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第9章 三年三学期
第257話 新しい人生の扉を開けに
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「行くぞ」
人混みを抜け、サトシはまっすぐ桜井に手を差し出した。
桜井は少し戸惑いながらもその手を握りしめた。
「どこに?」
「区役所。……今日は、卒業式の日。そして、俺たちにとって、人生の記念になる日」
サトシはレイコ姉さんの車に桜井と乗り込んだ。
「レイコ姉さん? 車で迎えに来てくれたの?」
「卒業おめでとう、桜井さん。あら、桜井さんと呼ぶのも今日が最後ね」
「え……?」
「あれ? 反応鈍い……。サトシ、まだ桜井さんに言ってなかったの?」
レイコ姉さんに言われて、先生は小さな封筒を内ポケットから取り出した。
それは、婚姻届だった。
「ご両親には許可をもらってある。ほら、ここに長谷川さんの署名と俺の父の署名もあるし……後は、君が記入するだけだ」
桜井は、サトシが見せた婚姻届けに目を丸くした。
「……ほんとに、持ってきたんだぁ! 一年前に先生が言っていた届って……」
「当たり前だろ。約束したからな、桜井が18になって卒業したその日は、届を出しに行くって言ったじゃないか」
「先生……」
桜井は胸がキュンとなった。
レイコ姉さんは運転しながら、笑っていた。
「桜井さん? サトシったらねー、結婚記念日は忘れないように、白金女子学園の卒業式の日がいいって、そう言うのよー」
「レイコ姉さん、ちょっと黙ってくれないか」
桜井が制服のままで、サトシと向かった先には、新しい人生の扉が待つことになる。
区役所の駐車場に車を入れると、レイコ姉さんは言った。
「さあ、新しい門出よ。行ってらっしゃい、わたしはここで待っているわ。お父さんたちに電話しておくから」
レイコ姉さんに促されてサトシは桜井と一緒に車を降りた。
「わたし、制服なんだけど、大丈夫かなー」
「気にするな。俺も礼服だ」
いかにも卒業式帰りですという二人は、区民課戸籍係の前にいた。
桜井は、届け出人欄の妻の欄だけが空白で、あとは全て記入済みの婚姻届けを改めて見た。
「わたしが記入するところって……妻で、あってる?」
「他にどこに署名するんだ」
「……じゃあ、私の卒業記念のサイン、ここに書いてもいいのね?」
「……ああ」
書類の前で、桜井は深呼吸を一つして、しっかりと名前を記した。
ペンを置いたとき、サトシは小さく笑った。
「これで、桜井は俺の“生徒”じゃなくなるんだな」
「じゃあ、わたしは先生の“奥さん”に?」
「……そうなるな」
ふたりは顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。
そして、同時に桜井の住所移転届も記入した。
「さーとーう、みーかーん。って、なんか砂糖漬けのミカンみたい」
「何言ってんだ。不満か?」
「うううん、甘くておいしそう。気に入ったわ」
桜井はくすっと笑った。
そして受理されるまで、しばらく区役所で待っていると、レイコ姉さんがやって来た。
「終わった? サトシ。待ちきれなくて来ちゃった」
「ああ、彼女の住所移転届もいっぺんにやっているから、時間がかかってる」
時計を気にするレイコ姉さんとサトシを見て、桜井は少し不安になった。
「先生は、これから学校に戻るの?」
「いや、今日は家庭の事情ってことで早退届を出しているから、もう帰るよ」
「帰るって……」
レイコ姉さんが、サトシの説明に付け加えた。
「桜井さん、じゃない。美柑ちゃん。今日はこれから佐藤家で軽いホームパーティよ。長谷川さんとお母さんも、一緒にもう佐藤家に着いているって」
「え、ホームパーティ?」
「そういうことだ、桜井。入籍報告ってやつ?」
「サトシ、ちゃんと名前で呼んであげなさいよ。あんたの奥さんでしょ」
「あ、そっか……ごめん。美柑……」
サトシは、かぁーっと赤くなった顔を片手で隠しながら、名前を呼んだ。
桜井も赤くなって照れた。
「まだ、桜井でいいです。わたしだって、先生って呼びたいし……」
レイコ姉さんは笑顔になった。
