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第10話 夏祭り
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八月最後の土曜日、ついに篠塚さんを遊びに誘ってみた。ちょうど良いイベントがあったからだ。
「夏祭りがあるんですけど、行きませんか」
「行きます」
即答された。
「でも土日なので、有休消化には貢献できないかもしれませんよ」
「じゃあ月曜日に有休を取ります。日曜日に出かけて、帰りが遅くなっても良いように」
「ああ、そうですか」
一瞬で行く気満々ですね。まあ、誘ったのは私ですけど。
約束の時間や場所なんかを決めて、電話を切ろうとしたころで篠塚さんが言い出した。
「浴衣か甚平を着て行った方が良いでしょうか」
「平服でお越しください」
今度は私が即答していた。だって篠塚さんが和装で来るなら、私まで浴衣を着なければいけなくなる。数回会っただけの人に見せる物でもないだろう。
少し黙ってから残念そうな声が続けた。
「そうですか? 今からでも準備しようとか思ったのですが」
「そんなに気合い入れなくて良いんですよ!」
「せっかくのお祭りですし。神事にふさわしい装いをですね」
「Tシャツ一枚にサンダルで出てくれば良いんです! わざわざ神様も怒りませんから!」
浴衣、着たかったのだろうか。私のいないところでご自由にどうぞ。
「もう秋なんですから、今急いで買ったって着る機会も無いでしょう? 来年の夏シーズンにでもゆっくり選んで買ってくださいよ。でもって彼女とでも夏祭りを楽しんでください!」
勢いのままに言ってから気が付いた。
「篠塚さん、まさか付き合ってる人はいないですよね?」
「え? ええ、フリーですが」
「良かった」
こちらが安堵した一方、電話の向こうでは慌てた声が何か言っている。
「え、いや、あの。良かったというのは、どういう意味ですか」
「恋人がいるのに休日ガイドの依頼なんて、誤解を疑われそうな事してたらどうしようかと思って。お相手の方が可哀想すぎます。篠塚さんのことですから、さすがにそんなデリカシー無いことはしないですよね。大変失礼しました」
そのあとに流れた沈黙は何なんだろう。気分を害しただろうか。
「もし彼女がいると言っていたら。どうするつもりでしたか」
「とりあえず彼女さんにチクります」
ガタゴト音がしたと思ったら、咳払いの後に落ち着き払った声が聞こえた。
「すみません。スマホを落としてしまいました」
「さっきのは冗談ですよ。そういう方が出来たときは言ってください、ガイドの契約はそこまでにしましょう。有休消化の続きはお二人で楽しめば良いんですから」
「……そう、ですか。分かりました」
思いのほか長くなってしまった電話を切って、私はお風呂に向かった。今日も暑いからシャワーだけで良いだろう。
「ファミレス、夏祭り、その次は……」
ブツブツ呟きながら今後の計画を考える。さすがに二十五日間すべてを一緒にとはいかないから、何かしら篠塚さんが自分で楽しめることを提案するのも必要だろう。いうなれば宿題だ。一人で夢中になって時間を溶かせるような何かを考えなければ。
「食べることが好きなら、料理……はするって言ってたし。お菓子作りとか? 他に目新しい趣味が……ぶぶっ」
シャワーから出たのは水だった。ガスを点け忘れていたらしい。
夏祭り当日、篠塚さんは本当にTシャツ一枚とサンダルで現れた。
「素直ですね」
「ガイドの指示には従います」
ただの勢いだったのに。とは今更言えない。
それにTシャツと言っても、目立ちすぎない和柄がデザインされたお洒落な服だった。たぶん良い生地のブランドもの。全体的に黒い下地で裾の方にだけ青い桜が散り、背中は潔く無地だった。刺青みたいな鯉でも泳いでいるより、私はこういうシンプルな方が好きだ。サンダルだってビーチサンダルやつっかけみたいなモノじゃなくて、足の甲や足首に押さえが付いた、ちゃんとお出かけ用っぽい形。
会場に向かって歩きながら、つい揶揄うように言ってしまった。
「ちゃんとラフな格好、出来るじゃないですか」
「出来ないとは言ってません。スーツは仕事着ですから」
「そうじゃなくて、ガイドなんか必要ないのにってことです。この後は一人で何とでも出来るんじゃないですか?」
「それは困りますねぇ」
御囃子の音が近づいてくる。周囲に家族連れやカップルが増えてきた。
「きっかけや目的は必要なものです。舞踏会という目的も無いのに、シンデレラはドレスアップしようと思ったでしょうか」
「……確かに」
私のお客さんたちだって、写真に写るからお洒落をするのだ。近所を散歩するためにバッチリメイクする人なんていやしない。
