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第25話 指名
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前のお客さんが脱いだ着物を畳んでいたら、コンテナを抱えた北内さんが廊下から顔を出した。
「坂本さん、カウンターでお客様がお待ちです。これ置いたら私が着物を片付けますので……あっ」
もともとズレていた魔女の帽子が、ドア枠の上部に引っかかって床に落ちる。北内さんは黒いワンピースにとんがり帽子のスタイルだから大変だ。早々に我慢できなくなった私は館長に直談判して、大きなフードのついたローブ型に変更してもらっていた。暑いけど邪魔なよりマシ。
「もう、一日に何度も何度も」
「お客様? 私、今日の受け持ちまだあったっけ」
「予約した方じゃなくて、予約をしに来たんだそうです。坂本さんご指名で」
「ふうん。ありがとう」
私はカメラマンじゃないのだし、指名されてもあんまり意味がない。そもそも指名される機会も稀である。子供が気に入ったからと言ってくれる親御さんがたまにいるくらいだろうか。
「お待たせいたしました」
エントランスに行ったら、丸テーブルに肘をついた正輝さんが待っていた。私を見てへらっとした笑顔で手を振ってくる。
「どうもー。来ちゃった」
「どうも。じゃあ通報しますね」
「行動が迅速すぎるよ! 待って待って、今日はちゃんとお客さんなんだ。撮影の予約しに来たの」
さすが商業家系と言うべきか、客相手には強く出られない労働者の立場を的確におさえてくる。真面目に働けば活躍できそうなのに。
私は撮影コースの一覧が載った資料を開いて、営業スマイルは作らずテーブルの向かいに座った。
「ご来店ありがとうございます。まずはご希望をお伺いいたします」
「素晴らしいほどの棒読み! こんなの聞く機会なんて逆にレアだよ。やっぱり坂本さん面白いなぁ」
「ご予定は館内撮影でしょうか。出張撮影でしょうか」
「あっはっは、完全無視!」
無下にされているのにテーブルを叩いて爆笑している。そういう趣味の人だろうか。
ひとしきり笑った正輝さんは、突然顔を上げて目を合わせてきた。
「俺、そんなに嫌われることした? この前押しかけたのは悪かったけどさ、具体的には何もしてないよね。それともタツ兄から悪い噂でも聞かされてんの?」
「給料のぶん働かない人って嫌いなんで」
「ゲーセンでのこと言ってる? でもさ、あの瞬間しか見て無いじゃん。俺だって普段は真面目に働いてるかもよ」
「世の中の人が皆やってることですね。マイナスからゼロには昇格です」
視線を遮るようにパンフレットを掲げて見せた。
「どんなプランをご希望ですか、お客様」
「……見合い写真が必要でさ。ついでに証明写真も」
「かしこまりました。では必要な枚数と、ご希望の日時を」
駅前の証明写真機で撮ってくれば? と言いたいのをギリギリ我慢した。変な客の相手をするのも給料の内だ。
「メイド服キャンペーン終わっちゃったんだ。今はハロウィン仕様なの? 十月に入ったしねぇ」
「なんでメイド服のこと知ってるんですか」
「ホームページに載ってた」
なら仕方ないか。どっちにしろ男性の支度は男性スタッフが対応するのだし、私が何を着ていようが仕上がりに違いも出ない。
予約可能な日をタブレットのカレンダーで見せたら、正輝さんは考えもせずに最短の枠を指差した。
「じゃ、見合い写真はその日で。証明写真は次の週にしよっかな」
「わざわざ別の日にするんですか? もちろん可能ですけど、何度も来るのは面倒じゃないですか」
「いいの、いいの。分けた方が梨代さんに会いに来ていい日が増えるっしょ」
私は溜息をついてタブレットを置いた。そろそろキレてもいいだろうか。
「従業員への不必要・不適切な行為を繰り返した場合、お客様であってもお帰りいただくのが当館の方針です。自主的にお引き取りいただけない場合は通報いたします」
「ええ? 不適切って言ってもさぁ」
そこで正輝さんが黙ったのは、カウンターの中から加奈さんが睨みを効かせているのに気づいたからだろう。
「分かったよ。んじゃ予約はそれで」
「承りました」
正輝さんは帰り支度を始めながら口笛を吹いていた。耳障りな高音だ。
「あの、そもそも私に近づく目的は何なんですか。篠塚さんへの対抗か何かですか」
「一目惚れっていうのは信じないんだ」
「信じると思ったんですか」
冷たく返されてもケラケラ笑っている。
「梨代さんに興味があるのは本当だよ。でもって、そうだなぁ。タツ兄に対しても思ってることはあるね」
レザー素材のジャケットを着終えて、出口のドアに手をかける。やけに綺麗な手首までが袖から覗いた。
「こんな人を中途半端な関係で放置しちゃってて良いのかなぁ、とかさ」
最後まで適当なことを言い捨てて問題児は去って行った。不愉快そうな表情の加奈さんがカウンターから出てきて、タブレットに入力された正輝さんの個人情報を確認する。
「要注意リストに入れときましょう。今度から指名されても出なくて良いからね」
「すみません。知り合いの親戚らしいんですけど、身内の中でも問題児とされてるみたいで」
「アレじゃあねぇ。塩まいておこうかしら、ちょうど法事の時にもらった残りがあるから」
