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「……ジルコン、アンナ。準備はよろしくて? 今日の私は、大地の息吹と共鳴する『デメテルの化身』になる予定よ」
朝靄が立ち込める中、ミントは屋敷の玄関先に凛として立っていた。その格好は、村人から借りた簡素な農作業着……を、自分なりに改造してフリルとリボンを大量に縫い付けた、世にも奇妙な「農作業ドレス」だった。
「お嬢様、その服で畑に行くおつもりですか? 一歩歩くごとに泥がリボンを汚して、お嬢様の精神が崩壊するのが目に見えるようですわ」
「あら、アンナ。汚れを恐れて美を止めるなんて、本末転倒よ。汚れさえも私の輝きを引き立てる『泥のアクセント』に変えてみせるわ。さあ、行くわよ!」
ミントが向かったのは、村の中央に広がる共有の畑だった。そこでは、村長ガンツを筆頭に、村人たちが腰を曲げて黙々とクワを振るっていた。
「お、お嬢様!? そんなキラキラした格好で、こんな泥臭い場所に一体何の御用だべか?」
ガンツが驚いてクワを落とす。村人たちも一斉に手を止め、場違いな輝きを放つ令嬢を凝視した。
「村長さん、良いところに。私、気づいてしまったの。最近、私の美しい肢体に少しだけ『躍動感』が足りないのではないかって。だから今日は、この大地のエネルギーを借りて、全身を使ったエクササイズ……いわゆる『農作業』を執り行いに来たのよ」
「え、えくささいず……? 農作業を、運動だと思ってるだべか?」
「ええ。このクワを振り上げる動作、背筋のラインを美しく見せるのに最適だわ。ジルコン、私のフォームをチェックしてちょうだい。常にどの角度から見られても『収穫の女神』であるように」
「……勝手にして下さい。私はここで、貴女が泥に足を取られて転ばないか監視しているだけですから」
ジルコンが腕を組んで溜息をつく中、ミントは一本のクワを手に取った。そして、大きく深呼吸をすると、まるで舞踏会で踊るかのような優雅な動作で振り下ろした。
「せいやっ! ……どう? 今の、肩甲骨の動き。蝶が羽ばたくようだったかしら?」
「……お嬢様。土が全く掘れていません。ただ表面を撫でただけです」
「あら、失礼。私の力が強すぎて、大地が気圧されてしまったのかしら。では、次はもっと情熱的に……美の連撃(ラッシュ)よ!」
ミントは独自の理論に基づいた「美しく見えるポージング」を維持しながら、リズミカルにクワを動かし始めた。
「右にステップ、左にターン! 土を跳ね上げる瞬間は指先まで意識を集中して! ほら、見てちょうだい、この飛び散る泥の放物線! 私の美しさを祝福する花火のようだわ!」
村人たちは、開いた口が塞がらなかった。ミントの動きは、農作業としては完全に間違っている。無駄な動きが多く、効率も最悪のはずだった。
しかし。
「……なあ、なんかお嬢様を見てると、こっちまで体が軽くなってきただべ」
「ああ。あんなに楽しそうに(?)土をいじってる人、初めて見た。なんだか、クワを振るのがダンスみたいに見えてきたぞ……」
ミントの「自分が一番輝いている」という絶対的な自信は、見ている者たちの脳を麻痺させる不思議な毒性を持っていた。村人たちはいつの間にかミントの動きにリズムを合わせ、これまでにないスピードで作業を進め始めたのだ。
「ほら、皆さん! 背筋を伸ばして! お天道様は、貴方たちの労働ではなく、貴方たちの『輝き』を見守っているのよ! もっと自分を愛して、土を愛でるように耕しなさい!」
「お、お嬢様! なんか分かんねえけど、やる気が出てきたべ! オラ、世界一のジャガイモを作るべ!」
「その意気よ、村人A! 貴方のその情熱、私の背景に相応しいわ!」
気づけば、広大な畑は数時間で完璧に耕し終えられていた。通常の三倍以上の速さである。
「ふう……。良い汗をかいたわ。ジルコン、今の私の肌、真珠のような汗でしっとりとしているのではないかしら?」
ミントは額をそっと拭い、手鏡で自分を確認した。泥はねが顔についていたが、彼女はそれを「大地のティアラ」だと解釈して満足げに頷いている。
「……お嬢様。貴女がポエムを吐き散らしながら暴れ回ったおかげで、村人たちの生産性が異常な数値を出しています。ある意味、貴女は最高の指揮官かもしれませんね」
「指揮官? そんな無粋な呼び方はおやめなさい。私はただの、世界で一番自分を愛している『太陽』なのだから」
村人たちは、疲れ果てているはずなのに、どこか晴れやかな顔でミントを拝んでいた。
「聖女様、万歳だべーっ!」
「美の女神様、万歳だべーっ!」
野太い歓声が辺境の空に響き渡る。
ミントはそれを当然の権利として受け止め、汚れたドレスの裾を気品高く持ち上げた。
「さあ、アンナ。帰ってバラのお風呂の準備をしてちょうだい。大地のエネルギーを吸収した今の私は、きっと明日にはさらに眩しく進化しているはずだわ。ああ、自分の成長が怖いわ……!」
ボロ屋敷への帰り道、ミントの背中は誰よりも堂々と、そして恐ろしいほどにポジティブな光を放っていた。
