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ふたりの愛憎編
01.奪われた ──秋人
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気に食わない。ムカつく。
あいつにはじめて抱いた感情は決して前向きなものではなかった。
「こいつのショパンがヤバいんだって!」
「ふぅん…?」
同じピアノ教室に通う同級生が興奮気味に訴えてきたのは、とある日のレッスン終わりのことだった。
普段は俺のピアノを無条件に褒めちぎるような奴なので、少し、いや、かなり面白くない。
「はじめて聞いた時は鳥肌立ったなぁ」
彼が見せてきたのは、動画サイトにアップロードされたピアノコンクールの映像だった。
国内では大きめのコンクールだし、俺も過去に出場したことがあるのでよく知っている。開催されたのはつい最近だったはずだ。
ピアノの黒鍵と同じ色の髪と、同じ色の瞳。鍵盤に向けられた視線は真剣そのものだ。
柔らかいタッチでありながら、感情表現が豊かで人の心を惹きつける。力任せに自分のペースへ引き込んでいくような演奏だと評されたこともある俺とは正反対のスタイルだと言ってもよかった。
「……こいつ、俺よりも上手いの?」
「あ、いや。べつにそういうわけじゃ…」
我ながら大人げなかったと思う。いや、この時はまだギリギリ小学生だったからこれぐらいは許してほしい。
彼が絶賛するピアノ弾きの顔を一目見てやろうと思ったのは、そんな子どもっぽい感情からくる衝動的な行動だった。
***
俺が住んでいる地域では、半年に一度ほどのペースで学校の枠を越えた演奏会が開かれる。
県内に全国屈指の音楽の名門校があるからだそうで、学校関係者が多数見に来ているらしい。そこでいい演奏ができればもしかすると……というわけだ。
「おまえ、東城陽介?」
少し距離を置いてぶっきらぼうに尋ねると、目の前を歩いていた男がゆっくりと振り向いた。
白い天井、白い壁、白い床。舞台裏に繋がる無機質な廊下で、俺たちは初対面を果たした。
彼は俺の顔を見ると同時にその瞳を驚きに染める。ぱちぱちっと瞬きを繰り返し、しっかりと三十秒ほど沈黙してからやっと口を開いた。
「……そうだけど。そういう君は月島秋人?」
「あぁ」
こくりと頷くと、東城陽介は不思議そうに首を傾げてみせた。その動きに合わせるように髪がふわりと揺れる。
女子にモテるんだろうなぁなんて、なんとなくそう思った。
「まだ出番じゃない、よね? 確か俺の三人後だったような…」
同級生の前では知らないふりをしたものの、俺はこの男のことをよく知っていた。
当時の俺は国内だけではなく海外のピアノコンクールなんかでも優勝を掻っ攫いまくっていて、同世代の中ではいちばんピアノが上手いという自負があったのである。ちゃんと周りからの評価がついてきていたし、自惚れなんかじゃないはずだ。
しかし俺は一度だけコンクールで優勝を逃している。その時に優勝したのがこの男だ。
はじめての挫折が俺にとっては屈辱的で、しばらくは無茶な練習を重ねてしまったりもした。しかしその後にあったコンクールでは無事に東城を抑えて優勝を掴み、なんとかプライドが保たれたのである。
生まれてはじめてピアノで『二番』になってしまったあの日から今日で一年。『一番』になった男は、そんなことを覚えていないかのように飄々と笑っている。て言うか……
「他人の出番まで把握してるのかよ、おまえ」
俺は舞台裏でこいつに会うためにはじめてプログラムを真面目にチェックしたぐらいなのに。
怪訝そうにする俺の様子に気付いてか、東城陽介はくすりと笑ってみせた。
「だって、天下の月島秋人だよ? さすがにそれは気になるでしょ」
「Tenka? ……Die Welt?(世界?)……は? 馬鹿にしてるのか、おまえ」
「いやいや、まさか」
顔の横でひらひらと右手を振ってみせた東城陽介は、一歩だけ近付いてきて俺の髪を撫でた。
「…っ…!」
その手つきがあまりにも優しくて、反射的に身を引く。と同時に、俺とは違って繊細なピアノを弾くこいつの手から離れてしまったことを少し残念に思ってしまった。
残念? どうしてだ? いきなり他人の髪を撫でてくるのはどう考えても失礼だろう。
俺の反応を見て小さく笑った東城陽介は、自分も一歩だけ下がってから言葉を続けた。
「みんな君の演奏が聞きたいんだよ。だから、出番ぐらいチェックしてても怪しくはないんじゃないかなってこと」
