サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ

文字の大きさ
55 / 273
第2章 一年二学期

第54話 サトシ先生の元カノ

しおりを挟む
 桜井のアパート前に、青い車が止まった。
約束の11時に、桜井はサングラスにマスクをして、アパート前で待っていた。

「サトシ先生、おはようございます」

「ああ、おはよう……って、誰かと思ったよ、桜井。なんだ、その格好は。花粉症か」

「えへっ、先生の車に乗るところを誰かにみられるとヤバいかなと思って、変装してみちゃった」

「かえって、目立つからよしなさい」

「はーい」

桜井はムッとしながら助手席に座り、サングラスとメガネを外した。

「アキラくんは大丈夫なのか」

「友達の家に遊びに行ってます。友達の家でちょうどお誕生会があるんですって」

「お母様には、ちゃんと言ったのか」

「はい、サトシ先生と一緒に工藤先生の家に行くって言いました」

「で、お母さまは何と」

「失礼のないようにしなさいよ。でも楽しんでらっしゃいって」

「そうか、正直でよろしい」



 青い車は東京都と神奈川県の境目を目指して走っていた。

「先生、この青い車って、お姉さまのでしょ。わざわざ実家まで取りに行ったんですか?」

「ああ、そうだが」

「お姉さまって、いい人ですね」

「そう……かな」

「お姉さまは、ご結婚なさらないんですか?」

「さあ、気配はないけど」

「お姉さまがご結婚されたら、サトシ先生はショックで寝込むかもしれないですね」

「俺はシスコンではない」

「あれ? そうかなぁ」

ふと会話が途切れた。

(桜井から見ると、俺はシスコンなのか)



 サトシは話題を変えた。

「そういえば、昨日、実は塾へ営業に行って、若狭くんと会ったんだよ」

「げっ、何それ」

「桜井は、どうして若狭くんのことをそこまで嫌うんだ」

「だって。あいつ、根っからの演歌人間なんだもの」

「ん? ちょっと意味わからない」

「中学の時、わたし軽音楽部にいたんだけどぉー、ロックがめっちゃ好きなんです。若狭くんって、見た目カッコイイから、他の女の子からも人気があってね。わたしも最初は見た目でいいかなと思ったんですよ。だけど、みんなとカラオケ行ったときに、若狭くんが歌うのは演歌一択だっだんです」

「別にいいじゃないか。演歌でも」

「歌詞についてこの部分が渋いとか、この情念がぁーとか、熱く語っちゃってさ。わたしはドン引きよ。わたし小さい頃から、母のスナックでお客が演歌を歌う中で育ったから、トラウマなの。演歌が大っ嫌いなんです」

「そんな理由で、嫌われる若狭くんはかわいそうだ」

「そんな理由? 大問題です。音楽の方向性がちがう人とは、付き合えません」

「桜井はバンドマンかよ」

若狭は自分が嫌われている理由がわからないと言っていたが、こんな理由だと知ったらショックかもしれない。

「先生は?」

「何が」

「サトシ先生はどんな音楽を聴くんですか?」

「そりゃ、洋楽だよ。古くはビートルズからヒップホップまで幅広いな」

「うわぁ! じゃ、歌えます?」

「まあ、一応、英語科専攻なんで」

「歌ってーーー!」

「運転中は歌いません」

「じゃ、ダンスしたりします?」

「学生の頃に、ちょっとかじった程度だけど」

「くーーーーっ! サトシ先生、今度、是非ダンスを見せてください」

「百万年待っても、それは無いです」

「じゃあ、二百万年待ちます!」

「おいおい、生きていないだろ」

「転生してでも待ちます!」

「それは、恐ろしいな」





 工藤の自宅は、東京都と神奈川の県境にある戸建て住宅だった。

「おう、サトシ! やっと来てくれたな」

「遅くなって悪かった」

「あれ? 桜井か?」

サトシの後ろから桜井は顔を出し、笑顔で挨拶した。

「工藤先生。お子さんの誕生、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。サトシ、まさか桜井と付き合っているのか」

「違うよ。ベビー用品を選んでもらっただけだ。俺じゃわからなかったから」

向こうの部屋の方から、工藤の奥さんが出て来た。

「あなた、こんなところで立ち話してないで、お客様を中に入れて。あ、サトシ、久しぶり。さ、上がって、上がって」

「ああ、どうも」

工藤の家に入ると、広いリビングに通された。
リビングのソファーには生後二か月の赤ちゃんが寝かされていた。

「ちょうど今、寝たところなのよ」

「はじめまして、わたし、桜井美柑です。サトシ先生のクラスの生徒です」

「はじめまして、工藤の妻の加奈子です。そして、これが愛娘のユリです」

「うわーーーー、可愛い! 天使のような笑顔ですね。まつげが長―い」

「うふふ、ありがとう」

元カノと桜井の様子を見て、サトシはやっぱり桜井を連れて来てよかったと思った。
サトシだったら、元カノと会話にならないし、赤ちゃんの誉め言葉なんか思いつかない。
一応、サトシも赤ちゃんの寝顔を覗き込んでみた。

