてきた相棒みたいなものだ。俺はあの時間を失いたくない」

アリスは瞳を潤ませる。ここで抱き合って泣きたいくらいだが、周囲の目を考えて踏みとどまる。代わりにエリックの手をそっと握ろうとするが、彼が一瞬手を引きかける。結局、ほんの数秒だけ触れ合っただけで離れてしまう。

「わたしも失いたくない。……でも、わたしもクライヴさまに惹かれてる。どうすればいいのか、まだ答えが出なくて……ごめんなさい」

「謝るな。俺はお前を待つつもりはないが、最後の答えを受け止める準備はある。時間はもう多くない。クライヴも動いてるだろうし、社交界もお前の決断を待ってる」

エリックははっきり言い切り、次の瞬間、廊下の奥から人の足音が近づいてくるのに気づく。アリスも慌てて手を離し、二人は距離を取る。夜の王宮、とはいえ警護や人の行き来がある場所であまり大胆にはなれない。

「……そろそろ俺は持ち場に戻らないと。夜のダンスで警護を強化しなきゃいけない。お前も気をつけろよ」

「う、うん……ありがとう。エリック、またあとで……」

互いに名残惜しそうだが、別れるしかない。アリスは何度も振り返りたくなる気持ちを抑え、フローレンスが待つホールのほうへ足を向ける。エリックはそっと背を向け、騎士としての表情に戻り夜の職務に戻る。  
二人の心は交錯しつつも決着を迎えられない。寝るのが嫌いなアリスにとって、夜はまだ続く。クライヴに返事をするのか、エリックを選ぶのか――その答えは、ほんの少し先に迫っているのかもしれない。
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