25cmのシンデレラ

野守

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第21話 迷惑

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 この日、篠塚さんは珍しく遅れてやって来た。

「すみません、遅くなりました!」

両膝に手をついて粗い呼吸を整えている。走ってきたらしい。

「大丈夫ですよ。そんなにキッチリしたイベントでも無いんですし」
「そう、です、けど」
「ほら、今から来る人もいっぱいいるじゃないですか」

ここはアーケード商店街。例の夏祭りをやった会場だ。
 汗で張り付くTシャツをパタパタと引っ張りながら、篠塚さんが周囲を見て驚きの声を上げる。

「思ったより人が多い。もっとささやかな地域イベントかと」
「最初はご近所数軒だけだったはずなんですけどねぇ。いつの間にか増えちゃって」





 話は少しさかのぼって数日前、今日のイベントに誘ったときのことである。

「篠塚さん、花火大会があるんですけど」
「行きます」

今回も即答だった。予想通りすぎる。

「九月に花火大会があるとは。河原かプールでの開催ですか? 今度こそ浴衣を用意しましょうか」
「いえ、場所はこの前の商店街です」
「花火大会なんですよね?」
「正確には手持ち花火消費大会です」

夏が終わったこの時期、子供や孫のいる家庭では、夏休みに消費しきれなかった花火の残りが発見されるものである。来年まで取っておくこともできるが、来年になれば子供も親も去年の存在など忘れ、新しいものを買ってしまったりする。そしてまた消費しきれない余りが出るのだ。

「だったら今年のうちに皆で使い切ってしまおう! という趣旨らしくて。元々は商店街のお店の家庭数軒だけだったんですけど、子供が友達を呼んだり親戚が集まったり、噂を聞いて便乗した学生が顔出したり、近所の家庭も参加し出したりして。今じゃ毎年恒例の地域イベントになっちゃって」
「それは面白い取り組みですね」

実際、評判は良いらしい。今の時代は花火ができる場所も少ないし、家の前なんかで適当にやると騒音トラブルになることもある。それなら場所と日時を決めて一気にやってしまう方が平和なのだろう。

「あと、篠塚さん。最近あの商店街に通ってるそうですね」
「あー……はい。そうです」

こんな花火大会に誘う羽目になったのも、買い物ついでに寄った総菜屋のご主人が余計なことを言い出したからだった。

「今年もアレがあるんだ。この前の兄ちゃんにも声かけてやってくれよ」
「何で」
「イベント好きそうな顔してたじゃねぇか。あのあと何回か買いに来てくれたんだぜ、コロッケとメンチ気に入ったとか言って」
「初耳なんですけど⁉」

そういえば篠塚さんはどこに住んでいるのだろう。少なくともこの周辺ではないはずだし、わざわざ車でも飛ばして買いに来ているのだろうか。商店街のお惣菜だけを目的に。

「……ある種のブルジョワ?」
「たこ焼きも買い食いしてたって聞いたぞ」
「満喫してるし!」
「古書店の爺さんも来たって言ってたぞ。年代物の本を引っ張り出して感動してたって」

もうガイドはいらないんじゃなかろうか。

「あの兄ちゃん、何となく目立つからな。立ち読みする姿につられて、店に縁の無かった女子高生なんかが入って来るようになったんだとよ。で、女子高生が入ったことで他の客も増えたんだと」

私の知らないうちに商店街の面々にも存在が知られているらしい。そして気に入られている。

「俺たち連絡先知らないからさ、梨代ちゃん声かけてみてくれよ。彼氏だろ?」
「違うっての!」
「まだその前段階なのか」
「だーかーらぁー」

背後から出てきた奥さんが、禿げ頭をぺしっと引っぱたいた。

「お客さんをからかって遊ぶんじゃない」
「……悪かったよ」

おまけにポテトサラダが追加されていた。
 正直あんまり呼びたくなかったのだが、商店街ぐるみの依頼をされた流れでは仕方がない。私のせいで連絡が行かなかったと責められても困るのだ。そして誘いの電話に至る。

「すみません。勝手に行きました」
「いや別に、買い物に行くのは自由なんですけど。もうガイドは必要ないんじゃ」
「必要です!」

食い気味に言われた。

「えっと、その、もっと新しい場所を開拓したいんです。ぜひ今後もお願いします」
「私もそんなに手札多くないですよ」
「なら……」

途中で言葉が途切れたと思ったら、急に冷静な声が言った。

「もしかして、何かご迷惑がかかっているでしょうか」

目の端で宝石箱みたいなクッキー缶がきらりと光った。艶のある紫色の表面が照明を反射し、怪しく存在感を主張している。

「いいえ。迷惑なことはありません」

あれ以来、正輝さんから接触してくる様子は無い。諦めたならそれで良いのだ。わざわざ篠塚さんに伝えることでも無いだろう。

「本当に? 何かあるなら、ちゃんと言ってください」
「本当です。私のネタ切れが心配なだけですよ」
「なら引き続き、お願いしたいのですが」

見えるぞ。顔を合わせてもいないのに、遊んで欲しそうな大型犬の瞳が見える気がする。

「分かりました。篠塚さんが必要というなら」
「ありがとうございます! 花火大会、楽しみにしています」

電話を切って、美しい宝石箱はゴミ箱に放り込んだ。電話番号とアカウントが書かれたメモは破って捨てた。
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