「ということで、やっぱり魔女の力はお借りしたい」
「魔女の仕事は舞踏会を用意するところからってワケですか。はいはい、承りました」
引き受けたことは最後まで。私にだってそのくらいの矜持はあるのだ。
「夏祭りがあるんですけど、行きませんか」
「行きます」
即答された。
「でも土日なので、有休消化には貢献できないかもしれませんよ」
「じゃあ月曜日に有休を取ります。日曜日に出かけて、帰りが遅くなっても良いように」
「ああ、そうですか」
一瞬で行く気満々ですね。まあ、誘ったのは私ですけど。
約束の時間や場所なんかを決めて、電話を切ろうとしたころで篠塚さんが言い出した。
「浴衣か甚平を着て行った方が良いでしょうか」
「平服でお越しください」
今度は私が即答していた。だって篠塚さんが和装で来るなら、私まで浴衣を着なければいけなくなる。数回会っただけの人に見せる物でもないだろう。
少し黙ってから残念そうな声が続けた。
「そうですか? 今からでも準備しようとか思ったのですが」
「そんなに気合い入れなくて良いんですよ!」
「せっかくのお祭りですし。神事にふさわしい装いをですね」
「Tシャツ一枚にサンダルで出てくれば良いんです! わざわざ神様も怒りませんから!」
浴衣、着たかったのだろうか。私のいないところでご自由にどうぞ。
「もう秋なんですから、今急いで買ったって着る機会も無いでしょう? 来年の夏シーズンにでもゆっくり選んで買ってくださいよ。でもって彼女とでも夏祭りを楽しんでください!」
勢いのままに言ってから気が付いた。
「篠塚さん、まさか付き合ってる人はいないですよね?」
「え? ええ、フリーですが」
「良かった」
こちらが安堵した一方、電話の向こうでは慌てた声が何か言っている。
「え、いや、あの。良かったというのは、どういう意味ですか」
「恋人がいるのに休日ガイドの依頼なんて、誤解を疑われそうな事してたらどうしようかと思って。お相手の方が可哀想すぎます。篠塚さんのことですから、さすがにそんなデリカシー無いことはしないですよね。大変失礼しました」
そのあとに流れた沈黙は何なんだろう。気分を害しただろうか。
「もし彼女がいると言っていたら。どうするつもりでしたか」
「とりあえず彼女さんにチクります」
ガタゴト音がしたと思ったら、咳払いの後に落ち着き払った声が聞こえた。
「すみません。スマホを落としてしまいました」
「さっきのは冗談ですよ。そういう方が出来たときは言ってください、ガイドの契約はそこまでにしましょう。有休消化の続きはお二人で楽しめば良いんですから」
「……そう、ですか。分かりました」
思いのほか長くなってしまった電話を切って、私はお風呂に向かった。今日も暑いからシャワーだけで良いだろう。
「ファミレス、夏祭り、その次は……」
ブツブツ呟きながら今後の計画を考える。さすがに二十五日間すべてを一緒にとはいかないから、何かしら篠塚さんが自分で楽しめることを提案するのも必要だろう。いうなれば宿題だ。一人で夢中になって時間を溶かせるような何かを考えなければ。
「食べることが好きなら、料理……はするって言ってたし。お菓子作りとか? 他に目新しい趣味が……ぶぶっ」
シャワーから出たのは水だった。ガスを点け忘れていたらしい。
夏祭り当日、篠塚さんは本当にTシャツ一枚とサンダルで現れた。
「素直ですね」
「ガイドの指示には従います」
ただの勢いだったのに。とは今更言えない。
それにTシャツと言っても、目立ちすぎない和柄がデザインされたお洒落な服だった。たぶん良い生地のブランドもの。全体的に黒い下地で裾の方にだけ青い桜が散り、背中は潔く無地だった。刺青みたいな鯉でも泳いでいるより、私はこういうシンプルな方が好きだ。サンダルだってビーチサンダルやつっかけみたいなモノじゃなくて、足の甲や足首に押さえが付いた、ちゃんとお出かけ用っぽい形。
会場に向かって歩きながら、つい揶揄うように言ってしまった。
「ちゃんとラフな格好、出来るじゃないですか」
「出来ないとは言ってません。スーツは仕事着ですから」
「そうじゃなくて、ガイドなんか必要ないのにってことです。この後は一人で何とでも出来るんじゃないですか?」
「それは困りますねぇ」
御囃子の音が近づいてくる。周囲に家族連れやカップルが増えてきた。
「きっかけや目的は必要なものです。舞踏会という目的も無いのに、シンデレラはドレスアップしようと思ったでしょうか」
「……確かに」
私のお客さんたちだって、写真に写るからお洒落をするのだ。近所を散歩するためにバッチリメイクする人なんていやしない。
「ということで、やっぱり魔女の力はお借りしたい」
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