25cmのシンデレラ

野守

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第27話 ビニールの靴

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「いーやーあー」

二歳児が泣き叫んでいる。本当にボロボロ涙をこぼしながら、黄色いドレスの裾を握りしめて叫んでいる。

「ほら、もうお着がえの時間よ。帰って美味しいご飯食べましょ」
「やー!」
「着替えないならママ帰っちゃうぞぉ。お迎えに来てあげないぞぉ」
「やーの!」

さっきから説得を試みているのは、二歳児のお婆さんとママさん。一緒に記念撮影を終えた女性三人組の攻防である。
 二歳の女の子は支度の時間も撮影中も、機嫌よくニコニコしている良い子だった。それが最後にドレスを脱ぐ段階になって豹変。おめかしが大層気に入ってしまったらしく、このままレンタルのドレスを着て帰るのだと強情に訴えはじめた。準備の時に「お姫様みたーい」なんて褒めすぎた私のせいだろうか。

「もうママ行っちゃうぞー。ごー、よーん、さーん、にーい」
「わぁーん!」

去ろうとする足に抱き着いてきたところをママさんが捕獲、お婆さんが背中のチャックを下ろし、私と二人がかりで強制的に脱がせてゆく。なんとか成功した。

「どーれーすー」

まだ諦めきれないシンデレラは、片付けられるドレスに手を伸ばそうと必死である。

「くーつー」

ドレスを持って行かれたシンデレラは、せめてガラスの靴だけでも死守しようと目的を切り替えたらしい。もちろん本物のガラス製ではない。それっぽいデザインに仕立てた、ビニールとプラスチック製のパンプスである。

「あのね、魔女さんの魔法は必ず解けるの。魔法が解けるから、王子様が頑張って探しに来てくれるんだよ」
「おーじ」
「そう。王子様は本当のシンデレラを見つけなきゃいけないからね。ガラスの靴は置いて行かなきゃ」

目を合わせて言った意味はどれだけ伝わっただろうか。……たぶん一割も理解してないだろうな。

「すみません、お手数おかけして」
「いえいえ」

すまなそうに元の服を着せるママさんは、私が以前メイド服姿を見られた女性である。希望を聞けば「女三世代で写真を撮ってみたい」という話だった。素敵だと思う。そして何より良いと思ったのが、全員でドレスを着たことだった。もちろんお婆さんもだ。

「ドレスなんて何十年ぶりに着たわぁ」

ちょっと恥ずかしそうに笑っているけれど、彼女のドレス姿は本当に美しかった。たぶん年齢は還暦前後だろう。おっとりとして上品な雰囲気に深い青色のロングドレスがよく似合い、穏やかな顔のしわまでもがフリルやドレープと同じようにおもむき深く、洗練された優美なデザインの一部に見えた。既製品のレンタルドレスが、まるで彼女のために仕立てられたみたいだ。

「お母さん、来年も撮らない? 七五三があるし」
「次は着物でも着ようかしらねぇ」
「じゃあお父さんも引っ張ってこなきゃ。紋付袴でも着せてみる?」

テキパキと二歳児に服を着せながら話す娘さんは、光沢のある緑色のドレスを見事に着こなしていた。普段からドレスアップに慣れているのかと思うほど。そして何より、美人の娘は美人である。

「あ、お借りした靴はどうすれば?」
「そのまま置いておいて頂ければ大丈夫ですよ。後ほど片付けますので」
「ありがとうございます。娘も楽しかったようで……楽しすぎたようで……」

そして視線は私の服装へ向かう。

「……大変そうですね、魔女さん」
「そのぶん皆様が楽しんでくれますので、何よりですよ。お子さん方も笑ってくれやすくなりますから」

淀みなく答えるセリフも慣れたものだ。顔が引きつっていなければ良いのだが。

「が、頑張ってください。とても面白い取り組みだと思いますので」
「ありがとうございます」

きっと私、来年も魔女の格好して駆けずり回っているんだろうな。好評の弊害で。





 そんな忙しい一日がどんどん積み重なり、そういえば忘れていたXデーがやって来た。正輝さんの来襲である。

「やっほー、梨代さん。撮ってもらいに来たよ」
「いらっしゃいませ」

最初の挨拶だけは責任もって私が対応し、後のことは山東君に任せる段取りになっていた。そもそも告白した相手に見合い写真を頼む神経は理解に苦しむ。

「ではお支度の部屋にご案内を。私は他のお客様のお手伝いがございますので、続きはこちらの山東が担当させていただきます」

それだけ言って私は引っ込んだ。何か言われてしまったら従業員として無視はできず、わずかでも返答しなければいけないので、何も言われないうちに逃げるが勝ち。周到な加奈さんの作戦である。
 正輝さんがいる間は奥の作業をすることにし、クリーニングに出す服の整理やら備品のチェックやら部屋の片づけやら、それから私の本業であるメイク道具の補充も行った。あとは靴磨き。無心で手を動かすのって結構好きだ。
 接客に追われる普段はこんなに集中して裏の仕事ができないので、こういう時間がもらえたことだけは嬉しく感じてしまう。絶対に正輝さんへ感謝はしたくないが。


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