「あはは。人間相手でも効果ありますかね」
冗談だと思ったのに閉館後、加奈さんは本当に塩をまいて館長を困惑させていた。色々とすみません。
「坂本さん、カウンターでお客様がお待ちです。これ置いたら私が着物を片付けますので……あっ」
もともとズレていた魔女の帽子が、ドア枠の上部に引っかかって床に落ちる。北内さんは黒いワンピースにとんがり帽子のスタイルだから大変だ。早々に我慢できなくなった私は館長に直談判して、大きなフードのついたローブ型に変更してもらっていた。暑いけど邪魔なよりマシ。
「もう、一日に何度も何度も」
「お客様? 私、今日の受け持ちまだあったっけ」
「予約した方じゃなくて、予約をしに来たんだそうです。坂本さんご指名で」
「ふうん。ありがとう」
私はカメラマンじゃないのだし、指名されてもあんまり意味がない。そもそも指名される機会も稀である。子供が気に入ったからと言ってくれる親御さんがたまにいるくらいだろうか。
「お待たせいたしました」
エントランスに行ったら、丸テーブルに肘をついた正輝さんが待っていた。私を見てへらっとした笑顔で手を振ってくる。
「どうもー。来ちゃった」
「どうも。じゃあ通報しますね」
「行動が迅速すぎるよ! 待って待って、今日はちゃんとお客さんなんだ。撮影の予約しに来たの」
さすが商業家系と言うべきか、客相手には強く出られない労働者の立場を的確におさえてくる。真面目に働けば活躍できそうなのに。
私は撮影コースの一覧が載った資料を開いて、営業スマイルは作らずテーブルの向かいに座った。
「ご来店ありがとうございます。まずはご希望をお伺いいたします」
「素晴らしいほどの棒読み! こんなの聞く機会なんて逆にレアだよ。やっぱり坂本さん面白いなぁ」
「ご予定は館内撮影でしょうか。出張撮影でしょうか」
「あっはっは、完全無視!」
無下にされているのにテーブルを叩いて爆笑している。そういう趣味の人だろうか。
ひとしきり笑った正輝さんは、突然顔を上げて目を合わせてきた。
「俺、そんなに嫌われることした? この前押しかけたのは悪かったけどさ、具体的には何もしてないよね。それともタツ兄から悪い噂でも聞かされてんの?」
「給料のぶん働かない人って嫌いなんで」
「ゲーセンでのこと言ってる? でもさ、あの瞬間しか見て無いじゃん。俺だって普段は真面目に働いてるかもよ」
「世の中の人が皆やってることですね。マイナスからゼロには昇格です」
視線を遮るようにパンフレットを掲げて見せた。
「どんなプランをご希望ですか、お客様」
「……見合い写真が必要でさ。ついでに証明写真も」
「かしこまりました。では必要な枚数と、ご希望の日時を」
駅前の証明写真機で撮ってくれば? と言いたいのをギリギリ我慢した。変な客の相手をするのも給料の内だ。
「メイド服キャンペーン終わっちゃったんだ。今はハロウィン仕様なの? 十月に入ったしねぇ」
「なんでメイド服のこと知ってるんですか」
「ホームページに載ってた」
なら仕方ないか。どっちにしろ男性の支度は男性スタッフが対応するのだし、私が何を着ていようが仕上がりに違いも出ない。
予約可能な日をタブレットのカレンダーで見せたら、正輝さんは考えもせずに最短の枠を指差した。
「じゃ、見合い写真はその日で。証明写真は次の週にしよっかな」
「わざわざ別の日にするんですか? もちろん可能ですけど、何度も来るのは面倒じゃないですか」
「いいの、いいの。分けた方が梨代さんに会いに来ていい日が増えるっしょ」
私は溜息をついてタブレットを置いた。そろそろキレてもいいだろうか。
「従業員への不必要・不適切な行為を繰り返した場合、お客様であってもお帰りいただくのが当館の方針です。自主的にお引き取りいただけない場合は通報いたします」
「ええ? 不適切って言ってもさぁ」
そこで正輝さんが黙ったのは、カウンターの中から加奈さんが睨みを効かせているのに気づいたからだろう。
「分かったよ。んじゃ予約はそれで」
「承りました」
正輝さんは帰り支度を始めながら口笛を吹いていた。耳障りな高音だ。
「あの、そもそも私に近づく目的は何なんですか。篠塚さんへの対抗か何かですか」
「一目惚れっていうのは信じないんだ」
「信じると思ったんですか」
冷たく返されてもケラケラ笑っている。
「梨代さんに興味があるのは本当だよ。でもって、そうだなぁ。タツ兄に対しても思ってることはあるね」
レザー素材のジャケットを着終えて、出口のドアに手をかける。やけに綺麗な手首までが袖から覗いた。
「こんな人を中途半端な関係で放置しちゃってて良いのかなぁ、とかさ」
最後まで適当なことを言い捨てて問題児は去って行った。不愉快そうな表情の加奈さんがカウンターから出てきて、タブレットに入力された正輝さんの個人情報を確認する。
「要注意リストに入れときましょう。今度から指名されても出なくて良いからね」
「すみません。知り合いの親戚らしいんですけど、身内の中でも問題児とされてるみたいで」
「アレじゃあねぇ。塩まいておこうかしら、ちょうど法事の時にもらった残りがあるから」
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