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フロラが気絶し、大広間が騒然とする中で、王宮の騎士団と薬剤師による厳密な調査が開始された。
フロラが隠し持っていた毒薬の瓶。それが彼女の自室から持ち出されたものであること、そして彼女が自らそれをグラスに注ぐのを見たという目撃証言が、次々と裏付けられていく。
「……そ、そんな。フロラが自ら毒を盛ったというのか? 私と彼女の、あの清らかな愛を成就させるために……!?」
カイル王子は膝をつき、茫然自失の体で呟いた。だが、周囲の貴族たちの視線は冷ややかだ。一国の王子ともあろう者が、これほど浅はかな狂言を見抜けず、罪なき(?)元婚約者を貶めようとしたのだ。その政治的信用は、今この瞬間に完全に崩壊したと言っていい。
「殿下、残念ながら証拠は揃っております。フロラ嬢は療養という名目で幽閉、そして殿下も……この騒動の責任を取っていただくことになりますな」
国王の側近が非情な宣告を下す。カイルの顔から血の気が失せていく。
そんな修羅場の中心で、ミントはといえば、ジルコンに持たせた手鏡を覗き込み、自身のまつ毛の角度をミリ単位で調整していた。
「……ふぅ。見て、ジルコン。この騒動の緊迫感が、私の肌に適度な緊張感を与えて、かつてないハリを生み出しているわ。やっぱり、ドラマチックな展開は天然の美容液ね」
「……お嬢様。カイル殿下は廃嫡の危機に立たされています。もう少し、事態の深刻さを共有していただけませんか」
ジルコンが溜息をつきながら進言するが、ミントは鏡に向かって可愛らしく小首を傾げた。
「深刻? 何を言っているの。カイルさんとフロラさんが勝手に自滅して、私の背景から消えていく。それのどこが深刻なの? むしろ、私の視界から不純物が取り除かれて、世界がよりクリアに、美しくなったということだわ」
「ミ、ミント……っ! 貴様、私が、私がどうなってもいいというのか!」
カイルが這いずるようにしてミントの足元へ近寄ってきた。その顔は涙と鼻水で汚れ、かつての王子の威厳は欠片も残っていない。
「お前を追放したことは謝る! 悪かった! だから、その……貴様の持っている温泉の権利や、商人たちとのコネクションで、私を救ってくれ! お前なら陛下を説得できるはずだ!」
ミントはゆっくりと視線を落とし、カイルの顔をじっと見つめた。そして、心底気の毒そうに吐息をつく。
「カイルさん。貴方、今、自分の顔がどんなことになっているか分かっていて?」
「え……?」
「絶望。醜悪。そして、美しさへの敬意の欠如。……その顔で私に触れようとするなんて、私のドレスに対する最大の侮辱だわ。ジルコン、この『汚れた思い出』を、私の視界から速やかに排除してちょうだい」
「仰せのままに」
ジルコンが冷徹にカイルの腕を掴み、引き離す。カイルは絶叫しながら引きずられていった。
「お前は、お前は血も涙もないのか! なぜそんなに堂々としていられるんだ! 婚約を破棄され、家族から離され、一人は寂しくなかったのか!」
遠ざかるカイルの叫びに、ミントは扇子をパッと広げ、優雅に微笑んだ。
「寂しい? あら、そんな暇、一秒もなかったわ。だって私は、いつ、どこにいても、世界で一番愛しい『私』と一緒にいたんですもの」
ミントのその言葉に、会場にいた誰もが戦慄した。
彼女は強いのではない。ただ、自分への愛という一点において、この世界の誰よりも、そして神よりも傲慢で、揺るぎなかったのだ。
カイルが広間から連れ出された後、ミントは鏡の中の自分に向かって投げキッスを送った。
「さあ、ジルコン! 不純物がいなくなったところで、晩餐会の続きを始めましょう。今夜の主役は、もちろん私。そして、私を照らすために集まった、愛すべき観客(ファン)の皆様よ!」
