3 / 28
3
しおりを挟む
ガタガタと揺れる馬車が、ついに停止しました。
王都を出発して数週間。緑豊かだった車窓の景色は、いつしか赤茶けた岩肌と、ひび割れた大地へと変わっていました。
「お、お嬢様……着いてしまいました。ここが、王太子殿下の命じた『嘆きの荒野』です。……ヒィッ、なんて恐ろしい光景。命の気配が全くしませんわ!」
侍女のアンが窓の外を見て、真っ青な顔で震えています。
一方、ユーリは馬車のドアが開くやいなや、ドレスの裾を豪快にまくり上げて飛び降りました。
「す、素晴らしいわ、アン! 見てちょうだい、この極限環境を!」
ユーリは地面に膝をつくと、愛用のスコップ『エクス・シャベル』を無造作に突き立て、土をひと掬いして鼻を近づけました。
「くんくん……。なるほど、鉄分が豊富で強アルカリ性。おまけに保水力はゼロに等しい。まさに『植物たちの地獄』……。最高のご馳走じゃないの!」
「お嬢様、土を嗅がないでください! 公爵家令嬢の尊厳が砂埃と共に消えていきます!」
「尊厳でお花が育つならいくらでも捨てますわ。アン、早く私の特製魔力肥料の樽を下ろしてちょうだい。それと、対乾燥用(ドライプランツ用)の種子セットも!」
ユーリの瞳は、ダイヤモンドよりも硬質で、かつ情熱的な輝きを放っていました。
「いい、アン? ここはただの荒野じゃないわ。私の魔力と知識で塗りつぶされるのを待っている、真っ白なキャンバスなのよ。……あら、あそこに何か生えているわね」
ユーリが指差した先には、岩の隙間から細々と生え、今にも枯れ果てようとしている一本のトゲだらけの植物がありました。
「ひどい……。あんなに痩せ細って。水分はおろか、周囲の魔力さえ吸い尽くされている。まるで、婚約破棄された後の私みたいじゃないの。親近感が湧くわね」
「お嬢様、自分をその不気味なトゲ植物と一緒にしないでください。というか、お嬢様はあんなにガリガリに萎れてません。むしろ元気すぎて怖いくらいです」
ユーリはその植物に歩み寄り、そっと指先を触れました。
「大丈夫よ、いい子ね。今、お姉さんが栄養満点の魔力をドバドバ流し込んであげるから。……『増幅・超急速光合成(ハイパー・フォトシンセシス)』!」
ユーリの手のひらから、濁流のような緑色の魔力が溢れ出しました。
本来なら、枯れかけの植物にそんな膨大な魔力を注げば、キャパシティオーバーで破裂してしまいます。
しかし、ユーリの精密な制御により、魔力は植物の細胞一つ一つに染み渡り、驚くべき変化を引き起こしました。
「ギギギ……ッ!」
植物が、ありえない音を立てて急成長を始めました。
一メートル、二メートル……。あっという間にアンの背丈を超え、鋭いトゲを無数に生やした巨大な「茨の壁」へと変貌したのです。
「……ひっ! お嬢様、それ、もはやお花じゃなくて魔物の一種になってませんか!?」
「失礼ね、アン。これは立派な『ガード・ソーン』……。私の庭を守ってくれる、頼もしい門番よ。ほら、撫でてごらんなさい。懐けばトゲを引っ込めるはずよ。たぶん」
「たぶんで触れるかぁ! ……ああっ、お嬢様、見てください! 遠くから誰か来ます!」
砂埃を上げて、数騎の馬がこちらへ向かってくるのが見えました。
先頭を走るのは、全身を黒い鎧とマントで包んだ、威圧感の塊のような男です。
「……何者だ。私の領地で、勝手に巨大な茨(いばら)を錬成している不届き者は」
その男が馬を止めると、周囲の空気が一瞬で氷点下まで下がったかのような錯覚を覚えました。
彫りの深い美貌には、近寄りがたいほどの冷徹さが宿っています。
「あら、お出迎えかしら? 私はユーリ・ド・フローリア。今日からこの荒野を世界一の花園にするためにやってきましたの」
「……フローリア? あの、王都の公爵家か。正気か、貴公。ここは私の領地、『ソーン辺境伯領』の入り口だ。そして私は、この地の主、ゼノス・フォン・ソーンだ」
ゼノスと名乗った男は、忌々しそうに、ユーリが育てた巨大な茨を睨みつけました。
「私の異名を知らぬわけではあるまい。『茨公爵』……。関わる者すべてを傷つける、呪われた血族だ。さっさと立ち去れ。死にたくなければな」
普通の令嬢なら腰を抜かして逃げ出すような殺気。
しかし、ユーリはゼノスの顔をじーっと見つめると、感極まったように叫びました。
「……まあっ! 『茨公爵』ですって!? なんて素敵な学名……いえ、お名前なのかしら!」
「……は?」
「見てください、そのトゲトゲしいオーラ! まるでサボテンの王様、金鯱(キンシャチ)のような圧倒的存在感ですわ! ゼノス様、あなた、いい腐葉土(ふようど)になりそうなポテンシャルを秘めていらっしゃいますね!」
「…………腐葉土?」
ゼノスは、生まれて初めて「肥料」としてスカウトされるという、人生最大の困惑に直面することになったのです。
王都を出発して数週間。緑豊かだった車窓の景色は、いつしか赤茶けた岩肌と、ひび割れた大地へと変わっていました。
「お、お嬢様……着いてしまいました。ここが、王太子殿下の命じた『嘆きの荒野』です。……ヒィッ、なんて恐ろしい光景。命の気配が全くしませんわ!」
侍女のアンが窓の外を見て、真っ青な顔で震えています。
