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第29話 玉の輿
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北内さんは自分の持ち場に追い返した。でも周囲が静かになると、かえって言われた言葉が頭の中で反響してしまう。御礼とはいえ頂いてしまった以上、一度くらいは使っているところを見せるのが礼儀だっただろうか。
考えてみれば私は篠塚さんにロクな姿を見せていないのだ。なぜかTシャツにサンダル姿でさえ絵になる人の隣で、本当に普段着スタイルにしかならない庶民が歩いている現状の図。向こうから私はどう見えているのだろう。
……次に会うときは少しくらいドレスアップしてみる? ちゃんとした場所を用意して、私だって本気になれば、このくらいの華は出せるんだってアピールを……。
「いやいやいや」
謎の否定が口から飛び出した。それから意味も無く自分の頬をぺしんと叩く。
さっきのは確実に気の迷いだ。ちゃんとした姿も場所も必要ない。だって私は庶民の気楽な休日をガイドするために雇われたのであって、篠塚さん側に合わせてしまっては意味がないのだから。
「坂本さん、アレ帰りましたよ。というか帰しました」
山東君が顔だけ覗かせて小声で言った。
「アレってねぇ。一応はお客さんだから」
「塩まかれるような人なのに」
「言葉だけは気を付けなさい。内心では何思ってても良いけど」
どこで誰が聞いているかも分からないから、想像すべし深読みすべし。そこは大企業の教えを見習っておこうと思う。
「お疲れ様。相手するの大変だった?」
「うーん。ずっと雰囲気がチャラいなとは思いましたけど、撮影中は別にワガママ言いませんでしたよ。あっちの部屋でデータ見てみます?」
何パターンか撮影された見合い写真は、モデルか俳優みたいな美しい男性が椅子に座り、凛々しく締まった表情を浮かべて写っていた。カメラマンの腕はもちろんだが、被写体の良さは明白である。
「誰これ」
「やっぱ言いたくなりますよねぇ。この顔の中身がアレってのが腹立つんですよ!」
「アレって言わないの」
「……うっす」
普段からこの顔で真面目に働けば良いのに。こんな営業さんでもいたら、売り上げも伸びそうだと思う。
そして前にも思ったのだが、正輝さんは手が綺麗なのだ。膝の上で優雅に重ねた手が目を引いて、線の細い女性の指とはまた違う、男性的な骨格と造形美が白い肌を際立たせている。
「まあ正直、同性だったら腹立つかもね。不公平感というか」
「ですよね!」
山東君が鼻息荒くこぶしを握った。
「次はアレの証明写真だそうです。終わった途端に口笛吹きながら帰って行きましたよ、『また来るねー』とか言いながら!」
「アレって言わない」
「……へい」
この見合い写真の顔部分だけ切り取ってしまえば良いのに。注文してくれたら加工も承っているし。
ついでに頭をよぎったのが……こういう表情をすると、少しだけ篠塚さんに似ている。兄弟でもないし顔全体がソックリという話ではなく、目や口といったパーツの片隅に何となく面影が重なるというか、同じ雰囲気や空気感みたいなものを纏っている気がするのだ。篠塚さんも写真に収まったら素敵だろうな。きっと画になる。
「あ、そうそう。中年のおじさんがウロついてるって前に言ったじゃないですか」
「完全に忘れてた」
「アレ……ごっほん、篠塚様の運転手だったっぽいです」
「へえー。え、余計に謎なんだけど」
運転手が坊ちゃんの行き先を下見していたのだろうか。いや、逆だ。時系列でいえば正輝さんが出待ちしていた日が先なのだから、坊ちゃんの行動履歴を辿って来たことになる。問題児の行動を監視するお目付け役?
「私も見ました。ピカピカの黒いワゴン車ですよね」
「……ん?」
背後で北内さんが写真のデータを覗き込んでいた。
「わぁっ」
「ひっ」
私と山東君が同時に奇声を発し、当の北内さんが逆に驚いた様子で後ずさった。狭い部屋で三人それぞれ別面の壁に貼り付いている状況だ。
「いつからいたの!」
「だいぶ前からです」
神出鬼没な小動物はちょっと怖い。無邪気で無自覚なのが余計に。
気を取り直した北内さんが画面をチラッと見て、若干迷ってから口を開いた。
「もしやとは思ってたんですけど、この人って篠塚財閥の関係者だったりします?」
「ご明察」
「うえぇ、マジっすか!」
驚きというよりショックを受けた顔の山東君に対し、北内さんは納得した様子で苦笑いしながら頷いていた。
「やっぱり。『篠塚さん』は普通にいる苗字ですけど、隠す様子もない裕福感が何となく……まさか御曹司じゃないですよね?」
「親戚の中の一人みたい」
「良かった! アレが巨大企業を背負って立つ日が来たら、日本の経済が大打撃ですよ」
わずかに立ち直った山東君が声を上げて笑う。
「むしろアレが資本主義の申し子なのかなぁ。ザ・富裕層」
私は強制的に画面を消して、二人分の首根っこを掴んで回れ右させた。庶民は地道に働く時間だ。
「あなたたち。アレって言うんじゃありません」
元気のない返事が二人分聞こえた気がした。なのにドアを出る直前、山東君が無理な角度で首を回して私を見てくる。
「でもアレ、いや篠塚様、坂本さんに興味あるみたいじゃないですか? 上手くすれば玉の輿かも」
ついでに北内さんまで無理矢理こちらを見ようとする。
