革命のエチュード

鳴真 のわか

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ラスボス対決編

31.キミはトクベツ ──秋人

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しばらく黙って抱きしめ合っていると、陽介がふと顔を上げて目を合わせてきた。

「なぁ、秋人」
「ん?」
「昼間……その、泣いてただろ? あれはどうして?」
「…っ!」

陽介を慰めていたつもりでいたから、急に痛いところを突かれてびっくりしてしまった。
自分で『mehrdeutig(曖昧)』はナシって言ったんだ。誤魔化すこともできない。

「えぇと……母さんは、さ。ずっと父さんのこと嫌いだと思ってたんだよ。『父親は離婚してすぐに死んだ』なんて嘘をつかれてたってことがわかってから。でも実際に父さんの話を聞いてみたら褒め言葉がたくさん出てきたんだ。だから、離婚はしたけど悪い人ではないんだろうなってなんとなく思ってて…」

ドイツに行く前、レッスン室で母さんと電話をしたことを思い出す。
あの時の母さんは懐かしむように、優しい声で話していた。あれが嘘だなんて思いたくない。

「でも今日、父さんに会って話をして……わからなくなって……」

わかりやすく話せているだろうか。陽介を誤解させていないだろうか。
陽介と違って言葉を選ぶという作業があまり得意ではないけど、それでも精一杯の配慮を意識する。

「確かに父さんも同じことを言ってたよ、『いまも愛してる』って。でもなんか、思ってたのと違った……と言うか」
「うん……まぁ、そうだよな。ごめん」
「いいよ、陽介が謝ることじゃない」

右手で頬に触れ、一瞬だけ唇を重ねる。陽介が驚いたように目を見開いた。
……よし、大丈夫。ちゃんと話せる。
目を閉じてゆっくり深呼吸して、改めて陽介と目を合わせた。

「あの……俺、あんまり見た目のこと言われるの得意じゃないんだ。父さんがどうとかじゃなくて、誰にでも」
「……うん」
「悪口じゃないっていうのはわかってるんだけど、なんか…。俺が努力して得たものでもないから、そこを褒められてもどうすればいいのかわからなくて」

ありがとうって言えばいいのよ、と母さんに言われたことがある。だから子どものころはずっとそうしてきた。
でもなんだかそれもイヤミっぽく聞こえると知ってからは、なるべく無愛想に振る舞うようになった。
ドイツで見たアルバムで、どんどんつまらなそうな顔になっていった自分の顔を思い出す。陽介はあの写真たちを父さんに見せられてどう思っていたんだろう。

「ごめん……ごめん、陽介。いまもイヤミっぽく聞こえて陽介のこと傷付けてるかもしれな、…っんん、いや。この言い方もちょっと……」
「秋人、大丈夫。大丈夫だから続けて、ゆっくりでいいから」

右手で目元を覆いながら言葉に詰まっていると、その手をそっと両手で包まれた。ゆっくり顔を上げると、真剣な顔をした陽介が話を続けるようにと促してくる。
一瞬だけ目を閉じてから、ゆっくり深呼吸をして口を開いた。

「……嫌だった、父さんに見た目のこと褒められるの。もっと……もっとこう、ピアノのこととか…。えぇと……違う、俺のピアノを聞いてくれてないかもしれないから……。好きな食べ物の話とか、いまは身長が何センチだよとか。見た目の話じゃなくて、そういう話をしてみたかった。父さん、画家志望だったんだろ? だったらそう、好きな画家の話でもいい。俺も綺麗なものを見るのは好きだし、母さんといっしょに何度もヨーロッパにある美術館、に……」
「……秋人?」