一方、ユーリは馬車のドアが開くやいなや、ドレスの裾を豪快にまくり上げて飛び降りました。
「す、素晴らしいわ、アン! 見てちょうだい、この極限環境を!」
ユーリは地面に膝をつくと、愛用のスコップ『エクス・シャベル』を無造作に突き立て、土をひと掬いして鼻を近づけました。
「くんくん……。なるほど、鉄分が豊富で強アルカリ性。おまけに保水力はゼロに等しい。まさに『植物たちの地獄』……。最高のご馳走じゃないの!」
「お嬢様、土を嗅がないでください! 公爵家令嬢の尊厳が砂埃と共に消えていきます!」
「尊厳でお花が育つならいくらでも捨てますわ。アン、早く私の特製魔力肥料の樽を下ろしてちょうだい。それと、対乾燥用(ドライプランツ用)の種子セットも!」
ユーリの瞳は、ダイヤモンドよりも硬質で、かつ情熱的な輝きを放っていました。
「いい、アン? ここはただの荒野じゃないわ。私の魔力と知識で塗りつぶされるのを待っている、真っ白なキャンバスなのよ。……あら、あそこに何か生えているわね」
ユーリが指差した先には、岩の隙間から細々と生え、今にも枯れ果てようとしている一本のトゲだらけの植物がありました。
「ひどい……。あんなに痩せ細って。水分はおろか、周囲の魔力さえ吸い尽くされている。まるで、婚約破棄された後の私みたいじゃないの。親近感が湧くわね」
「お嬢様、自分をその不気味なトゲ植物と一緒にしないでください。というか、お嬢様はあんなにガリガリに萎れてません。むしろ元気すぎて怖いくらいです」
ユーリはその植物に歩み寄り、そっと指先を触れました。
「大丈夫よ、いい子ね。今、お姉さんが栄養満点の魔力をドバドバ流し込んであげるから。……『増幅・超急速光合成(ハイパー・フォトシンセシス)』!」
ユーリの手のひらから、濁流のような緑色の魔力が溢れ出しました。
本来なら、枯れかけの植物にそんな膨大な魔力を注げば、キャパシティオーバーで破裂してしまいます。
しかし、ユーリの精密な制御により、魔力は植物の細胞一つ一つに染み渡り、驚くべき変化を引き起こしました。
「ギギギ……ッ!」
植物が、ありえない音を立てて急成長を始めました。
一メートル、二メートル……。あっという間にアンの背丈を超え、鋭いトゲを無数に生やした巨大な「茨の壁」へと変貌したのです。
「……ひっ! お嬢様、それ、もはやお花じゃなくて魔物の一種になってませんか!?」
「失礼ね、アン。これは立派な『ガード・ソーン』……。私の庭を守ってくれる、頼もしい門番よ。ほら、撫でてごらんなさい。懐けばトゲを引っ込めるはずよ。たぶん」
「たぶんで触れるかぁ! ……ああっ、お嬢様、見てください! 遠くから誰か来ます!」
砂埃を上げて、数騎の馬がこちらへ向かってくるのが見えました。
先頭を走るのは、全身を黒い鎧とマントで包んだ、威圧感の塊のような男です。
「……何者だ。私の領地で、勝手に巨大な茨(いばら)を錬成している不届き者は」
その男が馬を止めると、周囲の空気が一瞬で氷点下まで下がったかのような錯覚を覚えました。
彫りの深い美貌には、近寄りがたいほどの冷徹さが宿っています。
「あら、お出迎えかしら? 私はユーリ・ド・フローリア。今日からこの荒野を世界一の花園にするためにやってきましたの」
「……フローリア? あの、王都の公爵家か。正気か、貴公。ここは私の領地、『ソーン辺境伯領』の入り口だ。そして私は、この地の主、ゼノス・フォン・ソーンだ」
ゼノスと名乗った男は、忌々しそうに、ユーリが育てた巨大な茨を睨みつけました。
「私の異名を知らぬわけではあるまい。『茨公爵』……。関わる者すべてを傷つける、呪われた血族だ。さっさと立ち去れ。死にたくなければな」
普通の令嬢なら腰を抜かして逃げ出すような殺気。
しかし、ユーリはゼノスの顔をじーっと見つめると、感極まったように叫びました。
「……まあっ! 『茨公爵』ですって!? なんて素敵な学名……いえ、お名前なのかしら!」
「……は?」
「見てください、そのトゲトゲしいオーラ! まるでサボテンの王様、金鯱(キンシャチ)のような圧倒的存在感ですわ! ゼノス様、あなた、いい腐葉土(ふようど)になりそうなポテンシャルを秘めていらっしゃいますね!」
「…………腐葉土?」
ゼノスは、生まれて初めて「肥料」としてスカウトされるという、人生最大の困惑に直面することになったのです。
1
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの
鍛高譚
恋愛
「婚約はお断りいたします――この国は近い将来、崩壊しますので」
そう言い放ったのは、社交界でも目立たない子爵令嬢、マリン・アクアリウム。
ある日、とある舞踏会に突如現れた王太子ガイア殿下。
誰もが驚く中、なんと彼はマリンに婚約を申し出る。
周囲は騒然。「子爵令嬢が王太子妃!?」「断る理由などないはず!」
――だが、彼女は断った。「この国は、もうすぐ滅びます」――と。
そんな不吉な言葉を口にしたことで、彼女は“狂言癖のある嘘つき令嬢”と噂され、
家族にさえ見放され、ついには国外追放の身に。
だが、彼女の予言は本物だった――
数年後、王国に未曾有の大災厄が迫る。
