サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ

文字の大きさ
112 / 273
第3章 一年三学期

第111話 横浜デート・推しに夢中

しおりを挟む
 横浜は桜が七分咲きだった。
その七分咲き桜の道路の横、コスモランドという小さな遊園地の前に立って、桜井は興奮していた。

「先生、ヤバいです。わたしの推しのアニメ・フェアが開催中です」

「ふーん、そうなのか」

サトシはアニメには関心が無い。
さもどうでもいいような返事をしたサトシに、桜井は熱意をもって力説してくる。

「先生は知らないかもしれないけれど、このアニメは日本で、いえ世界中で有名なんです。このアニメは海外でも超人気で、コスプレイヤーがいるほどなんだから。ああヤバいよ。ここにいたらわたしの限界オタクがばれてしまう」

「そっか、桜井がそんなに好きなのなら、入ろうか。ここは入場無料だし。あ、アトラクションはやめようね。俺は高所恐怖症だから」

「そんなのわかってるって。アトラクションよりグッズです! あああ、これ欲しい。ね、ね、このアニメキャラって、サトシ先生に似てない?」

「いや、こんなに俺はかっこよくないだろ。でも名前は似ているか……」

「顔も似ていますよ。超イケメン。ほら、周りの女の子がみんな先生を見てるじゃん。似てるんだよ、やっぱり。先生ダメですよ、他の子によそ見しちゃ」

桜井の言う通り、まわりの女の子がサトシを見てざわついていた。

「やばくね? アニメキャラにそっくりのイケメン見っけ」
「うおー、そっくり。何だ、彼女いるじゃん」
「チッ! 一緒に写真撮ろうと思ったのに」

女子に騒がれるのは、学校で慣れているサトシは「だから何」という顔でやりすごした。
それよりも、女子高生のキャラが桜井に似ていることの方が気になっていた。

「それを言うなら、この女の子、桜井に似てるな」

「あああー、その子、この先生の教え子ですよー」

「じゃ、俺たちと一緒じゃないか」

「どうしよう、グッズ欲しい、欲しい、欲しい」

「待て、待て、冷静になれ桜井。先に、エアキャビンに乗って赤レンガ倉庫へ行こう。そこでランチして、また戻って来れば、いくらでも……」

「先生、さすがですっ! エアキャビンっていうロープウェイに乗れば、中でアニメの声優さんの声が聞けるみたいです。それ、乗りましょう! 早くっ! 行こう」



サトシは桜井に引っ張られるようにして、コスモランドから赤レンガまでのロープウェイに乗った。
すると、桜井が言った通り、声優さんがアニメキャラの声で喋っているボイスが流れていた。

「あの、桜井?」

「黙って! 尊い声優さんの声が聞こえなくなる!」

「はい、すみません」

サトシは自分が高所恐怖症だということを忘れていた。
冷や汗が流れ、足の裏がぞくぞくして怖くてたまらない。
しかし、それを言うと桜井に怒られると思って、サトシはひたすら耐えていた。
エアキャビンに乗っている間じゅう、サトシはじっと黙っていた。



やっと、エアキャビンが対岸の運河パーク駅に着いて、赤レンガ倉庫まで歩く。
桜井はまだ夢見心地気分で、スキップしていた。

「大丈夫か、桜井」

(てか、それは俺か。ああ、怖かった)

