私を愛さないなんて、世界最大の損失ではなくて?

鏡おもち

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夕暮れ時。茜色に染まるエーデルワイス領の空の下、ミントは特製の「サンライト・ステージ」に座り、最後の一筋の光を惜しむように手鏡を掲げていた。


「……完璧だわ。この黄昏時の淡い光は、私の肌に絶妙な陰影を与えてくれる。まるで、世界が私を愛おしんで、そっと抱きしめているみたい」


ミントはうっとりと自身の頬を撫でる。その横顔は、本人の自惚れを差し引いてもなお、息を呑むほどに美しかった。


ステージの下で剣の素振りをしていたジルコンが、ふと動きを止めた。彼は無意識のうちに、その光景をじっと見つめていた。


「……ミント様」


「あら、ジルコン。どうしたの? そんなに食い入るように私を見つめて。……ああ、言わなくても分かっているわ。貴方の瞳の奥で、私の美しさが火花を散らしているのでしょう?」


ミントはステージからひらりと降り立ち、ジルコンの目の前まで歩み寄った。


「そんなに熱い視線を送られると、いくら私でも少しだけ照れてしまうわ。惚れさせてしまう罪は重いわね。でも安心して、ジルコン。貴方が私に恋をするのは、潮が満ちるのと同じくらい自然なことだもの。抗わなくていいのよ」


「…………相変わらずの跳躍した理論ですね。私はただ、貴女がその高いステージから落ちて怪我でもしないか心配していただけです。貴女に傷がついたら、私の守護義務が果たせなくなりますから」


ジルコンは視線を逸らし、ぶっきらぼうに言った。だが、その耳の端がかすかに赤くなっているのを、ミントは見逃さなかった。


「まあ、照れ隠しまで可愛いなんて。ジルコン、貴方、なかなか高度なテクニックを使うのね。でも無駄よ。私の審美眼は、貴方の心の奥にある『私への情熱』を、レントゲンのように正確に捉えているのだから」


ミントはジルコンの胸元を扇子で軽く叩き、ふふっと笑った。


「いいのよ、隠さなくても。この一ヶ月、貴方は私のために舞台を作り、泥を運び、壁を塗り……。それは騎士の義務を超えた、愛の献身でしょう? 私のファンクラブ第一号としての自覚を持ちなさい」


「……ファンクラブ。そんなものに入った覚えはありません。私はただ、貴女があまりに無茶苦茶なことばかり言うので、放っておけなかっただけです」


「それが恋の始まりだということに、まだ気づかないのかしら? 可愛そうなジルコン。自分の心に素直になれないなんて、人生の半分を損しているわ。鏡を見てごらんなさい、ほら」


ミントは強引に手鏡をジルコンの顔の前に突き出した。


「この鏡に映る貴方の顔。困っているけれど、どこか満足げでしょう? 私という太陽のそばにいることで、貴方の魂も浄化され、輝きを増しているのよ。感謝してちょうだい」


ジルコンは鏡に映った自分の顔を見た。確かに、そこにはかつて王宮で「氷の騎士」と呼ばれていた頃の、冷徹で無機質な表情はなかった。代わりに、呆れながらもどこか穏やかな、人間味のある男が映っていた。


「…………」


ジルコンは無言で鏡を押し返した。否定しようと言葉を探したが、ミントの真っ直ぐな、そしてあまりに自分勝手な瞳を見ていると、何を言っても無意味に思えてきた。


「ミント様。貴女は……本当に、他人の評価など一ミリも気にしないのですね。王都から追放され、婚約者も失ったというのに、一度も涙を見せない。その強さは一体、どこから来るのですか?」


ジルコンの声が、少しだけ低く、真剣な響きを帯びた。


ミントは驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの不遜な微笑みに戻った。


「強さ? あら、勘違いしないで、ジルコン。私は強いわけではなくて、ただ『私を愛すること』に忙しいだけよ」


ミントは夕闇に包まれ始めた庭を見渡した。


「他人からの評価なんて、流行のドレスのようなもの。季節が変われば捨てられるし、誰にでも似合うように作られているわ。でも、私が私に向ける愛は、一生ものの特注品なの。世界中の誰もが私を嫌ったとしても、私が私を愛している限り、私は世界で一番幸せな存在でいられる。……それのどこに、泣く理由があるかしら?」


ミントは再びジルコンの瞳を覗き込んだ。


「殿下が私を選ばなかった? それは殿下の損失であって、私の価値とは無関係だわ。私は今日も美しく、明日もさらに美しくなる。その事実に比べれば、王妃の座なんて、ただの椅子の種類に過ぎないのよ」


その言葉は、傲慢でありながら、圧倒的な説得力を持ってジルコンの胸に突き刺さった。


彼はようやく理解した。ミント・エーデルワイスという女性は、誰かに愛されるために生きているのではない。彼女は、自分を愛するために生き、その溢れ出た愛の輝きで、周囲を勝手に照らしているだけなのだ。


「……完敗ですね」


ジルコンは小さく笑い、その場に片膝を突いて頭を垂れた。それは騎士が主君に捧げる最上級の礼だった。


「ミント様。貴女が仰る通り、私は貴女の『ファンクラブ第一号』に相応しい働きをすることに決めました。貴女の美しさが損なわれないよう、この剣にかけてお守りしましょう」


「まあ、素晴らしいわ! ついに忠誠を誓ったのね、ジルコン。いいわ、貴方の入会を許可します。特典として、毎朝私の『目覚めの微笑み』を遠くから拝む権利をあげるわ」


「……遠くから、なんですね」


「当然よ。近くで見たら、貴方の心臓が私の輝きに耐えきれず止まってしまうもの。死なれては困るわ、私の大事な背景(ガードマン)なんだから」


ミントは満足げに頷き、アンナが呼ぶ夕食の声に応えて屋敷へと戻っていった。


一人残されたジルコンは、去っていく彼女の背中を見つめながら、自分の胸元に手を当てた。


「……本当に、罪が重いな。自覚のない太陽というのは」


彼はもう、自分の視線が彼女を追っていることを否定しなかった。


だが、当のミントはといえば、食堂に入るなり「あら、今日のスープ、私の肌の色とマッチしていないわ! もう少し透明感のある食材を使いなさい!」とアンナを困らせていた。


彼女の愛の矢印は、相変わらずジルコンではなく、鏡の中の自分自身へと一直線に向かっていたのである。
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