革命のエチュード

鳴真 のわか

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ラスボス対決編

30. 大好き ──秋人

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俺は甘やかされて育ったのかもしれない、と思った。
父さんは見た目は陽介に似てたけど、陽介とは違った。確かに母さんを、母さんのピアノを愛してくれてはいたけど俺が思っていたのとは違った。
母さんは気付いているのだろうか? 気付いてしまったから離婚したのだろうか?

「おやすみ、秋人」
「あっ…。うん、おやすみ」

寮に帰ってきてから陽介は一言も話してくれなくて、今日は同じベッドに眠ることもできなさそうだった。久し振りに潜り込む自分のベッドは広く感じて、陽介の体温がないせいで寒い気もする。
目を閉じると父さんの顔が思い浮かんだ。父さんは俺のことをたくさん褒めてくれたけど、なんだか素直に喜べなかったな。
寝返りを打って陽介のベッドの方を見る。陽介はこっちに背中を向けてしまっていた。
なるべく音をたてないようにベッドから下り、陽介のベッドに右膝だけをのせる。

「……陽介?」

そっと名前を呼ぶと、肩が小さく揺れた。

「あの……今日は、しない?」
「……いいよ、無理しなくて。今日は疲れただろ? 早く寝た方がいいよ」
「俺に触るの、やだ?」

自分で口にしたくせに傷付いてしまった。
嫌だって言われたらどうすればいいんだ? いや、そんな気分じゃないって言われる可能性だってある。
陽介の返事を待っていると、ゆっくりと身体を起こして目を合わせてきた。

「それは秋人の方なんじゃないか?」
「え?」
「父さんが結婚前に母さんにしてたこと、俺が秋人にしてたことと同じだった。……思い出しちゃっただろ?」
「…っ…!」

昼間の父さんの声が、表情が蘇る。
そんなことないよ、と言わなきゃいけない。だって陽介は変わってくれたんだから。
陽介は父さんとは違う。父さんは母さんのことを本気で愛した瞬間なんてなかったみたいだから。

「違う…! 違うよ、陽介は違う」
「違わない。中学に入る前、コンクールの舞台裏で秋人に話し掛けられて…。これならイケるって思ったんだよ、すぐ手懐けられるって」
「…っ…!」

胸が締め付けられるみたいに痛んだ。
やっぱり改めて言葉にされるとキツい。わかってたはずなのに、あのころの優しい陽介は全部嘘だったんだってもう一度言い聞かされてるみたいで。

「ごめんな、びっくりしたよな。……俺が生きてきた世界、アレなんだよ。せっかく秋人がドイツで綺麗なものをたくさん見せてくれたのに……俺にはなにもない」

陽介の声が震えている。俯いてしまって表情が見えなくて、泣いているんじゃないかと思った。

「や……っ、やめて!」

でも伝えなきゃいけない。怖がってる場合じゃない。
陽介の両肩を掴むと、大きく身体を震わせてから顔を上げた。
よかった、泣いてはなかったみたいだ。

「俺は陽介のこと好きなんだよ、世界でいちばん好き…っ! 俺が好きな人の悪口言うな!」
「……は?」
「いくら陽介でも許さない! 陽介の悪口言うなよ!」
「どっ……どういう、意味?」

陽介が目を丸くしている。
伝わってない? 日本語がおかしいかな?
頭が熱くなって冷静に考えられない。文法が組み立てられない。
ドイツ語で流れてくる感情をどうにか日本語訳して、せめて陽介にだけは伝わるような言葉を選んで…。

「なぁ、陽介。ちょっとだけでもいいから自分のこと好きになって…? 本当はちょっとだけじゃ嫌だけど……全部好きになってほしい、けど」
「……自分の、ことを……」
「そう、そうだよ。陽介が自分のこと……あの、なんと言うか……悪く言う? というか。それをされる度、俺も悲しくなるから」

そっと包み込むように陽介の頬を両手で包む。
大好きな黒い瞳が潤んでいるように見えて少しドキッとした。

「陽介は父さんとは違うよ。だって陽介は俺の……その、見た目だけが好きなわけじゃないだろ?」

これはあまり口に出したくなかったけど、仕方ない。そんなことを言っている場合じゃない。
陽介がはっとしたように目を見開いた。

「あ…っ、当たり前だろ!」
「うん、ちゃんと伝わってる。……だから違う、父さんとは全然違うよ」

そっと顔を近付け、互いの額を合わせる。
陽介が小さく、長く息を吐いた。背中に腕が回ってきて、優しい力で抱きしめられる。

「……ごめん。これからは自分の悪口言わないようにするよ、なるべく」
「絶対!」

自信がなさそうに出された語尾を否定するように声を被せると、陽介が脱力したように肩口に顔を埋めてきた。

「あー、うーん。いまのはその、日本人的なアレであって…」
「駄目だよ、陽介。俺はほぼドイツ人みたいなもんだからそういうのは通じないからな! mehrdeutig(曖昧な)……えぇと、アイマイ? そういうのナシ!」

俺も陽介の背中に腕を回して抱きつくと、耳元で小さく笑う声が聞こえた。……勝った、か?

「わかったよ、絶対。絶対言いません」
「Gut gesagt!(よく言った!)」
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