4 / 57
第4話 お届け物です
私の仕事は魔法使いのお婆さん。もちろん冗談だが、それに近い仕事だとは思っている。
昔からシンデレラの物語で一番好きなのは、魔法使いのお婆さんだった。お婆さんでなくても、なんなら不思議な鳩とか、妖精のパターンでも良い。とにかく私は陰から物事を動かす裏方……もとい、黒幕にゾクゾクする性分なのだ。
「別の日にしましょうか」
泣き叫ぶ赤ちゃんを見て言ったら、若い母親が頷いた。その横で赤ちゃんをあやす父親も困り笑いである。ハーフバースデーの記念撮影に来た親子だが、主役の赤ちゃんが虫の居所の悪い日に当たってしまったらしく、なんとか泣き止ませようと頑張って早一時間。ふわふわドレスのシンデレラは舞踏会に行きたくないらしい。
ここは私の働く写真館。チェーン店ではない個人経営の店だが、この辺りでは規模の大きな方で、ご近所でもお馴染みの歴史ある写真屋さんだ。ちなみに私はカメラマンじゃない。着替えの準備からメイクまでを主に担当しながら、撮影の補助、レジ打ちや予約対応、撮影コースの説明に子供の相手など、ほぼ何でも屋といえるお店のスタッフである。
「ご予約を変更しますね。次に空いている日は」
私と母親の会話をかき消す大音量の泣き声が響く。周囲のお客さんまでびっくりして振り返ったので、もう父親が無言で外に出て行った。ガラス越しにもうっすらと泣き声が聞こえてくる。
「……そういう日、だったんですね」
「……そういう日、だったみたいです」
母親が黙々と予約日を選びながら言った。まあ、赤ちゃんとはそういうものだ。理由はよく分からないけど、一日中ぐずって仕方ない日というものがある。私たちもそれを知っているから、予約日は変更可能にしてあるのだ。
「ではまた来週、お待ちしておりますね」
最後に笑顔で見送ったら、赤ちゃんがジトっとした涙目でこっちを見た。私、何かしましたね? 両親によって「ばいばーい」なんて強制的に手を振らされたからだろうか。
そして息つく暇も無く声がかかる。
「坂本さん、次の撮影補助入ってもらえる?」
「はい。控室の衣装片づけたら、すぐに行きます!」
すごく忙しいし疲れるし大変だけど、会社でパソコンを打ちながら電話対応しているよりは、よほど自分に合った仕事に就けたと思っている。日々の生活に埋もれる現代人が一日だけ、とっておきの自分に変身して非日常を楽しめる場所なのだから。その変身を演出する私の仕事は、やっぱり魔法使いのお婆さんだと思う。
とはいえ魔法使いにも休息は必要だ。毎週木曜日が休館日なので、必然的に私の休日も木曜日になる。
「あぁ……服と靴……どうしよう」
ぐるぐる回る洗濯物を見ながら呟いた。今日はもう一回洗濯機を回さないと、そろそろ仕事用の靴下が無いタイミングだ。
デパートから手ぶらで帰って二週間。あれ以来なんとなく行きづらいし、そもそも再度行ったところでサイズは無いと思うと、急に腰が重くなってしまった。今回は通販で適当な一式でも買って済まそうか。いっそレンタルにしちゃおうかな、福利厚生で割引があるし。でも、そうやって毎回とりえずで済ませているから、いざという時に焦るんだよな……。
そんな堂々巡りをしていたとき、インターホンが鳴った。
「はーい」
「お届け物です」
ネットで買ったメイク道具が届いたのか。モニターをよく見もせずにドアを開けたら、やけに身なりの良い配達人が営業スマイルで立っていた。リボンのついた箱を掲げて。
「ご無沙汰しております、坂本梨代さん。先日はお世話に」
一回ドアを閉めた。幻覚かな。
「何で?」
外にいたのは篠塚さんだった。今日はグレーのスーツを相変わらずビシッと着こなし、白い箱に赤いリボンのついた物体を抱えて、さも当然のように教えてもいない自宅を訪ねてきた現実。本当に何で?