「そうよね、ごめんなさいね、桜井さん。自然に呼べるようになるまで、そのままがいいわよね。実は、わたしもその方が呼びやすい」
その時、窓口で番号を呼ばれた。
「73番の方―、お待たせしましたー」
サトシと桜井が窓口に行くと、
「婚姻届け受理証明書も2通必要でしたね。こちらになります」
「先生、これって何に使うんですか?」
「桜井が大学へ提出しないと。受験時と住所と名前が変わっているだろ?」
「あ、そっか。もう1通は何に?」
「これは、保管用。婚姻届けは手元に残らないからね、記念になると思って……」
桜井は、じわじわと幸福感がこみ上げて来て、サトシの腕にしがみついた。
「なんか、これ見たらやっと実感わいてきちゃった!」
「こらこら、桜井、ここは区役所」
レイコ姉さんは、そんなイチャラブな二人に水を差した。
「悪いわね、サトシ。お父さんが家でしびれを切らして待っているの。行くわよ、実家」
レイコ姉さんに促されて区役所の外に出ると、三月の風はまだ少し冷たかった。
しかし、二人が繋いだ手の中には、春のぬくもりが確かにあった。
「ああ、そうだ、結婚指輪を決めないとな」
「え、いいよ。あのステディリングで」
「それもいいけど……、結婚指輪って、そんなもんじゃない……だろ」
「ん? 先生、もしかして……照れてる?」
「……? 別に、普通だろ」
「えー? あっ、もしかして、わたしと一緒に選びたいってことだったりして。なーんちゃって!」
サトシは、目をそらした。
「……」
「……」
「別にそんなんじゃ……、ないし」
サトシは、照れ隠しにメガネをかけ直すと、ふっと顔を横にそむけた。。
そんなサトシの素振りを見て、レイコ姉さんは桜井に小声で教えた。
「はーー?? あれ、絶対そうだと思うわ」
桜井もウンウンとうなずいた。
そして、胸がキュンとして思わず口にした。
「絶対そうじゃん。やだ、先生、可愛いー!」
「可愛い、やめろ!」
三年前、サトシは自分がこんなふうになるとは想像もしていなかった。
区役所前で、礼服姿で照れている教師。
それが、入籍したばかりの自分で、しかも相手は卒業式から直行で連れて来た教え子だ。
そして、その教え子である桜井を妻にできた今、サトシは幸せでいっぱいだった。
(可愛い、やめろって。それ、俺が言いたいことだし。先に言うなよ)
人混みを抜け、サトシはまっすぐ桜井に手を差し出した。
桜井は少し戸惑いながらもその手を握りしめた。
「どこに?」
「区役所。……今日は、卒業式の日。そして、俺たちにとって、人生の記念になる日」
サトシはレイコ姉さんの車に桜井と乗り込んだ。
「レイコ姉さん? 車で迎えに来てくれたの?」
「卒業おめでとう、桜井さん。あら、桜井さんと呼ぶのも今日が最後ね」
「え……?」
「あれ? 反応鈍い……。サトシ、まだ桜井さんに言ってなかったの?」
レイコ姉さんに言われて、先生は小さな封筒を内ポケットから取り出した。
それは、婚姻届だった。
「ご両親には許可をもらってある。ほら、ここに長谷川さんの署名と俺の父の署名もあるし……後は、君が記入するだけだ」
桜井は、サトシが見せた婚姻届けに目を丸くした。
「……ほんとに、持ってきたんだぁ! 一年前に先生が言っていた届って……」
「当たり前だろ。約束したからな、桜井が18になって卒業したその日は、届を出しに行くって言ったじゃないか」
「先生……」
桜井は胸がキュンとなった。
レイコ姉さんは運転しながら、笑っていた。
「桜井さん? サトシったらねー、結婚記念日は忘れないように、白金女子学園の卒業式の日がいいって、そう言うのよー」
「レイコ姉さん、ちょっと黙ってくれないか」
桜井が制服のままで、サトシと向かった先には、新しい人生の扉が待つことになる。
区役所の駐車場に車を入れると、レイコ姉さんは言った。
「さあ、新しい門出よ。行ってらっしゃい、わたしはここで待っているわ。お父さんたちに電話しておくから」
レイコ姉さんに促されてサトシは桜井と一緒に車を降りた。
「わたし、制服なんだけど、大丈夫かなー」
「気にするな。俺も礼服だ」
いかにも卒業式帰りですという二人は、区民課戸籍係の前にいた。
桜井は、届け出人欄の妻の欄だけが空白で、あとは全て記入済みの婚姻届けを改めて見た。