また言葉が詰まってしまい、陽介が心配そうな顔で名前を呼んでくれる。
あぁ、そうか。俺のこういうところがいろんな人を嫌な気持ちにさせてきたのか。

「ごめん、なし。いまのナシ。忘れて」
「え? どれを?」
「……美術館の話。行ってない、美術館なんて行ったことない」

陽介の顔を見ていられなくて、肩口に額を押し付けて視線から逃げた。
気付かなかった。ドイツで母さんに写真を見せてもらった時に気付くべきだったんだ。

俺が母さんに与えてもらったものは、もしかすると陽介が与えてもらうはずだったものなんだ。

もしかしたら陽介は俺がドイツ語を口走る度に嫌な気持ちになっていたかもしれない。中学の時、何度かヨーロッパでの話をしたけどそれも嫌だったかもしれない。
なにを話していいのかわからなくなってしまって、完全に言葉が出てこなくなってしまった。

「なぁ、秋人。抱きしめてもいい?」
「……っん、いいよ。抱きしめて、強めに」

言うが早いか、陽介が背中に腕を回し直して力強く抱きしめてきた。
俺も同じように陽介の背中に腕を回す。お互いの体温と心臓の音が重なって気持ちいい。

「あのな、それはもういいんだよ。そりゃあまだ完全に吹っ切れてないところもあるけど…。秋人、日本語の他にドイツ語を話せるだろ? あと英語も上手いよな」
「ん、うん…?」
「それって秋人の努力の成果でもあると思う。だって、勝手に喋れるようになったわけじゃないだろ? ピアノだってそうだ。天才だ神童だって言われて育ってきたと思うけど、秋人はめちゃくちゃ努力してる。得意な曲だって何度も譜読みするし、放課後だってギリギリまでレッスン室にいるし。母さんにそうするように言われてきたのかもしれないけど、誰にでもできることじゃないよ。環境……に、恵まれてたっていうのは事実だったとしても」

胸の真ん中辺りがふわっと温かくなった気がした。
……うん、もういい。もういいや。陽介がそう言ってくれるんなら、俺は俺が与えてもらえたものを否定するのをやめよう。

「ごめん……俺、陽介みたいに上手に話せなくて」
「ははっ、そうだな。秋人は感情が昂ると上手く言葉が出なくなると言うか…。他の言語だとそうでもなかったりする? 日本語で秋人と口喧嘩したら負ける気がしないなぁ」

よかった、陽介の声が優しくなった。やっぱり俺は陽介のこの声が好きだな。
涙が出そうになるのをなんとか我慢しながら目を閉じ、背中に回した腕に力をこめた。

「……父さん、俺が母さんに似てるからたくさん褒めてくれてたのかな」
「あー、うーん。どうなんだろうな。あの人、『美しいもの』への執着が尋常じゃないから…。秋人のことは母さんの存在を抜きにしても褒め称えるとは思うけど」
「そ、っか…」

喜んでいいところじゃない、よな。これは。
今日はせっかく父さんと会えたのにな…。いろんな話をしてみたかったな。

「……秋人、一つ聞いてもいいか?」
「ん?」
「その…。たとえばさ、俺が秋人の見た目を褒めたらそれも嫌だったりする?」
「……え?」

びっくりした、予想外の質問をされてしまった。
即答できなくて押し黙っていると、陽介が慌てて身体を離して顔を覗き込んできた。

「その……俺、秋人のことを本当に綺麗だと思ってて…。亜麻色の髪も、長い睫毛も、ちょっとタレた目も可愛い。肌が白いから顔が赤くなったらわかりやすいし、気持ちいいのを我慢してる時にキュッて力が入った唇が震えてるのとか」
「Warte einen Moment!(ちょっと待て!)」

陽介がいきなり長々と俺のことを褒め始めて、さすがに恥ずかしくて両手で陽介の口を塞いでしまった。

「待っ……や、なに…!? なんで急にそんな」
「……やだ? こういうのも」
「…っ…!」

わざとなのだろうか、これは。わかってて聞いてきているのだろうか。
判断がつかなかったけど、眉を下げて不安そうな顔をされてしまうと邪険に扱うわけにもいかなくて…。

「……っよ、陽介は……トクベツ。でも恥ずかしいからあんまり言わないで…」
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