君が出る時間はみんな知ってるよ、ときれいに笑う顔を見て心臓が跳ねた。
遠い昔に見たような、いままで一度も見たことがないような。なにがあっても動じない自信があったはずの俺が、はじめて揺さぶられた瞬間だった。
***
俺は物心がついた時からヨーロッパ中を転々としていた。ピアニストである母さんの演奏活動がヨーロッパ中心で、ツアーがある毎に連れ回されていたせいである。
が、中学進学を機に何故か俺だけが日本に定住することになった。一応日本にも家はあるけど、母さんが本格的に自分の活動に集中するためにその家を手放すことに決めたのだ。
そもそも俺は日本生まれの日本育ちだし(覚えてないけど)、母さんとは日本語で会話していたし。言葉に関してはなんの問題もないのだが…。
「……なんでおまえがココにいるんだよ」
期待と不安を胸に俺が入学したのは、国内では最高峰と言われている音楽の名門校だった。件の演奏会で関係者が来ていた学校である。
日本に定住すると言っても、中学生の俺に一人暮らしをさせるわけにもいかない。俺もドイツに定住するよ、という意見はあっさりスルーされて学校に隣接している寮に入ることになったのだが……。
「なんでって……君のルームメイトだからだよ、月島秋人くん?」
寮の管理人に指示された部屋には、数ヶ月前にはじめて会話を交わした東城陽介がいたのだ。
部屋の奥に洗面所だけがあるワンルーム。両方の壁際にシングルベッドがひとつずつ置いてあり、東城は俺から見て左側のベッドに座っていた。
「おまえもここに進学したのかよ」
床に荷物を下ろして向かい側のベッドに座ると、東城は読んでいた雑誌を閉じて顔を上げた。
音楽雑誌、か? よく見えなかったけど。
「まぁね。ここは頻繁に現役のピアニストが講師として来てくれるって有名だし」
「ふーん……」
少し、だけ。ほんの少しだけ安心したかもしれない。
言葉の心配はないけど、日本にはあまり知り合いがいないから。こいつのことはよくわからないけど、そんなに悪い奴にも見えないし……。
「で、月島はどうしてここに? ヨーロッパに住んでるって聞いたことあったんだけど」
「え? あぁ、なんて言うか……親がどうしても俺に日本に定住してほしいらしくて」
「親?」
ちょこんと首を傾げた東城。それがやっと東城を年相応に見せた。
「月島の親ってなにしてる人なんだ?」
「母親がピアニストなんだ。離婚してるから父親には会ったことない……と言うか、すぐに死んだらしいから顔も知らないけど」
「は? 死んだ!?」
薄く笑顔を浮かべて話を聞いていた東城が突然変な声を出した。ずっと穏やかに話していた東城の声が裏返る。
この話になるとたいていの奴が同情したり言葉を濁したりするんだけど、こいつは純粋に驚いているように見えた。
一瞬の重い沈黙のあと、はっとしたように表情を取り繕った東城が声のトーンを戻す。
「悪い、大きな声出しちゃって。ちょっと驚いてさ」
「……べつにいいけど」
申し訳なさそうな顔をする東城は……悪い奴ではないけど、ちょっと変な奴なんじゃないかなぁと思った。
「そうか、亡くなって…。嫌な話させちゃったな」
「いいって、会ったこともない人の話だし」
俺にとっては母さんだけが唯一の家族だ。そりゃあ両親が揃ってる家族が羨ましいと思ったことはあるけど、物心がつく前に死んだ父親に対して愛着があるわけもないし。
東城はしばらく神妙な顔をしていたが、ぱっと笑顔を取り戻してベッドから腰を上げた。
「でも嬉しいよ。まさか月島と同じ学校で……しかもルームメイトになれるなんて思ってなかったからさ」
「!」
俺の目の前に座り込んだ東城が、おもむろに俺の手に触れてくる。
指先から手の甲、手首までをゆっくり撫でられてくすぐったかった。
「これからよろしくな、月島」
次いで肩を掴まれ、自然な流れで抱きしめられる。東城の肩口に顔を押しつけられる形になり、俺は混乱した。
おかしいな、日本人はスキンシップがあまり好きじゃないって聞いてたのに。
でもどうしてか、こいつに抱きしめられて嫌な気持ちにはならない。同世代でピアノをしてる奴らは俺のことを値踏みするように見てくることが多いけど、東城にはそれがないからかもしれないな。
「日本人でもこういうことするんだな」
「え?」
「ハグだよ。日本ではハグは挨拶じゃないって聞いてたから」
ぎゅっと抱きしめ返してから目を合わせると、きょとんとした顔になって見つめ返してきた。
あ、あれ? 俺、もしかしてなにか間違えた?