国土が崩れ、海に沈む都市。人々が絶望する中、思い出されるのは、
あの舞踏会でただひとり“滅び”を告げた少女の名。
「彼女なら、この国を救えるかもしれない……」
皮肉にも“追放令嬢”マリンは、再び王都に呼び戻され、
滅びゆく国で最後の希望として担ぎ上げられる。
信じてもらえなかった過去。
それでも人々の命を守ろうと奔走するマリン。
そして、王子ガイアが差し伸べた、あの日と変わらぬ手。
――たとえ国が滅んでも、あなたとともに歩んでいきたい。
【完結】レイハート公爵夫人の時戻し
風見ゆうみ
恋愛
公爵夫人である母が亡くなったのは、私、ソラリアが二歳になり、妹のソレイユが生まれてすぐのことだ。だから、母の記憶はないに等しい。
そんな母が私宛に残していたものがあった。
青色の押し花付きの白い封筒に入った便箋が三枚。
一枚目には【愛するソラリアへ】三枚目に【母より】それ以外、何も書かれていなかった。
父の死後、女性は爵位を継ぐことができないため、私は公爵代理として、領民のために尽くした。
十九歳になった私は、婚約者に婿入りしてもらい、彼に公爵の爵位を継いでもらった。幸せな日々が続くかと思ったが、彼との子供を授かったとわかった数日後、私は夫と実の妹に殺されてしまう。
けれど、気がついた時には、ちょうど一年前になる初夜の晩に戻っており、空白だったはずの母からの手紙が読めるようになっていた。
殺されたことで羊の形をした使い魔が見えるようになっただけでなく『時戻しの魔法』を使えるようになった私は、爵位を取り返し、妹と夫を家から追い出すことに決める。だが、気弱な夫は「ソラリアを愛している。別れたくない」と泣くばかりで、離婚を認めてくれず――。
婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました
ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、
ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。
理由はただ一つ――
「平民出身の聖女と婚約するため」。
だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。
シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。
ただ静かに席を立っただけ。
それだけで――
王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、
王国最大の商会は資金提供を打ち切り、
王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。
一方シャウラは、何もしていない。
復讐もしない。断罪もしない。
平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。
そして王国は、
“王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、
聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。
誰かを裁くことなく、
誰かを蹴落とすことなく、
ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。
これは、
婚約破棄から始まる――
静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。
「私は何もしていませんわ」
それが、最強の勝利だった。
世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない
鷹 綾
恋愛
「学園内は、身分に関係なく平等であるべきです」
その“正義”が、王国を崩しかけた。
王太子ルイスは、貴族学院で平民出身の聖女マリアがいじめられたと信じ、
婚約者である公爵令嬢アリエノール・ダキテーヌを断罪し、婚約破棄を宣言する。
だが――
たとえそれが事実であったとしても、
それは婚約破棄の正当な理由にはならなかった。
貴族社会において、婚約とは恋愛ではない。
それは契約であり、権力であり、国家の均衡そのものだ。
「世界は、残酷で不平等なのです」
その現実を理解しないまま振るわれた“善意の正義”は、
王太子の廃嫡、聖女の幽閉、王家と公爵家の決定的な断絶を招く。
婚約破棄は恋愛劇では終わらない。
それは、国家が牙を剥く瞬間だ。
本作は、
「いじめられたという事実があっても、それは免罪符にはならない」
「平等を信じた者が、最も残酷な結末に辿り着く」
そんな現実を、徹底して描く。
――これは、ざまぁではない。
誰も救われない、残酷な現実の物語である。
※本作は中世ヨーロッパをモデルにしたフィクションです。
学園制度・男女共学などは史実とは異なりますが、
権力構造と政治的判断の冷酷さを重視して描いています。
---
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる