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「シュッ! シュッ! シュシュシュッ! 見てくださいまし、この光沢! 今日も騎士団本部の廊下は、宇宙の真理を映し出す鏡へと進化いたしましたわ!」
近衛騎士団本部の長い回廊。そこには、数年前と全く変わらぬ……いえ、以前よりもさらに洗練された動きで床を磨き上げる、一人の女性の姿がありました。
彼女の纏う服は、今や「清掃員制服」ではありません。
アステリア公爵家の令嬢にして、近衛騎士団長夫人。今や社交界でも「最凶の美貌と雑巾を持つ公爵夫人」として恐れられ、敬われているミナモル・デスパールその人です。
「……ミナモル。君は、公爵夫人の夜会という名の『公務』を終えて帰宅した直後だぞ。なぜ真っ先にドレスを脱ぎ捨てて、モップを握っているんだ」
廊下の先から、カイン様が歩いてきました。
数年の歳月は、彼をさらに逞しく、そして包容力のある「大人の男」へと磨き上げていました。……もちろん、私の毎日の筋肉メンテナンスのおかげでもありますわ。
「あら、カイン様。夜会なんて、床が絨毯で覆われた不潔な場所ですもの。私の魂が、本能的に本物の石畳の感触を求めてしまったのですわ!」
私はモップを構えたまま、カイン様の元へと滑るように近寄りました。
「見てください、今日の私の『拭き筋』! ドレスで固まっていた筋肉を、掃除で解す快感……これぞ、真の贅沢というものですわよ!」
「……理解はできんが、君が楽しそうならそれでいい。……だが、明日は新入隊員の入団式だ。君があまりに床を光らせるものだから、新兵たちが『自分の顔が映りすぎて、足元を見るのが恥ずかしい』と泣きついてきているぞ」
「それは精神修行が足りませんわね! カイン様の部下なら、自らの顔を床に映して、常に身だしなみをチェックするくらいの気概がなくては!」
私はフンと鼻を鳴らし、再び磨き上げを開始しました。
「……そういえば、カイン様。あの『前髪男』……いえ、ジークフリート様は、北の果てで元気にしていらっしゃいますの?」
「ああ。報告によると、毎日塔の階段を無理やり掃除させられているらしい。最初は嫌がっていたようだが、最近では『掃除をすると、前髪が乱れても気にならなくなる……無になれる……』と、悟りを開き始めているそうだ」
「あら、素晴らしい! 彼もようやく、掃除という聖域の入り口に立てたのですわね」
私は満足げに頷きました。
ちなみに、リリアーヌ様は商人の愛人を経て、現在は下町のパン屋で「粉まみれ」になって働いているそうです。……汚れが似合う彼女には、お似合いの末路ですわね。
カイン様が、私の手からそっとモップを取り上げました。
「……ミナモル。掃除もいいが、そろそろ夜も更けてきた。……旦那様の『磨き上げ』の時間ではないのか?」
カイン様が、私の耳元で少しだけ悪戯っぽく囁きました。
(あ、あ、あああああ……っ! これですわ! この、数年経っても色褪せない、旦那様からの『自分を磨け』という名の甘い誘い!)
私の尊いメーターは、今や毎日が計測不能の限界突破状態です。
「カイン様……! もちろんですわ! 今日はアステリア領から取り寄せた、最高級のプロテイン配合オイルを用意しておりますの! 団長の広背筋を、大理石以上の滑らかさに仕上げて差し上げますわよ!」
「……マッサージでいいと言っているんだがな。……まあ、君らしい」
カイン様が私の腰を引き寄せ、優しく、けれど独占欲を隠さない強さで抱きしめました。
「……婚約破棄されたあの日、君が騎士団に飛び込んできたときは、どうなることかと思ったが。……今は、君のいないこの場所など考えられない。……愛しているよ、ミナモル。私の、世界一騒がしい掃除人」
「私もですわ、カイン様! あなたの足元も、その筋肉も、そしてあなた自身も! 死ぬまで、いえ、来世でも掃除道具を抱えて、あなたを磨きに参りますわ!」
「……前世とか来世とか、よく分からんことを言うな。……さあ、行こうか」
カイン様に手を引かれ、私たちは光り輝く廊下を歩き出しました。
私が磨き続けたこの道は、どこまでも明るく、清潔で、そして愛に満ち溢れています。
婚約破棄、感謝いたしますわ!
おかげで私は、宇宙で一番大切な「磨くべき宝物」を見つけることができたのですから!