こうして、エーデルワイス領の農作物は、ミントの自己愛という名の「栄養」を浴びて、奇跡的な豊作への道を歩み始めたのである。
朝靄が立ち込める中、ミントは屋敷の玄関先に凛として立っていた。その格好は、村人から借りた簡素な農作業着……を、自分なりに改造してフリルとリボンを大量に縫い付けた、世にも奇妙な「農作業ドレス」だった。
「お嬢様、その服で畑に行くおつもりですか? 一歩歩くごとに泥がリボンを汚して、お嬢様の精神が崩壊するのが目に見えるようですわ」
「あら、アンナ。汚れを恐れて美を止めるなんて、本末転倒よ。汚れさえも私の輝きを引き立てる『泥のアクセント』に変えてみせるわ。さあ、行くわよ!」
ミントが向かったのは、村の中央に広がる共有の畑だった。そこでは、村長ガンツを筆頭に、村人たちが腰を曲げて黙々とクワを振るっていた。
「お、お嬢様!? そんなキラキラした格好で、こんな泥臭い場所に一体何の御用だべか?」
ガンツが驚いてクワを落とす。村人たちも一斉に手を止め、場違いな輝きを放つ令嬢を凝視した。
「村長さん、良いところに。私、気づいてしまったの。最近、私の美しい肢体に少しだけ『躍動感』が足りないのではないかって。だから今日は、この大地のエネルギーを借りて、全身を使ったエクササイズ……いわゆる『農作業』を執り行いに来たのよ」
「え、えくささいず……? 農作業を、運動だと思ってるだべか?」
「ええ。このクワを振り上げる動作、背筋のラインを美しく見せるのに最適だわ。ジルコン、私のフォームをチェックしてちょうだい。常にどの角度から見られても『収穫の女神』であるように」
「……勝手にして下さい。私はここで、貴女が泥に足を取られて転ばないか監視しているだけですから」
ジルコンが腕を組んで溜息をつく中、ミントは一本のクワを手に取った。そして、大きく深呼吸をすると、まるで舞踏会で踊るかのような優雅な動作で振り下ろした。
「せいやっ! ……どう? 今の、肩甲骨の動き。蝶が羽ばたくようだったかしら?」
「……お嬢様。土が全く掘れていません。ただ表面を撫でただけです」
「あら、失礼。私の力が強すぎて、大地が気圧されてしまったのかしら。では、次はもっと情熱的に……美の連撃(ラッシュ)よ!」
ミントは独自の理論に基づいた「美しく見えるポージング」を維持しながら、リズミカルにクワを動かし始めた。
「右にステップ、左にターン! 土を跳ね上げる瞬間は指先まで意識を集中して! ほら、見てちょうだい、この飛び散る泥の放物線! 私の美しさを祝福する花火のようだわ!」
村人たちは、開いた口が塞がらなかった。ミントの動きは、農作業としては完全に間違っている。無駄な動きが多く、効率も最悪のはずだった。
しかし。
「……なあ、なんかお嬢様を見てると、こっちまで体が軽くなってきただべ」
「ああ。あんなに楽しそうに(?)土をいじってる人、初めて見た。なんだか、クワを振るのがダンスみたいに見えてきたぞ……」
ミントの「自分が一番輝いている」という絶対的な自信は、見ている者たちの脳を麻痺させる不思議な毒性を持っていた。村人たちはいつの間にかミントの動きにリズムを合わせ、これまでにないスピードで作業を進め始めたのだ。
「ほら、皆さん! 背筋を伸ばして! お天道様は、貴方たちの労働ではなく、貴方たちの『輝き』を見守っているのよ! もっと自分を愛して、土を愛でるように耕しなさい!」
「お、お嬢様! なんか分かんねえけど、やる気が出てきたべ! オラ、世界一のジャガイモを作るべ!」
「その意気よ、村人A! 貴方のその情熱、私の背景に相応しいわ!」
気づけば、広大な畑は数時間で完璧に耕し終えられていた。通常の三倍以上の速さである。
「ふう……。良い汗をかいたわ。ジルコン、今の私の肌、真珠のような汗でしっとりとしているのではないかしら?」
ミントは額をそっと拭い、手鏡で自分を確認した。泥はねが顔についていたが、彼女はそれを「大地のティアラ」だと解釈して満足げに頷いている。
「……お嬢様。貴女がポエムを吐き散らしながら暴れ回ったおかげで、村人たちの生産性が異常な数値を出しています。ある意味、貴女は最高の指揮官かもしれませんね」
「指揮官? そんな無粋な呼び方はおやめなさい。私はただの、世界で一番自分を愛している『太陽』なのだから」
村人たちは、疲れ果てているはずなのに、どこか晴れやかな顔でミントを拝んでいた。
「聖女様、万歳だべーっ!」
「美の女神様、万歳だべーっ!」
野太い歓声が辺境の空に響き渡る。
ミントはそれを当然の権利として受け止め、汚れたドレスの裾を気品高く持ち上げた。
「さあ、アンナ。帰ってバラのお風呂の準備をしてちょうだい。大地のエネルギーを吸収した今の私は、きっと明日にはさらに眩しく進化しているはずだわ。ああ、自分の成長が怖いわ……!」
ボロ屋敷への帰り道、ミントの背中は誰よりも堂々と、そして恐ろしいほどにポジティブな光を放っていた。
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