サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ

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第8章 三年二学期

第226話 面接で褒められたら落ちる?

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 玄関で桜井の声がした。

「ただいまー」

サトシは、リビングから廊下へ飛び出し、桜井の元へダッシュした。

「お帰り。思ったより早かったな。電車の中を走って来たのか?」

「もう……、そんなわけないでしょ。駅からここまで全力疾走してきたんです」

桜井は、生徒たちからは隠れ陸上部と言われるほど、実は走るのが早い。

「手を洗ったら、リビングにおいで」

「うん、先に着替えて来るね。先生も……一緒に来る?」

「バ、バカッ! 冗談言ってないで、早く着替えてきなさい」

サトシは顔を紅潮させて照れまくったが、正直ついて行こうかと思った。
という下心は、一旦置いておき、思ったより明るく帰って来た桜井の声を聞いてサトシは返って心配になった。

(つまらん冗談。電話では、今にも泣きそうだったのに……、大丈夫なふりか?)


桜井には、精神的に追い込まれた時ほど明るく振舞う癖があった。
サトシはそれをよく知っていた。
あんな冗談が飛び出すほど、どこかで我慢しているのだとわかった。

(うううーん……これは、大々的に熱い抱擁でもしてやるか……)


 桜井が着替え終わってリビングに戻ると、サトシは両手を広げて桜井が胸に飛び込んでくるのを待ちかまえた。

「さあ、桜井……、おいで」

「せ、先生……、嘘、キャー―――!」

桜井は、走って来てサトシを……通り越し、キッチンカウンターの上のパンケーキの皿を持ち上げた。

「キャー! なにこれー! この手作り感、めっちゃいい! 超カワイイーー!」

サトシは肩透かしをくらったが、うまく冷静を装ってメガネの縁をくいっと上げた。

「あ、ああ……まぁ、落ち着け。ちょっと焦げたけど」

テーブルに置いてあったパンケーキには、“Good luck!”
桜井はサトシが焼いたパンケーキをじっと眺めていた。
やや文字が震えていて、チョコも溶けて流れていた。
しかし、その不器用な一言が、桜井の胸にじんわりと染みこんできた。



「……“Believe in you”じゃないんですね」

桜井がつぶやくと、サトシは明らかに動揺した。

「な、なんで知ってんだよ」

「ふふ、わかりますよ。迷った顔してそうだったし。ていうか、“Good luck”の“G”の最初の部分が、ちょっとブレて書き直してるし」

サトシは照れくさそうに頭をかいた。

「……だって、長いと入りきらないし、何か、くすぐったいだろ、そういうの」

桜井はふっと笑うと、パンケーキを静かにテーブルの上に置いた。

「でも、ちゃんと伝わりましたよ。わたし、がんばってきちゃった。“Good luck”のパンケーキのパワーかな? ありがとうございまーす!」

その言葉に、サトシはちょっと目を伏せ、小さく、でも確かにほっとした顔で言った。

「……そっか。よかった」

そう言って微笑んでみせたが、同時に桜井のカラ元気に胸が痛くなった。

「いいんだよ、俺の前では無理しなくて。小論文のテーマが難しかったのか」

桜井は、何も言わずに首を横に振った。

「じゃあ、面接? 圧迫面接だったのか」

また桜井は首を横に振った。

「え? じゃ、何が問題だった?」

「圧迫の逆です。面接で褒められましたぁーー」

そう言って、桜井は泣き崩れた。

「はぁ? 褒められたって?」

桜井は泣きじゃくりながら、面接の様子を話し始めた。

「最初に志望理由を聞かれて答えたら、『うん、そうですね。自己推薦書はよくまとまっていますね』って褒められたの。面接で褒められたら落ちるって噂だし―」

「そんなの噂だから、信じることは無い!」

「だって、J大学の面接は圧迫的で、答えた内容を深堀してくるっていうから、そのつもりで準備していったのに」

「面接で褒められたら終わりなんじゃないかとか、よく言われているけども、決してそういうことは無い」

これは一般論だ。
小論文が出来てなくて、提出書類も全然ダメでという場合は、桜井が言うように、とりあえず褒めて早く面接を終わらせることがある。
J大学は一次審査と二次審査が同じ日に組まれているようなものだ。
学校側は、ある程度書類を見た段階で、この子は無理かもという場合であっても面接をしなくてはならない。
すると便宜上、あまり時間をかけずに褒めて面接を終わらせるケースも確かにある。

