革命のエチュード

鳴真 のわか

文字の大きさ
37 / 48
合同家族会議編

37.不協和音 ──陽介

しおりを挟む
通されたのは広い個室だった。都会の夜景が一望できるロケーションで、クリスタルのシャンデリアが煌めいている。
席順は自然な流れで父さんと母さんが並んで座り、父さんの正面に秋人。母さんの正面に俺が座る形になった。

「とりあえずシャンパンでいいか? エマの好きな銘柄があったはずだ」
「あらそう? あなたが私の好みを覚えていたことなんて一度もなかった気がするけれど」
「ははっ、手厳しいなぁ。でも君のそういうところも好きだよ」

父さんはめげない。鋼のメンタルなのか、人の話を聞いていないだけなのか。たぶん後者だ。
母さんは父さんの顔だけをじっと見つめている。たぶん「顔はいいのに喋ると台無しね」とか思ってるんだろうな。俺も正直そう思う。

「……なぁ、秋人。この店、高そうだな」

目の前で繰り広げられる凄まじい温度差の会話を聞き流しながら小さな声で秋人に声を掛ける。秋人の視線は正面に固定されていた。

「うん、結構いい店だと思う。制服で来いって言われたからなんとなく予想してたけど、ドレスコードがある店だったんだな」
「だよな…。父さんの給料で足りるのか? ただの美術教師なのに」
「んー、どうなんだろ?」

そうこうしている内に父さんがボーイさんに目配せをし、とんでもなく高そうなボトルが運ばれてきた。酒のことはよくわからないけど、きっと高いに違いない。
俺と秋人の前にあるグラスにはノンアルコールのスパークリングが注がれた。

「それじゃあ、久し振りの再会に。乾杯」
「乾杯」

グラスが触れ合う音がやけに高く響く。いよいよ始まるんだな、「家族会議」が。
運ばれてきた前菜は、皿の余白の方が大きいような……なんと言うか、芸術的な料理だった。なんだっけこれ、テリーヌっていうんだっけ?
フォークの選び方に戸惑っていると、秋人が自然な動作でカトラリーを手に取りつつ目配せしてきて「外側からだよ」と声には出さずに教えてくれる。
秋人の所作は完璧だった。背筋が伸びていて、カチャリとも音を立てずに美しく食べる。その姿を父さんがうっとりとした目で見つめていた。

「どうだ秋人、美味いか?」
「うん、すごく美味しいよ」

食事を進めながら笑顔で感想を伝える秋人は、名前もよく知らないような大人を相手にした時によく見る穏やかな顔をしている。
俺はただ黙々と目の前にある食べ物を口に運んでいった。早く寮の部屋に帰って秋人と二人きりになりたい。

「そうかそうか。やっぱり美しい空間で美食を味わうっていうのは感性を磨く上で重要だからな」

父さんは満足そうにワイングラスを揺らした。
なにかすごく価値のある芸術品を眺めているような目で秋人を見ている。

「食事する姿まで美しいんだな、秋人。やっぱり住む世界が違うんだなぁ」

カチンときた。またそれか。
自分のことを卑下するのは勝手にしたらいいが、秋人のことを別次元の存在みたいな言い方をしないでほしい。
秋人は俺の隣にいる。ただ美しいだけの存在じゃない、ちゃんと血が通った人間なのだ。
言い返そうと口を開きかけた時、テーブルの下で秋人の靴が俺の足をこつんと蹴った。はっとして横を見ると、秋人はニコニコと美しい笑顔を父さんに向け続けている。

「そうかな? 陽介だって食べるの綺麗だよ。箸の持ち方なんてすごく上手だし、見習いたいなって思ってるぐらいだけどね」
「箸の持ち方ねぇ。まぁ、確かにそれは厳しく躾けたけどな」

馬鹿にされている。完全に。
口を開こうとすると、秋人が俺の膝に手を置いてギュッと握りしめてきた。「我慢して」ということだろうか。
やっぱり秋人は大人だなぁ、俺もこうやって上手く対処出来るようになれればいいんだけど……と思っていたら。