「わたしが記入するところって……妻で、あってる?」
「他にどこに署名するんだ」
「……じゃあ、私の卒業記念のサイン、ここに書いてもいいのね?」
「……ああ」
書類の前で、桜井は深呼吸を一つして、しっかりと名前を記した。
ペンを置いたとき、サトシは小さく笑った。
「これで、桜井は俺の“生徒”じゃなくなるんだな」
「じゃあ、わたしは先生の“奥さん”に?」
「……そうなるな」
ふたりは顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。
そして、同時に桜井の住所移転届も記入した。
「さーとーう、みーかーん。って、なんか砂糖漬けのミカンみたい」
「何言ってんだ。不満か?」
「うううん、甘くておいしそう。気に入ったわ」
桜井はくすっと笑った。
そして受理されるまで、しばらく区役所で待っていると、レイコ姉さんがやって来た。
「終わった? サトシ。待ちきれなくて来ちゃった」
「ああ、彼女の住所移転届もいっぺんにやっているから、時間がかかってる」
時計を気にするレイコ姉さんとサトシを見て、桜井は少し不安になった。
「先生は、これから学校に戻るの?」
「いや、今日は家庭の事情ってことで早退届を出しているから、もう帰るよ」
「帰るって……」
レイコ姉さんが、サトシの説明に付け加えた。
「桜井さん、じゃない。美柑ちゃん。今日はこれから佐藤家で軽いホームパーティよ。長谷川さんとお母さんも、一緒にもう佐藤家に着いているって」
「え、ホームパーティ?」
「そういうことだ、桜井。入籍報告ってやつ?」
「サトシ、ちゃんと名前で呼んであげなさいよ。あんたの奥さんでしょ」
「あ、そっか……ごめん。美柑……」
サトシは、かぁーっと赤くなった顔を片手で隠しながら、名前を呼んだ。
桜井も赤くなって照れた。
「まだ、桜井でいいです。わたしだって、先生って呼びたいし……」
レイコ姉さんは笑顔になった。
「そうよね、ごめんなさいね、桜井さん。自然に呼べるようになるまで、そのままがいいわよね。実は、わたしもその方が呼びやすい」
その時、窓口で番号を呼ばれた。
「73番の方―、お待たせしましたー」
サトシと桜井が窓口に行くと、
「婚姻届け受理証明書も2通必要でしたね。こちらになります」
「先生、これって何に使うんですか?」
「桜井が大学へ提出しないと。受験時と住所と名前が変わっているだろ?」
「あ、そっか。もう1通は何に?」
「これは、保管用。婚姻届けは手元に残らないからね、記念になると思って……」
桜井は、じわじわと幸福感がこみ上げて来て、サトシの腕にしがみついた。
「なんか、これ見たらやっと実感わいてきちゃった!」
「こらこら、桜井、ここは区役所」
レイコ姉さんは、そんなイチャラブな二人に水を差した。
「悪いわね、サトシ。お父さんが家でしびれを切らして待っているの。行くわよ、実家」
レイコ姉さんに促されて区役所の外に出ると、三月の風はまだ少し冷たかった。
しかし、二人が繋いだ手の中には、春のぬくもりが確かにあった。
「ああ、そうだ、結婚指輪を決めないとな」
「え、いいよ。あのステディリングで」
「それもいいけど……、結婚指輪って、そんなもんじゃない……だろ」
「ん? 先生、もしかして……照れてる?」
「……? 別に、普通だろ」
「えー? あっ、もしかして、わたしと一緒に選びたいってことだったりして。なーんちゃって!」
サトシは、目をそらした。
「……」
「……」
「別にそんなんじゃ……、ないし」
サトシは、照れ隠しにメガネをかけ直すと、ふっと顔を横にそむけた。。
そんなサトシの素振りを見て、レイコ姉さんは桜井に小声で教えた。
「はーー?? あれ、絶対そうだと思うわ」
桜井もウンウンとうなずいた。
そして、胸がキュンとして思わず口にした。
「絶対そうじゃん。やだ、先生、可愛いー!」
「可愛い、やめろ!」
三年前、サトシは自分がこんなふうになるとは想像もしていなかった。
区役所前で、礼服姿で照れている教師。
それが、入籍したばかりの自分で、しかも相手は卒業式から直行で連れて来た教え子だ。
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