サトシはそういう事情は知っていたが、それを桜井に言ったところで、不安が増すだけだと思って口にしなかった。

「褒められた、イコール、落ちるには決してならないから」

「……限りなくイコールに近いと思う」

「そうじゃないって。桜井の提出書類はよかったよ。今日の小論文も書けているのなら、落とすために褒めたんじゃないよ。本当に褒められたんだ」

「だって、マジで褒められたのよ。落とすつもりの面接だったんだわ」

「落とすための面接だなんて言うな」

「わたしの面接時間は5分くらいだった。他の人は10分、15分、長い人で20分位面接してたわ。」

「5分くらい? それって体感で?」

「うううん、違う。終わってから時計を見たもの。座ってまず、志望理由は?と聞かれて、やってきたこと、準備してきたことをしゃべって……」

サトシは、桜井の面接の様子を想像しながら、頷いた。

「面接官の方が自己推薦書を見て、
『うん、よく頑張ったんですね。それがよく伝わります』
で、自己推薦書についての質問は終わり。そして次に、課題レポートを見て
『うーん、よく書けていますね。凄い。どうやって書いたんですか?』
あとは参考文献を書いている場所を指して、
『ほほう、これはどうやって選んだのですか?』って聞くわけ」

「それで、桜井はどう答えたの?」

「『参考文献の2冊はJ大学に在学中の方に薦められて選びました。あと2冊は自分で書店に行って選びました』
『すごい主体的に頑張っていますね』
『あ、ありがとうございます』
って、こんな感じでしたー」

サトシは頷きながら、桜井の話を黙って聞いていた。

「面接の中身はこんな形でね、正味3分ぐらいで、合計で5分程度の面接で終わったんですよ。実際に、面接室から出ると、まだ面接が終わっていない生徒や待機している生徒が、ずらーっといてね。わたし警備員さんに聞いたんです。
『わたし、もう終わったようなんですが、帰っていいんですか?』
『お、……うん。早いね』
と、言われました。あああ、もう落ちたなこれ。帰らされたんだって……うわーーん」

サトシは、子供のように声を上げて泣く桜井を抱きしめた。



「大丈夫、大丈夫。本当にシンプルに褒められるケースもあるさ。そこは、そんなに気にしなくてもいいから」

「ううう……褒めちぎられて帰らされたぁー。ううう」

「面接で怒られたからとか、褒められたからとか、関係ないから。わたしは受かるぞ、絶対合格してやるぞという強いパッションがある人が受かるんだよ。桜井はパッションなら誰にも負けていないだろ」

「うん、負けてない」

「大丈夫だって。俺もJ大学の面接の時間は5分くらいで終わったよ。でも合格できたし」

「本当? 先生も?」

「ああ、桜井も同じパターンだ。合格するよ」

サトシはそう言って、桜井を安心させた。
それは気やすめの嘘ではなく、サトシの過去の実体験に基づいた確証だった。


「パンケーキ、食べる?」

「うん」

「やった! じゃ、椅子をどうぞお嬢様」

サトシは椅子を引いて、桜井を座らせた。

桜井は、サトシの焼いたパンケーキをひとくち頬張ると、最高の笑顔になった。

「……うんんんまぁーーーー!」

桜井がおいしそうに食べる顏が、サトシは大好きだ。
パンケーキを頬張りながら、桜井は早くもパワーがみなぎってきたようだ。

「もし、ダメでも一般受験のTEAP利用方式で受けるから、これからもがんばろう! オー!」

「え? もう一般受験の話? 今日ぐらいは、もっとゆっくりしろよ。ったく」

(君が今日まで積み上げた努力は、誰にも否定できやしないさ)
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