私を愛さないなんて、世界最大の損失ではなくて?

鏡おもち

文字の大きさ
9 / 28

9

しおりを挟む
「……ジルコン、アンナ。準備はよろしくて? 今日の私は、大地の息吹と共鳴する『デメテルの化身』になる予定よ」


朝靄が立ち込める中、ミントは屋敷の玄関先に凛として立っていた。その格好は、村人から借りた簡素な農作業着……を、自分なりに改造してフリルとリボンを大量に縫い付けた、世にも奇妙な「農作業ドレス」だった。


「お嬢様、その服で畑に行くおつもりですか? 一歩歩くごとに泥がリボンを汚して、お嬢様の精神が崩壊するのが目に見えるようですわ」


「あら、アンナ。汚れを恐れて美を止めるなんて、本末転倒よ。汚れさえも私の輝きを引き立てる『泥のアクセント』に変えてみせるわ。さあ、行くわよ!」


ミントが向かったのは、村の中央に広がる共有の畑だった。そこでは、村長ガンツを筆頭に、村人たちが腰を曲げて黙々とクワを振るっていた。


「お、お嬢様!? そんなキラキラした格好で、こんな泥臭い場所に一体何の御用だべか?」


ガンツが驚いてクワを落とす。村人たちも一斉に手を止め、場違いな輝きを放つ令嬢を凝視した。


「村長さん、良いところに。私、気づいてしまったの。最近、私の美しい肢体に少しだけ『躍動感』が足りないのではないかって。だから今日は、この大地のエネルギーを借りて、全身を使ったエクササイズ……いわゆる『農作業』を執り行いに来たのよ」


「え、えくささいず……? 農作業を、運動だと思ってるだべか?」


「ええ。このクワを振り上げる動作、背筋のラインを美しく見せるのに最適だわ。ジルコン、私のフォームをチェックしてちょうだい。常にどの角度から見られても『収穫の女神』であるように」


「……勝手にして下さい。私はここで、貴女が泥に足を取られて転ばないか監視しているだけですから」


ジルコンが腕を組んで溜息をつく中、ミントは一本のクワを手に取った。そして、大きく深呼吸をすると、まるで舞踏会で踊るかのような優雅な動作で振り下ろした。


「せいやっ! ……どう? 今の、肩甲骨の動き。蝶が羽ばたくようだったかしら?」


「……お嬢様。土が全く掘れていません。ただ表面を撫でただけです」


「あら、失礼。私の力が強すぎて、大地が気圧されてしまったのかしら。では、次はもっと情熱的に……美の連撃(ラッシュ)よ!」


ミントは独自の理論に基づいた「美しく見えるポージング」を維持しながら、リズミカルにクワを動かし始めた。


「右にステップ、左にターン! 土を跳ね上げる瞬間は指先まで意識を集中して! ほら、見てちょうだい、この飛び散る泥の放物線! 私の美しさを祝福する花火のようだわ!」


村人たちは、開いた口が塞がらなかった。ミントの動きは、農作業としては完全に間違っている。無駄な動きが多く、効率も最悪のはずだった。


しかし。


「……なあ、なんかお嬢様を見てると、こっちまで体が軽くなってきただべ」


「ああ。あんなに楽しそうに(?)土をいじってる人、初めて見た。なんだか、クワを振るのがダンスみたいに見えてきたぞ……」


ミントの「自分が一番輝いている」という絶対的な自信は、見ている者たちの脳を麻痺させる不思議な毒性を持っていた。村人たちはいつの間にかミントの動きにリズムを合わせ、これまでにないスピードで作業を進め始めたのだ。


「ほら、皆さん! 背筋を伸ばして! お天道様は、貴方たちの労働ではなく、貴方たちの『輝き』を見守っているのよ! もっと自分を愛して、土を愛でるように耕しなさい!」


「お、お嬢様! なんか分かんねえけど、やる気が出てきたべ! オラ、世界一のジャガイモを作るべ!」


「その意気よ、村人A! 貴方のその情熱、私の背景に相応しいわ!」


気づけば、広大な畑は数時間で完璧に耕し終えられていた。通常の三倍以上の速さである。


「ふう……。良い汗をかいたわ。ジルコン、今の私の肌、真珠のような汗でしっとりとしているのではないかしら?」


ミントは額をそっと拭い、手鏡で自分を確認した。泥はねが顔についていたが、彼女はそれを「大地のティアラ」だと解釈して満足げに頷いている。


「……お嬢様。貴女がポエムを吐き散らしながら暴れ回ったおかげで、村人たちの生産性が異常な数値を出しています。ある意味、貴女は最高の指揮官かもしれませんね」


「指揮官? そんな無粋な呼び方はおやめなさい。私はただの、世界で一番自分を愛している『太陽』なのだから」


村人たちは、疲れ果てているはずなのに、どこか晴れやかな顔でミントを拝んでいた。


「聖女様、万歳だべーっ!」


「美の女神様、万歳だべーっ!」


野太い歓声が辺境の空に響き渡る。


ミントはそれを当然の権利として受け止め、汚れたドレスの裾を気品高く持ち上げた。


「さあ、アンナ。帰ってバラのお風呂の準備をしてちょうだい。大地のエネルギーを吸収した今の私は、きっと明日にはさらに眩しく進化しているはずだわ。ああ、自分の成長が怖いわ……!」


ボロ屋敷への帰り道、ミントの背中は誰よりも堂々と、そして恐ろしいほどにポジティブな光を放っていた。


こうして、エーデルワイス領の農作物は、ミントの自己愛という名の「栄養」を浴びて、奇跡的な豊作への道を歩み始めたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

後妻の条件を出したら……

しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。 格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。 だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。 しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

夢を現実にしないための正しいマニュアル

しゃーりん
恋愛
娘が処刑される夢を見た。 現在、娘はまだ6歳。それは本当に9年後に起こる出来事? 処刑される未来を変えるため、過去にも起きた夢の出来事を参考にして、変えてはいけないことと変えるべきことを調べ始める。 婚約者になる王子の周囲を変え、貴族の平民に対する接し方のマニュアルを作り、娘の未来のために頑張るお話。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

もしもゲーム通りになってたら?

クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら? 全てがゲーム通りに進んだとしたら? 果たしてヒロインは幸せになれるのか ※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。 ※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。 ※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。 ※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。

処理中です...