「ああ、幸せすぎる。素敵だったわ、アニメキャラの声……イケボ」

「俺の授業も、それくらい夢中になって聞いてくれたらいいのになぁ」

「あ、ごめんなさい、先生。ひょっとして、アニメキャラに妬いてる?」

「バーカ、そんなにガキじゃないぞ、俺は。さてと、ランチは何にしようか」

赤レンガ倉庫にはさまざまなレストランがあって迷った。

「適当でいいかー」

「先生、わたしハワイで有名なこのお店がいい」

「ええ! 長蛇の列じゃないかー」

「どこの店だって並んでるって。悩んでいる暇あったら、さっさと並んだ方が早いから」

「桜井が選んだ店なら、俺もここでいいかなー」

「パンケーキが有名なんだよ。ここのパンケーキを食べてみたかったの」

「へえ、パンケーキが好きなんだ桜井」

「そうだよー。青柳先生とお茶したときもパンケーキを頼んじゃったんだよ」

サトシは、青柳先生と聞いて、胸がちくっとした。

「へー、そうなんだ。じゃ、ここやめよう」

「嫌だ、ここにしたい。ここのパンケーキ食べたい!」

サトシは桜井の顔をじっと見てから、何かに挑むように言った。

「わかった、わかった。じゃ、青柳先生と食べたパンケーキとここのパンケーキ。どっちが美味しいか、比べてみようじゃないか!」

「あれ、先生怒ってる?」

「別に」

「先生が嫌なら、いいんですよ。他でも」

「いいから、ほら、並んで、並んで」



やっと、店内に入る順番がやって来て、さっそくメニュー表からオーダーした。

「わたし、リコッタパンケーキ」

「じゃあ、俺はスクランブルエッグとトーストで」

「先生、ごめんね。ここ、めっちゃ高いね」

「だな。でも、美味しければ問題ない」


桜井にリコッタパンケーキが運ばれてきて、桜井は一口たべてにこやかに笑った。

「うううーーーん、おいひー!」

「美味しい? よかった。どっちがおいしい?」

「ん?」

「青柳先生と食べたパンケーキと」

「比べ物にならないくらい、こっちが美味しいです! 圧勝ですっ!」

「よっしゃー」

サトシは小さくガッツポーズをした。



赤レンガ倉庫では、お土産コーナーなどを一通り見てから、帰りのエアキャビンに乗った。
サトシにとって恐怖タイム、再びである。

「先生、ほら、あそこにベイブリッジが……」

「桜井、今、余裕ある?」

「へ? なんで」

「桜井の腕に捕まってもいいかな。高所恐怖症でつらい」

「あ! そういえばそうだったね。もう、最初から言ってくれればいいのに。忘れていたわたしも悪いけど」

「だって、桜井が楽しみにしていたから」

「そういえば、思い出した。先生、押入れの二段目から降りられなくなったことあったね」

「言うな」

サトシは、桜井の腕をぎゅっと掴んで、恥ずかしさと恐怖に耐えた。

「あらら、先生。密室でそんなに密着したら、わたしが先生を襲っちゃうよ」

「こら! 大人をからかうんじゃない! さっきみたいに、俺の事は無視して声優さんの声を聞いていればいいだろ」

「うーーん、聞いているよ。声優さんの声も、先生の震えている声も」

「別に、震えていないから」

「あ、っそ。じゃ、腕を振りほどこうかなぁ」

「だめ! お願いだから離さないでください」

「愛してるって言ってくれたら」

「……」

「え? 聞こえませーん」

「あいしてる」

「はい合格。わたしの腕をご自由にどうぞ」

「やった。好きにしていいんだ」

サトシはエアキャビンの中で、桜井をぎゅっと抱きしめた。

「え、マジで密着じゃん」

桜井は真っ赤になって、サトシにハグされていた。



エアキャビンから降りてコスモランドに戻ると、桜井はグッズに目移りして困っていた。
そんな桜井の行動を、サトシはさっき吹き出した冷や汗をハンカチで拭きながら、見守っていた。

(若さについていけない……。がんばれ俺)

「こらこら、桜井。あまり無駄使いするなよ。どれか一、二点にしなさい」

「そうだよね。キーホルダーにしようかなー。先生からもらった鍵につけるの」

「お、いいんじゃない?」

「先生もお揃いにしませんか?」

「え、俺はアニメはいいかな?」

「えー! なんでよ。おそろにしましょうよ。わたしがサトシ先生にそっくりのキャラにするから、先生はわたしに似ているっていうキャラにすれば?」

「なるほど、それは面白い」

「ね!」



二人でお揃いのキーホルダーを買って、大満足の桜井だった。

「ああ、楽しいねー。あれ? ほら、こんなに桜が咲いて綺麗だよ」

「それ、さっきから咲いてたよ。コスモランドに夢中で、ちっとも見ていないんだから」

「あははー。こりゃ、失敬、失敬」

パシャ!

サトシは桜の木を背景に桜井が笑った写真を撮った。

「あー、撮ったなー。次は二人で撮ろうよー」

「おお、白金祭のときの要領でやればいいんだな」

「覚えていてくれたんだ。嬉しい!」

「はいはい、ここに入って桜井」

サトシは胸の中に桜井を入れるような恰好で、桜をバックにツーショットを撮った。

「どう? 撮れた? 見せて」

「撮れたよ。綺麗だ」

「何が?」

「何って、桜……井が」

「……先生も」

ふと、サトシと桜井は目が合って、見つめ合った。
胸がドキドキしている。

ほんのちょっとだけ、時間が止まったような瞬間だった。

「じゃ、行くよ。ほら」

いきなりそう言ったかと思うと、サトシは先にどんどん歩いて行く。

「もう、先生、歩くの早いよぉ。ちょっと待ってくださいよ」

サトシは一瞬だけ、キスしそうになったのを誤魔化したくて、ずんずん歩いていた。

「チューされるかと思ったよぉー」

「そんなこと、大きな声で言うもんじゃない。いいから、歩け」

「歩けって、そんな……、自衛隊の特訓みたいな言い方しなくたって」

さすがに大勢の人がいる前でキスするなんて、31になったサトシは恥ずかしくて出来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...