「東城……?」
「なぁ、月島」
焦っていると、東城がいきなり真剣な顔を作った。
「他の奴にはハグなんてしなくていいからな」
「え?」
「その……慣れてないからさ」
言葉を選びながら俺を説得する東城は、自分を納得させているようにも見えた。
慣れてない…? いやまぁ、それはそうだろう。わかってるんだよ、それは。
「おまえはいいのかよ、男にハグなんかされても嬉しくないだろ?」
日本人はこういうスキンシップをしないらしいけど、俺がこいつ好みの美少女だったなら話は違ったかもしれない。いや、それでもまともに顔を合わせて二回目でハグはおかしいか…?
東城は小さく首を傾げ、幼い子どもにするように俺の頭を撫でた。ちくしょう、さっきも思ったけど指長いな。
「俺はいいんだよ。月島のこと好きだし」
「好き、って」
それはどういう意味で言ってるんだろう?
嫌いではない、ぐらいの意味か? それともそのままの意味でとってもいいのだろうか。
「……月島は真面目だなぁ」
「は?」
それこそ真面目に考えていたのに、東城は喉の奥で低く笑ってようやく俺から離れた。
「冗談だよ。改めてこれからよろしく、月島」
「……あぁ」
どこからが冗談なのかわからなかったけど、聞いたら笑われそうだからやめておいた。
あいつにはじめて抱いた感情は決して前向きなものではなかった。
「こいつのショパンがヤバいんだって!」
「ふぅん…?」
同じピアノ教室に通う同級生が興奮気味に訴えてきたのは、とある日のレッスン終わりのことだった。
普段は俺のピアノを無条件に褒めちぎるような奴なので、少し、いや、かなり面白くない。
「はじめて聞いた時は鳥肌立ったなぁ」
彼が見せてきたのは、動画サイトにアップロードされたピアノコンクールの映像だった。
国内では大きめのコンクールだし、俺も過去に出場したことがあるのでよく知っている。開催されたのはつい最近だったはずだ。
ピアノの黒鍵と同じ色の髪と、同じ色の瞳。鍵盤に向けられた視線は真剣そのものだ。
柔らかいタッチでありながら、感情表現が豊かで人の心を惹きつける。力任せに自分のペースへ引き込んでいくような演奏だと評されたこともある俺とは正反対のスタイルだと言ってもよかった。
「……こいつ、俺よりも上手いの?」
「あ、いや。べつにそういうわけじゃ…」
我ながら大人げなかったと思う。いや、この時はまだギリギリ小学生だったからこれぐらいは許してほしい。
彼が絶賛するピアノ弾きの顔を一目見てやろうと思ったのは、そんな子どもっぽい感情からくる衝動的な行動だった。
***
俺が住んでいる地域では、半年に一度ほどのペースで学校の枠を越えた演奏会が開かれる。
県内に全国屈指の音楽の名門校があるからだそうで、学校関係者が多数見に来ているらしい。そこでいい演奏ができればもしかすると……というわけだ。
「おまえ、東城陽介?」
少し距離を置いてぶっきらぼうに尋ねると、目の前を歩いていた男がゆっくりと振り向いた。
白い天井、白い壁、白い床。舞台裏に繋がる無機質な廊下で、俺たちは初対面を果たした。
彼は俺の顔を見ると同時にその瞳を驚きに染める。ぱちぱちっと瞬きを繰り返し、しっかりと三十秒ほど沈黙してからやっと口を開いた。
「……そうだけど。そういう君は月島秋人?」
「あぁ」
こくりと頷くと、東城陽介は不思議そうに首を傾げてみせた。その動きに合わせるように髪がふわりと揺れる。
女子にモテるんだろうなぁなんて、なんとなくそう思った。
「まだ出番じゃない、よね? 確か俺の三人後だったような…」
同級生の前では知らないふりをしたものの、俺はこの男のことをよく知っていた。
