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第4章 二年一学期
第128話 困惑の三者面談
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長谷川家の食卓で、桜井はと父と二人の弟で朝食を食べている。
家政婦が用意した朝食だったが、みそ汁だけは桜井が自分で作っていた。
「美柑ちゃんが作ったみそ汁は、美味しいね」
父である長谷川は、自分の娘に遠慮がちに話しかけた。
桜井が生まれてから、やっと父親と名乗った長谷川には負い目があった。
「どうもありがとう」
「美柑ちゃん、今日は学校で何があるんだっけ」
「三者面談です」
「学校で何を言われるのか、ドキドキだな。正直言って恐いなぁ」
「そうですね。来なくてもいいですよ」
「え」
「わたしも行かないから」
「ええっ!」
そこへ、母親が眠そうな顔をして起きて来た。
深夜まで働いて、毎朝三時に帰宅するので、いつもこんな感じで遅く起きて来る。
スナックの仕事を続けている限り、長谷川と結婚してこの家に引っ越しても、母の生活リズムは変わらなかった。
「あら、おはよ。美柑の三者面談は、お母さんが行くわ。あ、コーヒーちょうだい」
「来なくていいよ。三者面談」
「何言ってんの。新しい担任の先生と会いたいじゃない。行くわよ」
「お母さん、何目的? 長谷川さ……じゃなかったお父さん、いいの? お母さんが担任に会うのが楽しみで、三者面談に行くっていうの。動機が不純だわ」
「まさか、お母さんはそんな人じゃないよ。でも、わたしが行ってもいいんだけど」
母親は、そこはぴしゃりと断った。
「あなたは仕事に行ってください。わたしが学校にいきます。美柑の学校での様子を聞いて来なくちゃね」
「はい、わかりました」
長谷川はおとなしく妻に従った。
実は、桜井は三者面談が恐くて仕方なかった。
(お母さん、変な事言わないといいけど……。不安でしかないわ)
教室で青柳先生は、桜井の母親に愛想よく挨拶してきた。
「こんにちは。お忙しい中、ご都合をつけていただいてすみません。担任の青柳です」
「いつも大変お世話になっております。桜井美柑の母でございます」
桜井の母は和服姿で学校に来た。
帰りにそのままお店に直行するつもりなのだ。
「お母さん、着物で来るなんて、いかにも水商売じゃん。やめてよ」
「何言ってんのよ。この着物は高いのよ。ちゃんといいものを選んで来たんだから。あ、すみませーん、青柳先生。このあとお店があるので、お着物で来てしまいましたの」
「いえいえ、お忙しいところ、こちらこそ恐縮です。よくお似合いですね」
「まあ、青柳先生ったら、お上手ですね。美柑、また若い男の先生のクラスになって、あんたは、くじ運がいいわね。ほほほほ」
「くじ運じゃないから! ったく、くだらないこと言わないで」
三者面談の滑り出しは、母と娘のバトルで始まった。
桜井の母親とその娘のボケとツッコミを見て、青柳先生は「漫才?」と一瞬思った。
「では、さっそく定期テストの成績と、仮の評定ですね。わたしからお話しさせていただきます」
桜井の母親は襟元を直して、背筋を伸ばした。
「覚悟しております。どうぞ」
「一年生のスタート時から比べると、だいぶ成績は上がりましたね。毎日頑張っている証拠ですね。苦手だった数学も、今回はかなり良かったですし」
「あらまあ、そうなんですか」
「ただ実力テストは、ちょっと悪かったですね。でも、こっちはあまり気にしなくてもいいです」
「そうですか? そんなことで大丈夫なんですか?」
「ええ、期末テストの翌日の実力テストだったので、テスト範囲も広いですし、かなりの生徒が勉強しないで臨んだと思います。悪い点数は、これから学期を追うごとに伸びますから」
「はあ、そんなもんですか」
「こちらが、桜井さんの志望校ですね。第一希望が短大になっていますけど」
「あらま、そうなの? 知りませんでしたわ」
「あの、ご家庭で志望校のお話とかは、されていないんですか?」
「していません。この子ったら何も言いませんし、わたしも忙しくて聞く暇ないですし」
「あれ? 親子で進路の話はしておくことって、先生は桜井に言ったけどな。な、桜井?」
「はい、言われました」
「で? 青柳先生からみて、この志望校はどうなんですか?」
「このままいけば大丈夫だと思いますよ。ただ、桜井がなぜこの短大を選んだのか、桜井のやりたいことが見えてこないのが、気になるかな」