幸せの雑巾を振り回しながら、私の輝かしい日々は、これからもピカピカに続いていくのでした。
近衛騎士団本部の長い回廊。そこには、数年前と全く変わらぬ……いえ、以前よりもさらに洗練された動きで床を磨き上げる、一人の女性の姿がありました。
彼女の纏う服は、今や「清掃員制服」ではありません。
アステリア公爵家の令嬢にして、近衛騎士団長夫人。今や社交界でも「最凶の美貌と雑巾を持つ公爵夫人」として恐れられ、敬われているミナモル・デスパールその人です。
「……ミナモル。君は、公爵夫人の夜会という名の『公務』を終えて帰宅した直後だぞ。なぜ真っ先にドレスを脱ぎ捨てて、モップを握っているんだ」
廊下の先から、カイン様が歩いてきました。
数年の歳月は、彼をさらに逞しく、そして包容力のある「大人の男」へと磨き上げていました。……もちろん、私の毎日の筋肉メンテナンスのおかげでもありますわ。
「あら、カイン様。夜会なんて、床が絨毯で覆われた不潔な場所ですもの。私の魂が、本能的に本物の石畳の感触を求めてしまったのですわ!」
私はモップを構えたまま、カイン様の元へと滑るように近寄りました。
「見てください、今日の私の『拭き筋』! ドレスで固まっていた筋肉を、掃除で解す快感……これぞ、真の贅沢というものですわよ!」
「……理解はできんが、君が楽しそうならそれでいい。……だが、明日は新入隊員の入団式だ。君があまりに床を光らせるものだから、新兵たちが『自分の顔が映りすぎて、足元を見るのが恥ずかしい』と泣きついてきているぞ」
「それは精神修行が足りませんわね! カイン様の部下なら、自らの顔を床に映して、常に身だしなみをチェックするくらいの気概がなくては!」
私はフンと鼻を鳴らし、再び磨き上げを開始しました。
「……そういえば、カイン様。あの『前髪男』……いえ、ジークフリート様は、北の果てで元気にしていらっしゃいますの?」
「ああ。報告によると、毎日塔の階段を無理やり掃除させられているらしい。最初は嫌がっていたようだが、最近では『掃除をすると、前髪が乱れても気にならなくなる……無になれる……』と、悟りを開き始めているそうだ」
「あら、素晴らしい! 彼もようやく、掃除という聖域の入り口に立てたのですわね」
私は満足げに頷きました。
ちなみに、リリアーヌ様は商人の愛人を経て、現在は下町のパン屋で「粉まみれ」になって働いているそうです。……汚れが似合う彼女には、お似合いの末路ですわね。
カイン様が、私の手からそっとモップを取り上げました。
「……ミナモル。掃除もいいが、そろそろ夜も更けてきた。……旦那様の『磨き上げ』の時間ではないのか?」
カイン様が、私の耳元で少しだけ悪戯っぽく囁きました。
(あ、あ、あああああ……っ! これですわ! この、数年経っても色褪せない、旦那様からの『自分を磨け』という名の甘い誘い!)
私の尊いメーターは、今や毎日が計測不能の限界突破状態です。
「カイン様……! もちろんですわ! 今日はアステリア領から取り寄せた、最高級のプロテイン配合オイルを用意しておりますの! 団長の広背筋を、大理石以上の滑らかさに仕上げて差し上げますわよ!」
「……マッサージでいいと言っているんだがな。……まあ、君らしい」
カイン様が私の腰を引き寄せ、優しく、けれど独占欲を隠さない強さで抱きしめました。
「……婚約破棄されたあの日、君が騎士団に飛び込んできたときは、どうなることかと思ったが。……今は、君のいないこの場所など考えられない。……愛しているよ、ミナモル。私の、世界一騒がしい掃除人」
「私もですわ、カイン様! あなたの足元も、その筋肉も、そしてあなた自身も! 死ぬまで、いえ、来世でも掃除道具を抱えて、あなたを磨きに参りますわ!」
「……前世とか来世とか、よく分からんことを言うな。……さあ、行こうか」
カイン様に手を引かれ、私たちは光り輝く廊下を歩き出しました。
私が磨き続けたこの道は、どこまでも明るく、清潔で、そして愛に満ち溢れています。
婚約破棄、感謝いたしますわ!
おかげで私は、宇宙で一番大切な「磨くべき宝物」を見つけることができたのですから!
幸せの雑巾を振り回しながら、私の輝かしい日々は、これからもピカピカに続いていくのでした。
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