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晩餐会の会場がミントの独演会と化していく中、フロラの焦燥は限界を突破していた。
(……ありえない。なんで、なんで誰もあんな女を糾弾しないの!? このままじゃ、私がただの『性格の悪い背景役』で終わっちゃうじゃない!)
フロラは震える手で、ドレスの隠しポケットに忍ばせていた小さな薬瓶を握りしめた。これは、かつて闇市場で手に入れた「一時的に激しい苦痛と発作を引き起こす毒薬」だ。
これを自分の飲み物に混ぜ、ミントに飲まされたと騒ぎ立てる。それさえ成功すれば、どんなに美しくてもミントは「殺人未遂の罪人」として今度こそ地下牢行きだ。
「……ミント様、先ほどは失礼いたしましたわ。和解の印に、この特別な青い果実酒を……二人で乾杯いたしませんか?」
フロラは毒を混ぜたグラスを手に、殊更に弱々しく、今にも折れそうな笑顔で歩み寄った。
「あら、和解? ……まあ、見て。なんて鮮やかで神秘的なブルーなのかしら!」
ミントはフロラの手元にあるグラスを覗き込み、その瞳をキラキラと輝かせた。
「フロラさん、貴方、センスを疑っていたけれど見直したわ。この色……海よりも深く、夜空よりも静謐な輝きを湛えている。これ、もしかして最近王都で流行りの『バタフライピー』を百倍濃縮した超高濃度美容液ではないかしら?」
「えっ……い、いえ、これはただの……」
「いいえ、隠さなくていいわ。この芳醇な……少しだけ金属的な香りは、肌の再生を促す希少なミネラル分が凝縮されている証拠よ。ジルコン、見て! この液体、光の屈折率が完璧だわ!」
ミントはフロラのグラスを奪い取るようにして持ち上げ、光に透かしてうっとりと見つめた。
「……ミント様、それは飲み物としては不自然な色をしています。少し、様子を見ましょう」
ジルコンが鋭い視線でグラスを制止しようとするが、フロラは計画を強行した。
「あ、ああ……っ! ミント様、そんなにマジマジと……ああっ、胸が、胸が苦しいですわ! 貴女、このお酒に何を入れましたの!?」
フロラは、ミントがまだ一口も飲んでいないにもかかわらず、劇的な動作で胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。
「きゃあああ! フロラ様が倒れられたわ!」
「ミント様が毒を!? 今、グラスを奪い合っていたのを見たぞ!」
周囲の貴族たちが騒ぎ出し、カイル王子が「フロラーッ!」と叫びながら駆け寄る。
しかし、当のミントは倒れたフロラには目もくれず、グラスの中の青い液体を指ですくい、自身の頬に薄く塗り広げていた。
「……んんっ! まぁ、驚いたわ! この刺激、まるで氷の刃で肌を磨かれているような清涼感! これ、毒どころか究極の『毛穴引き締め成分』じゃないかしら!」
「ミント! 貴様、フロラが苦しんでいるというのに、何を……!」
カイルが激昂してミントに詰め寄る。だが、ミントは恍惚とした表情で自分の頬を撫で回していた。
「カイルさん、見てちょうだい! この液体を塗った瞬間、私の肌のキメが整い、透明感が五割増しになったわ! フロラさん、貴方ってばなんていい人なの。私をより完璧にするために、こんな貴重な……あえて『痛み』を伴うほどの強烈な美顔剤を隠し持っていたなんて!」
「ち、違うわ……それは、それは毒……ゲホッ、ゴホッ!」
フロラは必死に毒の症状を演じようとするが、ミントの言葉に翻弄され、むせてしまった。
「あら、フロラさん、顔色が真っ青よ? ああ、分かったわ! 貴方、この美顔剤が強力すぎて、成分を吸い込みすぎてしまったのね。自らの美を犠牲にしてまで私を輝かせようとするその献身……。私、感動したわ。貴方のことは、これからは『私の専属エステティシャン』として歴史に刻んであげるわね」
「だ……誰が、エステティシャン……ゲホッ!」
「衛兵! その液体をすぐに没収して調査しろ!」
カイルが命じ、王宮の薬剤師が駆け寄ってグラスを分析し始めた。
会場中の視線が集中する中、薬剤師は青ざめた顔で報告した。
「……で、殿下。これは、確かに強力な毒物ですが……あまりに高濃度すぎて、逆に結晶化し始めています。……というか、ミント様が仰る通り、極微量を希釈すれば、確かに古い角質を溶かすピーリング剤に近い効果がある……かもしれません。もっとも、直接塗るなど正気の沙汰ではありませんが……」
「ピーリング! やっぱりそうだったのね!」
ミントは勝ち誇ったように胸を張った。
「フロラさん、毒だなんて仰るから驚いたわ。美しさを追求する過程で感じる痛みは、毒ではなく『進化の産物』よ。貴方は、自分の美学が足りないから、その痛みに負けて倒れてしまったのね。……ああ、可哀想に。本物の美しさを手に入れる覚悟ができていなかったのね」
「な、な……っ!」
フロラの自作自演は、ミントの「超絶ポジティブ美容解釈」によって完全に粉砕された。
周囲の貴族たちは、倒れているフロラよりも、毒を顔に塗っても平然と輝きを増しているミントの「無敵の肌」に畏怖を覚え始めていた。
「……お嬢様。これからは、見慣れない液体を顔に塗るのは控えていただけますか。私の心臓が持ちません」
ジルコンが深く溜息をつきながら、ミントの頬を布で拭おうとする。
「あら、ジルコン。心配しすぎよ。私の美しさを愛する心は、どんな毒をも無効化する……いえ、最高のスパイスに変えてしまうの。……見て、フロラさん。貴方の自爆のおかげで、私の顔の輪郭がさらにシャープになったわ。感謝の印に、私の『使用済みコットン』を差し上げてもいいわよ?」
フロラは屈辱のあまり、ついに白目を剥いて気絶した。
断罪のはずの夜会は、ミントの「毒すらも美容に変える伝説」を確定させる場となったのである。
(……ありえない。なんで、なんで誰もあんな女を糾弾しないの!? このままじゃ、私がただの『性格の悪い背景役』で終わっちゃうじゃない!)
フロラは震える手で、ドレスの隠しポケットに忍ばせていた小さな薬瓶を握りしめた。これは、かつて闇市場で手に入れた「一時的に激しい苦痛と発作を引き起こす毒薬」だ。
これを自分の飲み物に混ぜ、ミントに飲まされたと騒ぎ立てる。それさえ成功すれば、どんなに美しくてもミントは「殺人未遂の罪人」として今度こそ地下牢行きだ。
「……ミント様、先ほどは失礼いたしましたわ。和解の印に、この特別な青い果実酒を……二人で乾杯いたしませんか?」
フロラは毒を混ぜたグラスを手に、殊更に弱々しく、今にも折れそうな笑顔で歩み寄った。
「あら、和解? ……まあ、見て。なんて鮮やかで神秘的なブルーなのかしら!」
ミントはフロラの手元にあるグラスを覗き込み、その瞳をキラキラと輝かせた。
「フロラさん、貴方、センスを疑っていたけれど見直したわ。この色……海よりも深く、夜空よりも静謐な輝きを湛えている。これ、もしかして最近王都で流行りの『バタフライピー』を百倍濃縮した超高濃度美容液ではないかしら?」
「えっ……い、いえ、これはただの……」
「いいえ、隠さなくていいわ。この芳醇な……少しだけ金属的な香りは、肌の再生を促す希少なミネラル分が凝縮されている証拠よ。ジルコン、見て! この液体、光の屈折率が完璧だわ!」
ミントはフロラのグラスを奪い取るようにして持ち上げ、光に透かしてうっとりと見つめた。
「……ミント様、それは飲み物としては不自然な色をしています。少し、様子を見ましょう」
ジルコンが鋭い視線でグラスを制止しようとするが、フロラは計画を強行した。
