私を愛さないなんて、世界最大の損失ではなくて?

鏡おもち

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「……ジルコン、アンナ。大変よ、ついにこの時が来てしまったわ」


朝一番、ミントはいつになく真剣な面持ちで、特大の鏡の前から二人を呼びつけた。その手には、王都の紋章が刻まれた一通の書状が握られている。


「お嬢様、ついに王都からの帰還命令ですか? それとも、公爵家からの仕送り停止の通告でしょうか……」


アンナが不安そうに身を乗り出す。ジルコンも、剣の手入れを止めて冷ややかな視線を向けた。


「いいえ。そんな世俗的な話ではないわ。見てちょうだい、この差出人の名前を。『王立農業振興局・特別視察団』……。ふふ、要するに私の『ファンミーティング』の開催通知よ!」


「……視察団をファンミーティングと呼ぶ人間は、世界中で貴女一人だけでしょうね。彼らは、この村の異常な収穫スピードの謎を調査しに来るだけですよ」


「同じことだわ。彼らは『奇跡の豊作』という名目の裏にある、私の圧倒的な美しさを拝みに来るの。私の美肌が大地に潤いを与え、私の吐息が光合成を促進させた……その動かぬ証拠を、彼らは歴史に刻むつもりなのよ」


ミントは優雅に椅子に腰を下ろし、扇子で顎をなぞった。


「ジルコン、会場の設営を急いで。広場の泥はすべて撤去しなさい。代わりに、私の足元には純白のカーペットを。視察団が私の美しさに気圧されて倒れてもいいように、クッションも多めに配置しておいてちょうだい」


「……私は農官たちの椅子を並べるだけで精一杯です」


ジルコンが溜息をつきながら外へ出ると、そこにはすでに、王都から派遣された五名の視察団が馬車から降り立っていた。彼らは一様に眉をひそめ、荒れ果てたはずの辺境が活気に満ちている様子を怪訝そうに眺めている。


「……信じられん。報告によれば、ここは不毛の地で、追放されたミント嬢が絶望の淵に沈んでいるはずだった。だが、あの村人たちの表情はどうだ。まるで祭りの最中のようではないか」


視察団のリーダーである壮年の男が、広場の中央に鎮座する「あるもの」を見て言葉を失った。


そこには、泥で固められた巨大な女性の像が建っていた。ポーズは過剰なまでにドラマチックで、台座には『美は力なり』と刻まれている。


「いらっしゃい、王都の迷える子羊たち。遠路はるばる、私の輝きを求めてよく来てくださったわね」


広場の奥、特設されたサンライト・ステージの上から、ミントが神々しい微笑みを振りまいた。今日の彼女は、農作業着をさらに改造し、袖をパフスリーブにした「女神風ドレス」を纏っている。


「ミ、ミント・エーデルワイス嬢……!? 貴女、一体何をしているのですか! この像は、そしてその格好は……!」


「あら、歓迎のデモンストレーションよ。この像は、私の美意識が具現化した『美の避雷針』。これが大地のエネルギーを整え、作物に私の加護を与えているの。貴方たちも、少しは私の美しさを浴びて、その淀んだ事務作業疲れを癒すといいわ」


「……話にならん。我々は農業の成功要因を調査しに来たのだ! オカルトや美学の話を聞きに来たのではない!」


農官が憤慨して一歩踏み出した。しかし、それよりも先に、村人たちが彼を取り囲んだ。


「おいおい、役人さん。聖女様に不敬な口をきくんじゃねえだ。聖女様がクワを振るポーズを決めてから、オラたちの腰痛は消え、ジャガイモは去年の二倍の大きさになったんだべ!」


「そうだ! 聖女様の見事なターンを見ているだけで、害虫すらも恥じ入って消えていくんだぞ!」


「……洗脳だ。これは集団催眠だ……!」


視察団が震え上がる中、ミントは高らかに笑い声を上げた。


「ふふ、無知な人たち。美しさは、すべてを解決するのよ。……ああ、そうだわ。王都のフロラ様にも伝えてあげてちょうだい」


ミントは鏡を手に取り、自分の髪を指先で弄んだ。


「私は今、人生で最高に輝いているわ。彼女が殿下の隣で、私のいない寂しさに肌を荒らしていないか心配だと。私という光を失った王都は、今頃どす黒い闇に包まれているのではないかしら? ああ、可哀想に。私の肖像画、一枚十万ゴールドで譲ってあげてもいいわよ?」


その頃、王都の王宮では。


「……どういうことよ! なぜ、ミントが辺境で『聖女』なんて呼ばれているの!?」


フロラは密偵からの報告書を床に叩きつけた。彼女の自慢の清楚な顔は、嫉妬と苛立ちで醜く歪んでいる。


「あんな女、泥にまみれて、食べ物にも困って、髪もボロボロになって這いつくばっているはずだったのに……! なぜ収穫量が増えているの!? なぜ私の評判より、彼女の美貌の噂の方が王都に流れてくるのよ!」


「フロラ、落ち着きなさい。……きっと、何かの間違いだ。あんな自分勝手な女が、領民に慕われるはずがない」


カイル王子が宥めるが、その声にも動揺が隠せない。彼の耳にも、辺境から届く『輝くミント』の噂は届いていた。


「殿下! 今すぐ、もっと厳しい調査団を送りましょう! 彼女が何か不正をしているに違いありませんわ!」


「……分かった。近々、私自ら足を運ぶことも検討しよう」


フロラの焦りは、ミントの自己愛という名の光によって、さらに激しく燃え上がっていく。


当のミントはといえば、視察団が腰を抜かして逃げ帰る背中を見送りながら、アンナに鏡を持たせていた。


「見て、アンナ。今日の私のドヤ顔、いつもより三割増しで美しいわ。敵の焦りを栄養にするなんて、私ってばなんてエコな令嬢なのかしら!」


「お嬢様、エコの意味が違いますわ……。でも、確かに今の輝きは、王都にいた頃よりずっと健康的ですわね」


「当然よ。世界で一番私が大好き。その気持ちが、この大地を、そして私自身を、どこまでも高く押し上げていくんだもの!」


ミントの笑い声が、豊穣の秋を告げる風に乗って、どこまでも遠くへと響き渡った。
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