革命のエチュード

鳴真 のわか

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ふたりの愛憎編

02.救いの手 ──秋人

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日本での学校生活と寮生活が始まり、俺は信じられないぐらいに疲労していた。
まず、日本語。話す分には問題ないと思うんだけど、筆記になると微妙なニュアンスで躓くことが何度かあった。学校はずっとドイツで通っていたから、日本独特の学校のルールというものにもついていけていない気がする。

「月島? この書類、提出期限は明後日だよ」
「……そうだっけ」

そんな時、ルームメイトになった東城がいつでも助けてくれている。東城はどうやら相当お人好しらしい。
いまもなぜか俺のプリントや提出書類のチェックをしてくれていた。

「ドイツ語で書いてもいいけど、日本語の方が先生は助かるって。書ける?」
「Hmm... 大丈夫、だと……思う。ゆっくり書く」
「そう? わからないところがあったらいつでも聞いて」

にこっと笑った東城が自分の机に戻っていく。
やっぱり筆記になるとちょっと難しいな…。ドイツ語……いや、せめて英語で…。

「……東城」
「うん?」

いや、駄目だ。最初から甘えたら駄目だ。特別扱いされるっていうのもあまりいい気がしない。
机に向かう東城の肩を軽く叩き、持っていたプリントを机の上に置いた。

「あの、ここ…。名前を書けばいいってこと? 自分の?」
「そうそう。あー、この文章の書き方だとちょっとややこしいよなぁ」

東城は誰にでも優しいようだったが、俺に対しては更に優しいような気がした。
まぁでも、同室の奴がこんな書類一枚書くのに手こずってたら口を出したくなるよな…。ずっと日本にいたであろう東城からすれば日常生活でも理解できないところで躓いてるんだろうし。

「月島ってハーフ……では、ないんだっけ?」
「あー、違う違う。クォーターってやつ。母さんが日独ハーフなんだよ」
「そっか、それじゃあその髪と肌の色はお母さん譲りなんだな」

東城の指先が俺の前髪を撫でる。
俺の髪は母さんと同じ亜麻色で、肌も日本人にしては白い。そういう意味でもドイツにいる時の方が落ち着くんだよな。

「…って、なんで急にそんなこと?」
「いや、なんとなく? 純粋な日本人ではないだろうけど、どうなんだろうなーって思っただけ」
「ふぅん?」

そりゃあ気になるか、そうだよな。
なんてったって物心がついたころから何度もされてる質問だ。なぜか東城は聞いてこないもんだと思い込んでたけど…。

「月島、譜読み中? あ、バッハの平均律だ。ここは俺の先生がもうちょっと速く弾くようにって言ってたけど、月島はどう思う?」
「俺はあえて遅くするかな。バッハは構造が完璧だから。感情を乗せるためには少し呼吸が必要っていうか」
「なるほどなぁ」

気に食わないと思っていた東城だったけど、俺が思っていた以上にイイヤツだったせいで暗い感情はすぐに消えていった。
東城のピアノの実力はもともと認めていたところでもあるので、次第に音楽の真面目な話もするようになり…。なんと言うか、いい友達? みたいな関係に落ち着き始めている。

「なぁ、月島。ドイツでの生活って楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。ピアノを弾くには最高の環境だったし、母さんがヨーロッパ中のいろんな場所に連れて行ってくれて…。たくさんの音楽を聞かせてくれたことには感謝してるかな」

俺は東城と様々な話をした。
音楽のことはもちろん、ヨーロッパで俺が見てきたもの。聞いたもの。
東城はなんでも興味深そうに聞いてくれたから、言語関係なく話すこと自体があまり得意ではない俺もうっかり話しすぎてしまうほどだった。


***


入学して二ヶ月ほどが経ち、春が終わって梅雨に入った。話には聞いていたが、梅雨時期の日本の湿気は予想以上に酷い。
毎日なんとなく頭が痛くて、なんとなく身体がダルいような気がしていた。

「月島、大丈夫か?」

とある晩のこと、東城に身体を揺さぶられて目が覚めた。
東城は心配そうな顔をして俺を見下ろしている。なにか夢を見ていた、ような。

「とぅ、じょ……? Wo ist es(ここはどこ)……んん、…ここ、は…」
「日本だよ。ミュンヘンじゃなくて俺たちの部屋」

俺たちの、部屋。
なんだか少し残念に思って目を閉じると、東城の手が額に触れてきた。

「大丈夫か? 結構うなされてたぞ。……最近、全然眠れてないだろ」
「……だい、じょぶ……」

本当は全然大丈夫ではない。許されるならば、いますぐドイツに帰りたい。
雨音がうるさい。湿気で頭がすっきりしない。頭が痛い。
口から出た自分の声が掠れているのがわかったけど、かろうじて日本語が話せているから許してほしい。

「なぁ、月島。いっしょに寝る?」
「……は?」

もう一度目を開けると、東城がさっきまでと全然表情を変えずに俺のことを見ていた。
暗闇の中で見る黒い瞳には光がなくて感情が読めない。

「な……っなん、……え?」
「うん、いっしょに寝よう。ほら、人肌を感じれば安心するとか言うしさ」
「ちょっ…! 入ってくんなよ!」 

俺は「Ja(はい)」とも「Nein(いいえ)」だとも言っていないのに、東城が勝手に掛け布団を捲り上げて中に入ってくる。

「狭いな……」
「あっ…、当たり前だろ! シングルなんだから!」

小さな子どもならまだしも、中学生にもなった男二人が寝られるような大きさではない。
しかし陽介は俺の言葉を全て無視して背中にくっつき、腹辺りに腕を回してきた。俺よりも少し高い体温に包まれる感覚にドキッとする。

「月島、これで寝られそう? 今度はいい夢見られるといいな」
「……ん」

俺の後頭部に顔を埋めながら、東城がなにかしらモゴモゴと言っている。
あぁ、悔しい。本当に落ち着いてきてしまった。
もうずっと遠い記憶、本当に幼いころのことを思い出す。母さんはいつも仕事で忙しかったけど、たまに同じベッドで眠れる日はこうして抱きしめてくれたっけ…。

「おやすみ、月島」
「……おやすみ」

その晩、俺はもう嫌な夢を見なかった。
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