王子の失脚という大事件すらも、ミント・エーデルワイスにとっては、自らをより輝かせるための「照明の切り替え」に過ぎなかったのである。
フロラが隠し持っていた毒薬の瓶。それが彼女の自室から持ち出されたものであること、そして彼女が自らそれをグラスに注ぐのを見たという目撃証言が、次々と裏付けられていく。
「……そ、そんな。フロラが自ら毒を盛ったというのか? 私と彼女の、あの清らかな愛を成就させるために……!?」
カイル王子は膝をつき、茫然自失の体で呟いた。だが、周囲の貴族たちの視線は冷ややかだ。一国の王子ともあろう者が、これほど浅はかな狂言を見抜けず、罪なき(?)元婚約者を貶めようとしたのだ。その政治的信用は、今この瞬間に完全に崩壊したと言っていい。
「殿下、残念ながら証拠は揃っております。フロラ嬢は療養という名目で幽閉、そして殿下も……この騒動の責任を取っていただくことになりますな」
国王の側近が非情な宣告を下す。カイルの顔から血の気が失せていく。
そんな修羅場の中心で、ミントはといえば、ジルコンに持たせた手鏡を覗き込み、自身のまつ毛の角度をミリ単位で調整していた。
「……ふぅ。見て、ジルコン。この騒動の緊迫感が、私の肌に適度な緊張感を与えて、かつてないハリを生み出しているわ。やっぱり、ドラマチックな展開は天然の美容液ね」
「……お嬢様。カイル殿下は廃嫡の危機に立たされています。もう少し、事態の深刻さを共有していただけませんか」
ジルコンが溜息をつきながら進言するが、ミントは鏡に向かって可愛らしく小首を傾げた。
「深刻? 何を言っているの。カイルさんとフロラさんが勝手に自滅して、私の背景から消えていく。それのどこが深刻なの? むしろ、私の視界から不純物が取り除かれて、世界がよりクリアに、美しくなったということだわ」
「ミ、ミント……っ! 貴様、私が、私がどうなってもいいというのか!」
カイルが這いずるようにしてミントの足元へ近寄ってきた。その顔は涙と鼻水で汚れ、かつての王子の威厳は欠片も残っていない。
「お前を追放したことは謝る! 悪かった! だから、その……貴様の持っている温泉の権利や、商人たちとのコネクションで、私を救ってくれ! お前なら陛下を説得できるはずだ!」
ミントはゆっくりと視線を落とし、カイルの顔をじっと見つめた。そして、心底気の毒そうに吐息をつく。
「カイルさん。貴方、今、自分の顔がどんなことになっているか分かっていて?」
「え……?」
「絶望。醜悪。そして、美しさへの敬意の欠如。……その顔で私に触れようとするなんて、私のドレスに対する最大の侮辱だわ。ジルコン、この『汚れた思い出』を、私の視界から速やかに排除してちょうだい」
「仰せのままに」
ジルコンが冷徹にカイルの腕を掴み、引き離す。カイルは絶叫しながら引きずられていった。
「お前は、お前は血も涙もないのか! なぜそんなに堂々としていられるんだ! 婚約を破棄され、家族から離され、一人は寂しくなかったのか!」
遠ざかるカイルの叫びに、ミントは扇子をパッと広げ、優雅に微笑んだ。
「寂しい? あら、そんな暇、一秒もなかったわ。だって私は、いつ、どこにいても、世界で一番愛しい『私』と一緒にいたんですもの」
ミントのその言葉に、会場にいた誰もが戦慄した。
彼女は強いのではない。ただ、自分への愛という一点において、この世界の誰よりも、そして神よりも傲慢で、揺るぎなかったのだ。
カイルが広間から連れ出された後、ミントは鏡の中の自分に向かって投げキッスを送った。
「さあ、ジルコン! 不純物がいなくなったところで、晩餐会の続きを始めましょう。今夜の主役は、もちろん私。そして、私を照らすために集まった、愛すべき観客(ファン)の皆様よ!」
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