「あ、ああ……っ! ミント様、そんなにマジマジと……ああっ、胸が、胸が苦しいですわ! 貴女、このお酒に何を入れましたの!?」
フロラは、ミントがまだ一口も飲んでいないにもかかわらず、劇的な動作で胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。
「きゃあああ! フロラ様が倒れられたわ!」
「ミント様が毒を!? 今、グラスを奪い合っていたのを見たぞ!」
周囲の貴族たちが騒ぎ出し、カイル王子が「フロラーッ!」と叫びながら駆け寄る。
しかし、当のミントは倒れたフロラには目もくれず、グラスの中の青い液体を指ですくい、自身の頬に薄く塗り広げていた。
「……んんっ! まぁ、驚いたわ! この刺激、まるで氷の刃で肌を磨かれているような清涼感! これ、毒どころか究極の『毛穴引き締め成分』じゃないかしら!」
「ミント! 貴様、フロラが苦しんでいるというのに、何を……!」
カイルが激昂してミントに詰め寄る。だが、ミントは恍惚とした表情で自分の頬を撫で回していた。
「カイルさん、見てちょうだい! この液体を塗った瞬間、私の肌のキメが整い、透明感が五割増しになったわ! フロラさん、貴方ってばなんていい人なの。私をより完璧にするために、こんな貴重な……あえて『痛み』を伴うほどの強烈な美顔剤を隠し持っていたなんて!」
「ち、違うわ……それは、それは毒……ゲホッ、ゴホッ!」
フロラは必死に毒の症状を演じようとするが、ミントの言葉に翻弄され、むせてしまった。
「あら、フロラさん、顔色が真っ青よ? ああ、分かったわ! 貴方、この美顔剤が強力すぎて、成分を吸い込みすぎてしまったのね。自らの美を犠牲にしてまで私を輝かせようとするその献身……。私、感動したわ。貴方のことは、これからは『私の専属エステティシャン』として歴史に刻んであげるわね」
「だ……誰が、エステティシャン……ゲホッ!」
「衛兵! その液体をすぐに没収して調査しろ!」
カイルが命じ、王宮の薬剤師が駆け寄ってグラスを分析し始めた。
会場中の視線が集中する中、薬剤師は青ざめた顔で報告した。
「……で、殿下。これは、確かに強力な毒物ですが……あまりに高濃度すぎて、逆に結晶化し始めています。……というか、ミント様が仰る通り、極微量を希釈すれば、確かに古い角質を溶かすピーリング剤に近い効果がある……かもしれません。もっとも、直接塗るなど正気の沙汰ではありませんが……」
「ピーリング! やっぱりそうだったのね!」
ミントは勝ち誇ったように胸を張った。
「フロラさん、毒だなんて仰るから驚いたわ。美しさを追求する過程で感じる痛みは、毒ではなく『進化の産物』よ。貴方は、自分の美学が足りないから、その痛みに負けて倒れてしまったのね。……ああ、可哀想に。本物の美しさを手に入れる覚悟ができていなかったのね」
「な、な……っ!」
フロラの自作自演は、ミントの「超絶ポジティブ美容解釈」によって完全に粉砕された。
周囲の貴族たちは、倒れているフロラよりも、毒を顔に塗っても平然と輝きを増しているミントの「無敵の肌」に畏怖を覚え始めていた。
「……お嬢様。これからは、見慣れない液体を顔に塗るのは控えていただけますか。私の心臓が持ちません」
ジルコンが深く溜息をつきながら、ミントの頬を布で拭おうとする。
「あら、ジルコン。心配しすぎよ。私の美しさを愛する心は、どんな毒をも無効化する……いえ、最高のスパイスに変えてしまうの。……見て、フロラさん。貴方の自爆のおかげで、私の顔の輪郭がさらにシャープになったわ。感謝の印に、私の『使用済みコットン』を差し上げてもいいわよ?」
フロラは屈辱のあまり、ついに白目を剥いて気絶した。
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