「寝ているね。どっちに似ているんだろ」

「そうねぇ、サトシはどっちだと思う?」

「え、えっと、この長い指なんか俺……」

「サトシ先生!」

思わず桜井はそこにあったクッションでサトシの口をふさいだ。

「す、すまない。加奈子……むぐっ……」

再びサトシの口はクッションで塞がれた。

「先生、ダメじゃないですか。言っていい冗談と悪い冗談があります。それに、奥さんを下の名前で呼ぶなんて失礼だわ」

「く、苦しい……、わ、かった。息が出来な……い」

工藤の奥さんは笑いながら、桜井を止めた。

「桜井さん? いいのよ。別に気にしてないわ」

「俺は気にしてるよ」

そう言った工藤は、かなりご立腹の様子だ。

「やだー、工藤先生。そんなこわい顔していたら、ユリちゃんが泣いちゃいますよ」

そんな大人のざわざわした声で、桜井の言った通りに赤ちゃんは泣き出した。

ホギャ、ホギャ、ホギャーーーー!!!!

「ほーら、言ったこっちゃない。奥さん、赤ちゃん抱っこしていいですか?」

「ええ、でも抱っこしたことあるの? 桜井さん、大丈夫?」

桜井は慣れた手つきで、赤ちゃんの首を支えながら胸まで抱き上げた。

「おー、いい子いい子ねー。泣かないでねー。どうちまちたかー。大人がうるさいんでちゅよねー。よしよし」

赤ちゃんはピタリと泣き止んで、桜井の顔をじっと見ている。

「すごいな桜井」

「だろ、工藤。桜井は弟が赤ちゃんの時からずっと育てているんだぞ」

「桜井さんって、まるで助産婦さんみたい」

驚く大人たちなど気にも留めずに、桜井は赤ちゃんを上手にあやしていた。

「工藤先生の奥さん、母乳で育てています? 胸が張ってきたら言ってくださいね。遠慮しないで授乳する部屋へ行っていいですよ。ここのお茶出しなんか、わたしやりますから」

「ええ、ありがとう桜井さん。ちょうど胸が張って来たところだったの」

「でしょう。赤ちゃんのお腹が空いて泣くとおっぱいが張るるんだって、お母さんがそう言ってた。そうじゃないかと思ったんです」


 工藤の奥さんと桜井は、リビングと襖一枚隔てた和室へと入って行った。
授乳は工藤先生にとっては日常的なシーンでも、サトシには刺激が強すぎる。
元カノのおっぱいを見るなんで、許されない。
工藤とサトシは、居心地の悪い空気の中、とりとめない学校の話をし始めた。

「教頭の、生徒指導に対する熱の入れようが凄くてさ」

「まあ、あれは今に始まったことじゃないから。適当に受け流すしか……」

すると、襖の向こうから女同士の会話が聞こえてきて、工藤は言葉に詰まった。


「うわーーーー、奥さん! おっぱいおっきい!」

「妊娠すると皆大きくなるのよ」

「ほえーーーー! 乳首グローい。わたしのお母さん、こんなにグロくなかったよー」

「だって、形も色も人それぞれだしー」


サトシは聞いてはいけない内容のような気がして、思わず咳払いをしてごまかした。
工藤も、天井を見ながら、次の会話を探していた。


「元気によく吸いついているねー。きゃわいん! 痛くない?」

「慣れれば平気よ」

「そっかー。母乳はあげた経験ないもの、わたし。母は強しだね。本当にきゃわきゃわ!」

「桜井さんも産みたくなった?」

「えー? でも出産は痛そうだから嫌だわ。それに、子供の世話なんか弟だけで、もうたくさん」

「そんなに子育てって、大変なの?」

「でも、自分がお腹を痛めて産んだ子なら、喜びの方が勝つかもね」

「そうよ。桜井さんも早く産んじゃえばいいのに」

「やだー! わたし、まだ高校生ですー。まだ妊娠もしちゃいけないんですよ」

「あら、そうだったわね。でも安心していいわよ。サトシは絶対に手を出さないから。サトシと付き合っているんでしょ」

「え?」

「わかるわよ。サトシってそういう人なの。たぶん、手の出し方を知らないんだと思うわ」

「それで、奥さんはサトシ先生と別れて工藤先生と結婚したんですか?」


リビングでは、工藤とサトシの間に非常に気まずい空気が流れていた。


「違うわ。主人を愛しているからよ。サトシは関係ない」

「うん、そっか。そうですよね。工藤先生は幸せ者ですね」


リビングにいる工藤は、顔を真っ赤にしていた。
サトシは、関係ないと言われたことで、過去のトラウマがスーッと消えた気がした。

(工藤先生の家に桜井を連れて来て、やっぱり正解だった)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...