「ま、先生。この子が適当に書いて出したとでも言うんですか?」
「いいえ、違います。桜井の頑張りを見ていると、もっと上の学校を目指しているのかなと思いまして。ちょっと、謙虚すぎるかなこの志望校は。ここじゃないとダメという理由があるのなら応援しますが」
「どうなの? 美柑」
「……」
「黙ってちゃわからないじゃないの。はっきり言いなさい。美柑、何がやりたいの?」
「わかんない」
「は?」
「わかんないよ。将来どうなりたいかなんて。夢なんてないもん。ただ英語科があったから、書いただけ」
「美柑、やっぱりあんた適当に書いて出したのね。なんて情けない子なの」
青柳先生は、桜井を叱る母親を止めた。
「いいんですよ、まだはっきり決まっていなくても。お母さん、落ち着いてください」
「あんた、サトシ先生が聞いたらどんなにがっかりすると思ってるの。こんな夢のない女なんかと、結婚してくれるわけないでしょう」
「はぁ? 余計なことを言わないでよ。わたしはわたしなりに考えたのよ。経済的理由とか弟のこととか……」
「何ですって?」
「わたしが四年制大学に入ったら、弟たちは中学でしょ。そこから二人の弟が高校受験があって、大学受験を体験するでしょ。今後のことを考えたら、わたしのことでお金はかけられないじゃない。だったら、奨学金制度ある短大で選んだのよ」
「美柑、あんたバカなの?」
「バカで悪い? どうせバカよ」
「家のことを考えて、自分の進路を決めるからバカなのよ。自分の人生をそんな風に決めるなんて、ほんっと、母親として情けないったらありゃしない」
目の前で喧嘩を始めた桜井親子に、青柳先生は慌てた。
「ちょっと落ち着きましょう。冷静になってください」
母親は、桜井が今まで弟の面倒を最優先で育ってきてしまったことを後悔した。
そのせいで進学まで遠慮していると思うと、親として情けなくて泣けてきた。
母親はハンカチでこぼれた涙を拭った。
「お母さん、大丈夫ですか? 進学のことはこれから家でよく話し合ってください。まだ受験には間に合いますから。それからですね、実は今日はもう一人、面談してくれる先生がおりまして……」
桜井親子は食いついてきた。
「「サトシ先生ですかっ?!」」
「いいえ、……教頭先生です」
「げっ! マジで?」
「あら、そうですの?」
教室のドアを開けて、厚化粧の教頭先生が登場した。
家政婦が用意した朝食だったが、みそ汁だけは桜井が自分で作っていた。
「美柑ちゃんが作ったみそ汁は、美味しいね」
父である長谷川は、自分の娘に遠慮がちに話しかけた。
桜井が生まれてから、やっと父親と名乗った長谷川には負い目があった。
「どうもありがとう」
「美柑ちゃん、今日は学校で何があるんだっけ」
「三者面談です」
「学校で何を言われるのか、ドキドキだな。正直言って恐いなぁ」
「そうですね。来なくてもいいですよ」
「え」
「わたしも行かないから」
「ええっ!」
そこへ、母親が眠そうな顔をして起きて来た。
深夜まで働いて、毎朝三時に帰宅するので、いつもこんな感じで遅く起きて来る。
スナックの仕事を続けている限り、長谷川と結婚してこの家に引っ越しても、母の生活リズムは変わらなかった。
「あら、おはよ。美柑の三者面談は、お母さんが行くわ。あ、コーヒーちょうだい」
「来なくていいよ。三者面談」
「何言ってんの。新しい担任の先生と会いたいじゃない。行くわよ」
「お母さん、何目的? 長谷川さ……じゃなかったお父さん、いいの? お母さんが担任に会うのが楽しみで、三者面談に行くっていうの。動機が不純だわ」
「まさか、お母さんはそんな人じゃないよ。でも、わたしが行ってもいいんだけど」
母親は、そこはぴしゃりと断った。
「あなたは仕事に行ってください。わたしが学校にいきます。美柑の学校での様子を聞いて来なくちゃね」
「はい、わかりました」
長谷川はおとなしく妻に従った。
実は、桜井は三者面談が恐くて仕方なかった。
(お母さん、変な事言わないといいけど……。不安でしかないわ)
教室で青柳先生は、桜井の母親に愛想よく挨拶してきた。
「こんにちは。お忙しい中、ご都合をつけていただいてすみません。担任の青柳です」
「いつも大変お世話になっております。桜井美柑の母でございます」
桜井の母は和服姿で学校に来た。
帰りにそのままお店に直行するつもりなのだ。
「お母さん、着物で来るなんて、いかにも水商売じゃん。やめてよ」
