革命のエチュード

鳴真 のわか

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合同家族会議編

38.音楽素人の美意識 ──陽介

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──時が止まった気がした。
やり直す? 四人で?

「俺は離婚してからもずっと君のことを想っていたよ、エマ。そして成長した息子たちを見て確信したんだ。この家族は美しい、再生させるべきだとね」
「……なにを言ってるの? 正気?」
「大真面目だよ。見てみろ、この美しい息子たちを!」

父さんが両手を広げて俺と秋人を示した。

「俺たちの遺伝子は最高の芸術を生み出した! これは奇跡だ! 二人が並んでいる姿を見て確信したよ、やはり俺たち家族は一つになるべきだと!」

興奮気味に捲し立てる父さんがなにを言っているのか、本当にわからない。理解できない。
父さんのことを理解できたことの方が少ないが、今回は更に理解ができない。

「それに、そう。君の美しさを一番理解しているのは俺だよ、エマ。考えてみてくれないか?」
「お断りよ」

母さんの回答は秒速だった。食い気味ですらなかった。
ワイングラスをぐいっと煽り、一気に空にしてしまう。

「絶対に嫌。死んでも嫌。生まれ変わってもお断りだわ」
「なっ……なぜだ!? 君だって俺のことが好きだったはずだろ!?」
「そうね、顔はいまでも好きよ。でも性格が無理、生理的に無理」

母さんは完全に目を座らせてしまっている。
さっき秋人を一喝した時とは違う、静かな怒りを滲ませて父さんを睨み続けていた。

「だいたい、なにが『やり直そう』よ。あなたがやりたいのは『美しい家族ごっこ』でしょう? 私たちを自分のコレクションに戻したいだけ」

母さんの言葉は鋭いナイフのように父さんを切り裂いているようだった。すごいな、一切容赦がない。
父さんはショックを受けたように口を開けて固まっている。

「そんな……コレクションだなんて。俺は君を愛してるよ、見た目だけではなく中身も」
「……そうね、それは嘘じゃないんでしょうね。今日のあなたの話からは全然伝わってこないけど」

おや? と思った。本当にそうなのか?
さっきから父さんは見た目のことばかり褒めている気がするけど…。

「でも秋人を褒めるために陽介を落とすような言い方をするのも気に食わないわ。あなたにそのつもりがなかったもしても、よ。私の息子たちは二人共素晴らしいのよ、ケチ付けないでくれる?」
「母さん……」

思わず声が出てしまった。
これが親から子どもへの愛情ってやつなのか、もしかして。俺がずっとずっとほしくて、結局手に入れられないと思っていたもの。

「……っ、秋人、陽介」

母さんを説得することを諦めたらしい父さんが俺たちに標的を変えた。
縋ってくるような瞳が情けない。この人への期待を捨てられなかった過去の自分が可哀想だ。

「おまえたちだけでも寮を出て俺の家で暮らそう。うちの実家を土地ごと譲り受けることになってな、防音室のリフォームも手配済みだ。もちろんグランドピアノを買ってやる。スタンウェイがいいか? どうだ、悪い話じゃないだろう」

家にグランドピアノを、そして防音室を作ってくれる?
父さんが簡単に口にした言葉は、俺がずっとずっと引き出せなかったものだった。

「……ふざけんな」
「陽介?」

隣にいる秋人が名前を呼んでくる。
でももう止められなかった。頭の中で泣いている幼い自分のためにも。

「グランドピアノ? 防音室? ……今更なんだよ、そんなの。俺が泣いて頼んでも『必要ない』って切り捨てたくせに!」

ピアノ教室の先生に頼んでなるべく長めに教室にあるグランドピアノに触っていた。時間を見つけては学校の音楽室に引きこもっていた。
コンクールで弾くピアノはグランドピアノだから、家にある電子ピアノだと調子が狂うのだ。
何度も何度も説明した。でもこの「調子が狂う」という感覚を上手く言語化できなくて、ピアノ教室の先生にも話をしてもらったりもしたのだ。
でも父さんは結局理解してくれなくて、それならばと中等部から寮があるいまの学校を選んだ。私立だから学費のことを言われるのはわかってたから、必死で特待生の枠を掴み取って……それなのに。

「待ってちょうだい、ピアノも買ってあげなかったの?」

母さんが素っ頓狂な声を出す。
それを見て父さんが不思議そうな顔で首を傾げた。本当になにを言っているのかわかっていないような顔だ。

「まさか。ピアノは買ってやったよ、ピアノを習い始めた時にな」
「そうだな、お手頃価格の電子ピアノを買ってくれたな」
「はぁっ!?」

食い気味にリアクションしたのはやっぱり母さんだった。
そうか、知らなかったのか…。いや、まさか本気でピアニストを目指す人間の家に電子ピアノしかないだなんて思わないよなぁ。

「信じられない…! 電子ピアノ!? 本気で言ってるの!?」
「どうしたんだ、エマ。そんなに怒らなくても…。俺たちの最高傑作なら電子ピアノだろうがグランドピアノだろうがピアニストになれるに決まってるだろ?」

またそれか。そういう問題じゃないってずっと言ってたのに。
おそらく死んだ目をしているだろう俺には気付かず、父さんがまた妙な抑揚をつけながら俺の目をまっすぐ見て語り始める。

「俺が画家を目指していた時、高い絵の具がないと描けないって言い訳して逃げた。でも陽介は違った! 電子ピアノでも文句ひとつ言わず、素晴らしい演奏をしてたじゃないか!」
「……は?」

自分でもびっくりするぐらい低い声が出た。
場の空気が止まった気配がする。この男、なんだかとんでもないことを口にしなかったか?

「文句は……言ってただろ……」

なにを言っていいかわからず、ただ呆然と呟いた。
文句はめちゃくちゃ言っていた。そりゃもう言いまくってたけど、この人には全部聞こえてなかったんだろうか?
でもなんか……え? 素晴らしい演奏をしてた、って。俺のピアノなんかに興味ないと思ってたのに。
そんな言い方をされたら話が変わってくるというか、これじゃあただの親馬鹿みたいって言うか…?
なにかを察したらしい母さんが、大きな溜め息をついてから口を開く。

「……そうね、陽介の演奏は素晴らしいわ。家に電子ピアノしかないなんて夢にも思わないような演奏よ」
「そうだろう!? 昔からピアノ教室の先生にも何度も褒められたんだよ。陽介には才能がある、と…! 安いピアノでもスタインウェイみたいな音が出せる、それが陽介だ! 弘法筆を選ばず、ってやつだな!」

グランドピアノは場所もとるしなぁ! と笑う父さんに、いよいよ母さんが頭を抱えてしまった。
もしかしてこの人、音楽素人なりに俺のことをめちゃくちゃ過大評価してただけの人だったってこと──か!?
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