殿下、ゴミの分別はお済みですか? 私は今日から、推しと生きていきますわ!

鏡おもち

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「……素晴らしい。見てくださいアンナ、この大聖堂の床! 私が昨夜、神父様の制止を振り切って朝まで磨き上げた、努力と執念の結晶ですわ!」


純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、バージンロードを一歩進むごとに、自らが磨き上げた石畳の反射率をチェックしていました。


「お嬢様、お願いですから前を向いてください。今日はあなたの結婚式ですよ! 床の仕上がりを評価する全国大会ではありませんわ!」


隣で私のベールを整えるアンナが、今にも泣きそうな声で叫びました。


「分かっておりますわ。でも見て、祭壇の横の柱の影……。あそこに僅かな曇りが……ああっ、雑巾! 私のブーケの中に隠した特注の雑巾はどこ!?」


「持たせるわけないでしょう! さあ、騎士団長様がお待ちですわよ!」


祭壇の前には、白銀の礼装を纏ったカイン様が立っていました。


いつもの黒い騎士服も素敵ですが、白を基調とした正装は、彼の彫刻のような美貌をさらに神々しく引き立てています。


私は床への未練を断ち切り、カイン様の元へと辿り着きました。


「……ミナモル。今日の君は、いつにも増して……眩しいな」


カイン様が少し照れくさそうに、けれど慈愛に満ちた目で私を見つめ、手を差し伸べてくれました。


「カイン様……。そのお言葉、そのままお返しいたしますわ。今日のあなたは、磨き抜かれた白銀の盾よりも輝いて見えます!」


「……例えが相変わらずだが、君らしいな」


神父様が、呆れ顔で誓いの言葉を読み上げ始めました。


会場には、近衛騎士団の面々はもちろん、隣国のクラリス王女(最前列で『カイン様ファンクラブ・会報号外』を配っていました)や、改心したふりをして小銭を稼ぎに来た元婚約者の姿もありましたが、私の視界にはカイン様しか映っていません。


「……では、誓いの接吻を」


神父様の言葉と共に、カイン様がゆっくりと私のベールを上げました。


至近距離で見つめ合う二人。カイン様の長い睫毛が震え、彼の端正な顔が近づいてきます。


(くる……! ついに、推しとの公式な接触(キス)が……!)


しかし、その瞬間。私の視線はカイン様の首元、礼装の隙間からチラリと覗く「僧帽筋」の完璧なカッティングに釘付けになりました。


「……ちょっと待ってくださいまし、カイン様!」


私はカイン様の胸板を両手で力強く押し止めました。


会場全体が、氷ついたような沈黙に包まれます。


「……ミナモル? どうした、まさか今更嫌になったのか?」


不安そうに眉を寄せるカイン様に、私は真剣な眼差しで訴えました。


「いいえ! 逆ですわ! カイン様、今、緊張で少し筋肉に力が入りすぎておりませんか? 今のままでは、上腕二頭筋と大胸筋のバランスが、私の理想とする黄金比からコンマ数ミリずれてしまいますわ!」


「……は?」


「せっかくの誓いの儀式ですもの! 最高に仕上がった状態のあなたに、私は触れたいのです! さあ、カイン様! 一度大きく深呼吸をして、広背筋を緩めてから……そう、そこで一気に力を込めて! はい、サイド・チェストォォォ!」


「………………。」


カイン様は一瞬、天を仰ぎました。


そして、諦めたように、けれどどこか楽しそうに口角を上げました。


「……わかったよ。君の望む通りにしよう」


カイン様がぐっと肩を回し、礼装がはち切れんばかりに胸を張りました。


その瞬間、私の目はハートマークに書き換えられ、心臓はドラムロールを刻みました。


「ああああっ! 完璧! 完璧ですわカイン様! その、鎧をも弾き飛ばさんばかりの大胸筋! これぞ、私の愛した『磨きがいのある筋肉』ですわぁーっ!」


私は吸い寄せられるようにカイン様の腕にしがみつき、キスの前にその逞しい二の腕に頬ずりをしました。


「……ミナモル。キスが先だと言っているだろう」


カイン様は苦笑しながら、私の腰を抱き寄せ、強引に唇を重ねました。


会場に、割れんばかりの拍手と爆笑が巻き起こります。


「……全く。世界一騒がしくて、世界一『掃除』と『筋肉』にまみれた結婚式だな」


キスを終えたカイン様が、私の耳元で優しく囁きました。


「ええ! でも、世界一清潔で、世界一幸せな結婚式ですわ!」


私はカイン様の腕の中で、満開の笑顔を咲かせました。


こうして、前代未聞の「筋肉チェック付き結婚式」は、王国の歴史に深く(そして面白おかしく)刻まれることになったのでした。
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