当時の俺は国内だけではなく海外のピアノコンクールなんかでも優勝を掻っ攫いまくっていて、同世代の中ではいちばんピアノが上手いという自負があったのである。ちゃんと周りからの評価がついてきていたし、自惚れなんかじゃないはずだ。
しかし俺は一度だけコンクールで優勝を逃している。その時に優勝したのがこの男だ。
はじめての挫折が俺にとっては屈辱的で、しばらくは無茶な練習を重ねてしまったりもした。しかしその後にあったコンクールでは無事に東城を抑えて優勝を掴み、なんとかプライドが保たれたのである。
生まれてはじめてピアノで『二番』になってしまったあの日から今日で一年。『一番』になった男は、そんなことを覚えていないかのように飄々と笑っている。て言うか……
「他人の出番まで把握してるのかよ、おまえ」
俺は舞台裏でこいつに会うためにはじめてプログラムを真面目にチェックしたぐらいなのに。
怪訝そうにする俺の様子に気付いてか、東城陽介はくすりと笑ってみせた。
「だって、天下の月島秋人だよ? さすがにそれは気になるでしょ」
「Tenka? ……Die Welt?(世界?)……は? 馬鹿にしてるのか、おまえ」
「いやいや、まさか」
顔の横でひらひらと右手を振ってみせた東城陽介は、一歩だけ近付いてきて俺の髪を撫でた。
「…っ…!」
その手つきがあまりにも優しくて、反射的に身を引く。と同時に、俺とは違って繊細なピアノを弾くこいつの手から離れてしまったことを少し残念に思ってしまった。
残念? どうしてだ? いきなり他人の髪を撫でてくるのはどう考えても失礼だろう。
俺の反応を見て小さく笑った東城陽介は、自分も一歩だけ下がってから言葉を続けた。
「みんな君の演奏が聞きたいんだよ。だから、出番ぐらいチェックしてても怪しくはないんじゃないかなってこと」
君が出る時間はみんな知ってるよ、ときれいに笑う顔を見て心臓が跳ねた。
遠い昔に見たような、いままで一度も見たことがないような。なにがあっても動じない自信があったはずの俺が、はじめて揺さぶられた瞬間だった。
***
俺は物心がついた時からヨーロッパ中を転々としていた。ピアニストである母さんの演奏活動がヨーロッパ中心で、ツアーがある毎に連れ回されていたせいである。
が、中学進学を機に何故か俺だけが日本に定住することになった。一応日本にも家はあるけど、母さんが本格的に自分の活動に集中するためにその家を手放すことに決めたのだ。
そもそも俺は日本生まれの日本育ちだし(覚えてないけど)、母さんとは日本語で会話していたし。言葉に関してはなんの問題もないのだが…。
「……なんでおまえがココにいるんだよ」
期待と不安を胸に俺が入学したのは、国内では最高峰と言われている音楽の名門校だった。件の演奏会で関係者が来ていた学校である。
日本に定住すると言っても、中学生の俺に一人暮らしをさせるわけにもいかない。俺もドイツに定住するよ、という意見はあっさりスルーされて学校に隣接している寮に入ることになったのだが……。
「なんでって……君のルームメイトだからだよ、月島秋人くん?」
寮の管理人に指示された部屋には、数ヶ月前にはじめて会話を交わした東城陽介がいたのだ。
部屋の奥に洗面所だけがあるワンルーム。両方の壁際にシングルベッドがひとつずつ置いてあり、東城は俺から見て左側のベッドに座っていた。
「おまえもここに進学したのかよ」
床に荷物を下ろして向かい側のベッドに座ると、東城は読んでいた雑誌を閉じて顔を上げた。
音楽雑誌、か? よく見えなかったけど。
「まぁね。ここは頻繁に現役のピアニストが講師として来てくれるって有名だし」
「ふーん……」
少し、だけ。ほんの少しだけ安心したかもしれない。
言葉の心配はないけど、日本にはあまり知り合いがいないから。こいつのことはよくわからないけど、そんなに悪い奴にも見えないし……。
「で、月島はどうしてここに? ヨーロッパに住んでるって聞いたことあったんだけど」
「え? あぁ、なんて言うか……親がどうしても俺に日本に定住してほしいらしくて」
「親?」
ちょこんと首を傾げた東城。それがやっと東城を年相応に見せた。
「月島の親ってなにしてる人なんだ?」
「母親がピアニストなんだ。離婚してるから父親には会ったことない……と言うか、すぐに死んだらしいから顔も知らないけど」
「は? 死んだ!?」
薄く笑顔を浮かべて話を聞いていた東城が突然変な声を出した。ずっと穏やかに話していた東城の声が裏返る。
この話になるとたいていの奴が同情したり言葉を濁したりするんだけど、こいつは純粋に驚いているように見えた。
一瞬の重い沈黙のあと、はっとしたように表情を取り繕った東城が声のトーンを戻す。
「悪い、大きな声出しちゃって。ちょっと驚いてさ」
「……べつにいいけど」
申し訳なさそうな顔をする東城は……悪い奴ではないけど、ちょっと変な奴なんじゃないかなぁと思った。
「そうか、亡くなって…。嫌な話させちゃったな」
「いいって、会ったこともない人の話だし」
俺にとっては母さんだけが唯一の家族だ。そりゃあ両親が揃ってる家族が羨ましいと思ったことはあるけど、物心がつく前に死んだ父親に対して愛着があるわけもないし。
東城はしばらく神妙な顔をしていたが、ぱっと笑顔を取り戻してベッドから腰を上げた。
「でも嬉しいよ。まさか月島と同じ学校で……しかもルームメイトになれるなんて思ってなかったからさ」
「!」
俺の目の前に座り込んだ東城が、おもむろに俺の手に触れてくる。
指先から手の甲、手首までをゆっくり撫でられてくすぐったかった。
「これからよろしくな、月島」
次いで肩を掴まれ、自然な流れで抱きしめられる。東城の肩口に顔を押しつけられる形になり、俺は混乱した。
おかしいな、日本人はスキンシップがあまり好きじゃないって聞いてたのに。
でもどうしてか、こいつに抱きしめられて嫌な気持ちにはならない。同世代でピアノをしてる奴らは俺のことを値踏みするように見てくることが多いけど、東城にはそれがないからかもしれないな。
「日本人でもこういうことするんだな」
「え?」
「ハグだよ。日本ではハグは挨拶じゃないって聞いてたから」
ぎゅっと抱きしめ返してから目を合わせると、きょとんとした顔になって見つめ返してきた。
あ、あれ? 俺、もしかしてなにか間違えた?
「東城……?」
「なぁ、月島」
焦っていると、東城がいきなり真剣な顔を作った。
「他の奴にはハグなんてしなくていいからな」
「え?」
「その……慣れてないからさ」
言葉を選びながら俺を説得する東城は、自分を納得させているようにも見えた。
慣れてない…? いやまぁ、それはそうだろう。わかってるんだよ、それは。
「おまえはいいのかよ、男にハグなんかされても嬉しくないだろ?」
日本人はこういうスキンシップをしないらしいけど、俺がこいつ好みの美少女だったなら話は違ったかもしれない。いや、それでもまともに顔を合わせて二回目でハグはおかしいか…?
東城は小さく首を傾げ、幼い子どもにするように俺の頭を撫でた。ちくしょう、さっきも思ったけど指長いな。
「俺はいいんだよ。月島のこと好きだし」
「好き、って」
それはどういう意味で言ってるんだろう?
嫌いではない、ぐらいの意味か? それともそのままの意味でとってもいいのだろうか。
「……月島は真面目だなぁ」
「は?」
それこそ真面目に考えていたのに、東城は喉の奥で低く笑ってようやく俺から離れた。
「冗談だよ。改めてこれからよろしく、月島」
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