「まだ寝ぼけてたのかな。それとも疲れすぎて幻覚が……」
「あの、坂本さん! 突然押しかけてすみません、この間お会いした篠塚です! 改めてお礼に伺ったのですが!」
ドア越しの説明というか釈明に、コンコンというノックの音。安いアパートの廊下で止めて欲しい。
仕方ないので細くドアを開けて、ドアチェーンをかけたまま警戒心むき出しの声を出してみた。
「ご丁寧にどうも。お気持ちだけで十分ですので、お引き取りください」
「いやあの、用意した品をぜひ差し上げたくて」
「結構です」
「要りませんでしたか?」
篠塚さんが自分で箱を開けて、ドアの隙間数センチから中身を見せる。絶妙な焦げ茶の優雅な靴が収められていた。
「先日サイズの無かった商品、二十五cmサイズをお造りしました。坂本さんのための非売品です」
昔からシンデレラの物語で一番好きなのは、魔法使いのお婆さんだった。お婆さんでなくても、なんなら不思議な鳩とか、妖精のパターンでも良い。とにかく私は陰から物事を動かす裏方……もとい、黒幕にゾクゾクする性分なのだ。
「別の日にしましょうか」
泣き叫ぶ赤ちゃんを見て言ったら、若い母親が頷いた。その横で赤ちゃんをあやす父親も困り笑いである。ハーフバースデーの記念撮影に来た親子だが、主役の赤ちゃんが虫の居所の悪い日に当たってしまったらしく、なんとか泣き止ませようと頑張って早一時間。ふわふわドレスのシンデレラは舞踏会に行きたくないらしい。
ここは私の働く写真館。チェーン店ではない個人経営の店だが、この辺りでは規模の大きな方で、ご近所でもお馴染みの歴史ある写真屋さんだ。ちなみに私はカメラマンじゃない。着替えの準備からメイクまでを主に担当しながら、撮影の補助、レジ打ちや予約対応、撮影コースの説明に子供の相手など、ほぼ何でも屋といえるお店のスタッフである。
「ご予約を変更しますね。次に空いている日は」
私と母親の会話をかき消す大音量の泣き声が響く。周囲のお客さんまでびっくりして振り返ったので、もう父親が無言で外に出て行った。ガラス越しにもうっすらと泣き声が聞こえてくる。
「……そういう日、だったんですね」
「……そういう日、だったみたいです」
母親が黙々と予約日を選びながら言った。まあ、赤ちゃんとはそういうものだ。理由はよく分からないけど、一日中ぐずって仕方ない日というものがある。私たちもそれを知っているから、予約日は変更可能にしてあるのだ。
「ではまた来週、お待ちしておりますね」
最後に笑顔で見送ったら、赤ちゃんがジトっとした涙目でこっちを見た。私、何かしましたね? 両親によって「ばいばーい」なんて強制的に手を振らされたからだろうか。
そして息つく暇も無く声がかかる。
「坂本さん、次の撮影補助入ってもらえる?」
「はい。控室の衣装片づけたら、すぐに行きます!」
すごく忙しいし疲れるし大変だけど、会社でパソコンを打ちながら電話対応しているよりは、よほど自分に合った仕事に就けたと思っている。日々の生活に埋もれる現代人が一日だけ、とっておきの自分に変身して非日常を楽しめる場所なのだから。その変身を演出する私の仕事は、やっぱり魔法使いのお婆さんだと思う。
とはいえ魔法使いにも休息は必要だ。毎週木曜日が休館日なので、必然的に私の休日も木曜日になる。
「あぁ……服と靴……どうしよう」
ぐるぐる回る洗濯物を見ながら呟いた。今日はもう一回洗濯機を回さないと、そろそろ仕事用の靴下が無いタイミングだ。
デパートから手ぶらで帰って二週間。あれ以来なんとなく行きづらいし、そもそも再度行ったところでサイズは無いと思うと、急に腰が重くなってしまった。今回は通販で適当な一式でも買って済まそうか。いっそレンタルにしちゃおうかな、福利厚生で割引があるし。でも、そうやって毎回とりえずで済ませているから、いざという時に焦るんだよな……。
そんな堂々巡りをしていたとき、インターホンが鳴った。
「はーい」
「お届け物です」
ネットで買ったメイク道具が届いたのか。モニターをよく見もせずにドアを開けたら、やけに身なりの良い配達人が営業スマイルで立っていた。リボンのついた箱を掲げて。
「ご無沙汰しております、坂本梨代さん。先日はお世話に」
一回ドアを閉めた。幻覚かな。
「何で?」
外にいたのは篠塚さんだった。今日はグレーのスーツを相変わらずビシッと着こなし、白い箱に赤いリボンのついた物体を抱えて、さも当然のように教えてもいない自宅を訪ねてきた現実。本当に何で?
「まだ寝ぼけてたのかな。それとも疲れすぎて幻覚が……」
「あの、坂本さん! 突然押しかけてすみません、この間お会いした篠塚です! 改めてお礼に伺ったのですが!」
ドア越しの説明というか釈明に、コンコンというノックの音。安いアパートの廊下で止めて欲しい。
仕方ないので細くドアを開けて、ドアチェーンをかけたまま警戒心むき出しの声を出してみた。
「ご丁寧にどうも。お気持ちだけで十分ですので、お引き取りください」
「いやあの、用意した品をぜひ差し上げたくて」
「結構です」
「要りませんでしたか?」
篠塚さんが自分で箱を開けて、ドアの隙間数センチから中身を見せる。絶妙な焦げ茶の優雅な靴が収められていた。
「先日サイズの無かった商品、二十五cmサイズをお造りしました。坂本さんのための非売品です」
あなたにおすすめの小説
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
わたしの愉快な旦那さん
川上桃園
恋愛
あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。
あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。
「何かお探しですか」
その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。
店員のお兄さんを前にてんぱった私は。
「旦那さんが欲しいです……」
と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。
「どんな旦那さんをお望みですか」
「え、えっと……愉快な、旦那さん?」
そしてお兄さんは自分を指差した。
「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」
そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。