「私だったらアレ、いや、あのタイプは無理ですけどね。坂本さん的には乗りたいですか? 玉の輿。もしその気があるなら全面的に協力します」
「却下」
若い二人を部屋から追い出してドアを閉めた。……あ、そういえば私だってこの部屋に用事も仕事も無いんだっけ。何やってるんだろう。
考えてみれば私は篠塚さんにロクな姿を見せていないのだ。なぜかTシャツにサンダル姿でさえ絵になる人の隣で、本当に普段着スタイルにしかならない庶民が歩いている現状の図。向こうから私はどう見えているのだろう。
……次に会うときは少しくらいドレスアップしてみる? ちゃんとした場所を用意して、私だって本気になれば、このくらいの華は出せるんだってアピールを……。
「いやいやいや」
謎の否定が口から飛び出した。それから意味も無く自分の頬をぺしんと叩く。
さっきのは確実に気の迷いだ。ちゃんとした姿も場所も必要ない。だって私は庶民の気楽な休日をガイドするために雇われたのであって、篠塚さん側に合わせてしまっては意味がないのだから。
「坂本さん、アレ帰りましたよ。というか帰しました」
山東君が顔だけ覗かせて小声で言った。
「アレってねぇ。一応はお客さんだから」
「塩まかれるような人なのに」
「言葉だけは気を付けなさい。内心では何思ってても良いけど」
どこで誰が聞いているかも分からないから、想像すべし深読みすべし。そこは大企業の教えを見習っておこうと思う。
「お疲れ様。相手するの大変だった?」
「うーん。ずっと雰囲気がチャラいなとは思いましたけど、撮影中は別にワガママ言いませんでしたよ。あっちの部屋でデータ見てみます?」
何パターンか撮影された見合い写真は、モデルか俳優みたいな美しい男性が椅子に座り、凛々しく締まった表情を浮かべて写っていた。カメラマンの腕はもちろんだが、被写体の良さは明白である。
「誰これ」
「やっぱ言いたくなりますよねぇ。この顔の中身がアレってのが腹立つんですよ!」
「アレって言わないの」
「……うっす」
普段からこの顔で真面目に働けば良いのに。こんな営業さんでもいたら、売り上げも伸びそうだと思う。
そして前にも思ったのだが、正輝さんは手が綺麗なのだ。膝の上で優雅に重ねた手が目を引いて、線の細い女性の指とはまた違う、男性的な骨格と造形美が白い肌を際立たせている。
「まあ正直、同性だったら腹立つかもね。不公平感というか」
「ですよね!」
山東君が鼻息荒くこぶしを握った。
「次はアレの証明写真だそうです。終わった途端に口笛吹きながら帰って行きましたよ、『また来るねー』とか言いながら!」
「アレって言わない」
「……へい」
この見合い写真の顔部分だけ切り取ってしまえば良いのに。注文してくれたら加工も承っているし。
ついでに頭をよぎったのが……こういう表情をすると、少しだけ篠塚さんに似ている。兄弟でもないし顔全体がソックリという話ではなく、目や口といったパーツの片隅に何となく面影が重なるというか、同じ雰囲気や空気感みたいなものを纏っている気がするのだ。篠塚さんも写真に収まったら素敵だろうな。きっと画になる。
「あ、そうそう。中年のおじさんがウロついてるって前に言ったじゃないですか」
「完全に忘れてた」
「アレ……ごっほん、篠塚様の運転手だったっぽいです」
「へえー。え、余計に謎なんだけど」
運転手が坊ちゃんの行き先を下見していたのだろうか。いや、逆だ。時系列でいえば正輝さんが出待ちしていた日が先なのだから、坊ちゃんの行動履歴を辿って来たことになる。問題児の行動を監視するお目付け役?
「私も見ました。ピカピカの黒いワゴン車ですよね」
「……ん?」
背後で北内さんが写真のデータを覗き込んでいた。
「わぁっ」
「ひっ」
私と山東君が同時に奇声を発し、当の北内さんが逆に驚いた様子で後ずさった。狭い部屋で三人それぞれ別面の壁に貼り付いている状況だ。
「いつからいたの!」
「だいぶ前からです」
神出鬼没な小動物はちょっと怖い。無邪気で無自覚なのが余計に。
気を取り直した北内さんが画面をチラッと見て、若干迷ってから口を開いた。
「もしやとは思ってたんですけど、この人って篠塚財閥の関係者だったりします?」
「ご明察」
「うえぇ、マジっすか!」
驚きというよりショックを受けた顔の山東君に対し、北内さんは納得した様子で苦笑いしながら頷いていた。
「やっぱり。『篠塚さん』は普通にいる苗字ですけど、隠す様子もない裕福感が何となく……まさか御曹司じゃないですよね?」
「親戚の中の一人みたい」
「良かった! アレが巨大企業を背負って立つ日が来たら、日本の経済が大打撃ですよ」
わずかに立ち直った山東君が声を上げて笑う。
「むしろアレが資本主義の申し子なのかなぁ。ザ・富裕層」
私は強制的に画面を消して、二人分の首根っこを掴んで回れ右させた。庶民は地道に働く時間だ。
「あなたたち。アレって言うんじゃありません」
元気のない返事が二人分聞こえた気がした。なのにドアを出る直前、山東君が無理な角度で首を回して私を見てくる。
「でもアレ、いや篠塚様、坂本さんに興味あるみたいじゃないですか? 上手くすれば玉の輿かも」
ついでに北内さんまで無理矢理こちらを見ようとする。
「私だったらアレ、いや、あのタイプは無理ですけどね。坂本さん的には乗りたいですか? 玉の輿。もしその気があるなら全面的に協力します」
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