「何言ってんのよ。この着物は高いのよ。ちゃんといいものを選んで来たんだから。あ、すみませーん、青柳先生。このあとお店があるので、お着物で来てしまいましたの」
「いえいえ、お忙しいところ、こちらこそ恐縮です。よくお似合いですね」
「まあ、青柳先生ったら、お上手ですね。美柑、また若い男の先生のクラスになって、あんたは、くじ運がいいわね。ほほほほ」
「くじ運じゃないから! ったく、くだらないこと言わないで」
三者面談の滑り出しは、母と娘のバトルで始まった。
桜井の母親とその娘のボケとツッコミを見て、青柳先生は「漫才?」と一瞬思った。
「では、さっそく定期テストの成績と、仮の評定ですね。わたしからお話しさせていただきます」
桜井の母親は襟元を直して、背筋を伸ばした。
「覚悟しております。どうぞ」
「一年生のスタート時から比べると、だいぶ成績は上がりましたね。毎日頑張っている証拠ですね。苦手だった数学も、今回はかなり良かったですし」
「あらまあ、そうなんですか」
「ただ実力テストは、ちょっと悪かったですね。でも、こっちはあまり気にしなくてもいいです」
「そうですか? そんなことで大丈夫なんですか?」
「ええ、期末テストの翌日の実力テストだったので、テスト範囲も広いですし、かなりの生徒が勉強しないで臨んだと思います。悪い点数は、これから学期を追うごとに伸びますから」
「はあ、そんなもんですか」
「こちらが、桜井さんの志望校ですね。第一希望が短大になっていますけど」
「あらま、そうなの? 知りませんでしたわ」
「あの、ご家庭で志望校のお話とかは、されていないんですか?」
「していません。この子ったら何も言いませんし、わたしも忙しくて聞く暇ないですし」
「あれ? 親子で進路の話はしておくことって、先生は桜井に言ったけどな。な、桜井?」
「はい、言われました」
「で? 青柳先生からみて、この志望校はどうなんですか?」
「このままいけば大丈夫だと思いますよ。ただ、桜井がなぜこの短大を選んだのか、桜井のやりたいことが見えてこないのが、気になるかな」
「ま、先生。この子が適当に書いて出したとでも言うんですか?」
「いいえ、違います。桜井の頑張りを見ていると、もっと上の学校を目指しているのかなと思いまして。ちょっと、謙虚すぎるかなこの志望校は。ここじゃないとダメという理由があるのなら応援しますが」
「どうなの? 美柑」
「……」
「黙ってちゃわからないじゃないの。はっきり言いなさい。美柑、何がやりたいの?」
「わかんない」
「は?」
「わかんないよ。将来どうなりたいかなんて。夢なんてないもん。ただ英語科があったから、書いただけ」
「美柑、やっぱりあんた適当に書いて出したのね。なんて情けない子なの」
青柳先生は、桜井を叱る母親を止めた。
「いいんですよ、まだはっきり決まっていなくても。お母さん、落ち着いてください」
「あんた、サトシ先生が聞いたらどんなにがっかりすると思ってるの。こんな夢のない女なんかと、結婚してくれるわけないでしょう」
「はぁ? 余計なことを言わないでよ。わたしはわたしなりに考えたのよ。経済的理由とか弟のこととか……」
「何ですって?」
「わたしが四年制大学に入ったら、弟たちは中学でしょ。そこから二人の弟が高校受験があって、大学受験を体験するでしょ。今後のことを考えたら、わたしのことでお金はかけられないじゃない。だったら、奨学金制度ある短大で選んだのよ」
「美柑、あんたバカなの?」
「バカで悪い? どうせバカよ」
「家のことを考えて、自分の進路を決めるからバカなのよ。自分の人生をそんな風に決めるなんて、ほんっと、母親として情けないったらありゃしない」
目の前で喧嘩を始めた桜井親子に、青柳先生は慌てた。
「ちょっと落ち着きましょう。冷静になってください」
母親は、桜井が今まで弟の面倒を最優先で育ってきてしまったことを後悔した。
そのせいで進学まで遠慮していると思うと、親として情けなくて泣けてきた。
母親はハンカチでこぼれた涙を拭った。
「お母さん、大丈夫ですか? 進学のことはこれから家でよく話し合ってください。まだ受験には間に合いますから。それからですね、実は今日はもう一人、面談してくれる先生がおりまして……」
桜井親子は食いついてきた。
「「サトシ先生ですかっ?!」」
「いいえ、……教頭先生です」
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