「Merde...(クソが…)」

秋人が低い声で小さく呟いた。 聞き慣れない言葉だけど、その声のトーンからろくな意味じゃないことはわかる。ドイツ語か?
まぁでも、父さんに聞こえない程度の音量だったし。実際父さんは気付いてないみたいだし。俺もスルーしようとした、その時。

「Akito! Achte auf deine Sprache!(秋人! 言葉遣いに気を付けなさい!)」

俺の正面に座る母さんがいきなり鋭い声で叱りつけた。おそらくドイツ語で。
秋人が「ひっ」と肩を跳ねさせて縮こまる。

「Dachtest du, es sei in Ordnung, im Französischen Slang zu verwenden? Wer Schimpfwörter benutzt, verunreinigt auch sein eigenes Herz!(フランス語ならスラングを使っても大丈夫だと思ったの? 汚い言葉を使うと心まで汚くなるわよ!)」
「Es tut mir leid, Mama...(ごめんなさい、母さん…)」 

秋人が弱々しい声で返事をする。
母さんは般若のような顔で怒っていたが、秋人が素直に謝ったのだろう。満足そうに笑顔を浮かべて、あっさりと怒りを引っ込めた。
……び、びっくりした! この人、あんな顔して怒るのか…!
ドイツに滞在していた時はずっとニコニコしてたから知らなかったなぁ。秋人も怒ったらあんな顔になるのかな。

「なんだ? どうしたんだ?」
「なんでもないわ、少し躾をね。……それで、今後の話ってなんなの? 私、これでもツアー中で忙しいんだけど」

困惑する父さん(たぶん俺も同じような顔をしていそうだ)をあしらい、母さんが一気に話の方向を正した。

「あぁ、そうだな。今日集まってもらったのは他でもない。今後のことについてだ」

父さんが姿勢を正して座り直し、ようやく本題を切り出した。
思わず膝にある秋人の手を握りしめる。いったいなにを言い始めるつもりだ…?

「俺はずっと後悔していたんだ。美しいエマと別れてしまったこと、そして……双子を引き離してしまったことをな」

カチャ、と食器がぶつかる音が響く。ずっとスムーズに動いていた秋人の手が止まっていた。

「本来、双子というのはセットであるべきだ。対になる美しさ、それが揃って初めて完成される芸術なんだよ。それなのに俺たちの都合で離れ離れにさせてしまった」
「……なにが言いたいの?」

母さんがフォークを置き、ナプキンで口元を拭ってから父さんを見る。
父さんは自信満々に微笑み、とんでもないことを口にした。

「やり直さないか? 俺たち四人で、もう一度家族になろう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

おめでとうが言えなくて

まめなぎ
BL
祝えないのは、最低だからじゃない。 まだ手放せていないからだ。

【本編完結】水曜日の迷いごと

咲月千日月
BL
人知れず…心に抱えているもの、ありますか? 【 准教授(弁護士) × 法科大学院生 】 純粋で不器用なゆえに生き辛さを感じている二人の、主人公目線からの等身大ピュア系ラブストーリーです。  *現代が舞台ですが、もちろんフィクションです。  *性的表現過多の回には※マークがついています。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

僕の目があなたを遠ざけてしまった

紫野楓
BL
 受験に失敗して「一番バカの一高校」に入学した佐藤二葉。  人と目が合わせられず、元来病弱で体調は気持ちに振り回されがち。自分に後ろめたさを感じていて、人付き合いを避けるために前髪で目を覆って過ごしていた。医者になるのが夢で、熱心に勉強しているせいで周囲から「ガリ勉メデューサ」とからかわれ、いじめられている。  しかし、別クラスの同級生の北見耀士に「勉強を教えてほしい」と懇願される。彼は高校球児で、期末考査の成績次第で部活動停止になるという。  二葉は耀士の甲子園に行きたいという熱い夢を知って……? ______ BOOTHにて同人誌を頒布しています。(下記) https://shinokaede.booth.pm/items/7444815 その後の短編を収録しています。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

処理中です...