8 / 28
8
しおりを挟む
「ふんぬっ……! ここの切り株、なかなかしぶといわね!」
パルメは黄金のスコップ『ガイア・ブレイカー』を地面に突き立て、全力で体重をかけていた。
今の彼女の格好は、お世辞にも公爵令嬢には見えない。
頭には手ぬぐいを巻き、袖をまくり上げ、顔には「戦士の証」と言わんばかりの泥がひと筋ついている。
「お嬢様、もうその辺にしませんか。その切り株、さっきから悲鳴を上げている気がします」
アンナが日傘を差しながら、遠巻きに声をかける。
「ダメよ! ここにカボチャを植えるスペースを作るって決めたんだから! あ、アンナ、誰か来るわよ」
パルメが指差す先、領地の境界線の方から、一人の男が歩いてくるのが見えた。
仕立ての良い、しかし動きやすそうな旅装に身を包んだその男は、異様なほどのオーラを放っていた。
燃えるような銀髪に、吸い込まれそうな深い青の瞳。モデルも逃げ出すような超絶美形である。
「……あら。あんなイケメン、この近所に住んでいたかしら?」
パルメが首を傾げていると、その男は迷いのない足取りでパルメの目の前までやってきた。
そして、泥だらけの彼女の前に跪き、その汚れた手をそっと取って口づけを落とした。
「……ようやく見つけた。私の、気高くも美しき大地の女神(パルメ)」
「……はい?」
パルメは、握られた自分の手が「ジャガイモの種芋」を握ったままだったことに気づき、慌てて引き抜いた。
「ええと、どちら様でしたっけ? もしかして、道に迷った旅のダンサーか何か?」
「パルメ、私だ。隣国アステリアの第三王子、セドリックだ。幼い頃、君に泥団子をぶつけられたのを忘れたのか?」
「セドリック……? ああ! あの、いつも私の後ろを無言でついてきて、私の食べ残しを欲しそうに見ていた、あの影の薄い王子様!?」
セドリックは、パルメの失礼極まりない言葉に、なぜか恍惚とした表情を浮かべた。
「そうだ。あの頃から、私は君という光の影であることを誇りに思っていた。君が婚約破棄されたと聞き、居ても立ってもいられず駆けつけたのだ」
(……え。何この人、ちょっと怖い)
パルメは一歩後退り、アンナの背後に隠れた。
「セドリック殿下、わざわざお越しいただいたところ申し訳ないのですが、今の私は見ての通り『無職の農家』なんですの。おもてなしするお茶も、さっき掘ったばかりの芋の煮汁くらいしかありませんわ」
「構わない。むしろその煮汁を聖水として持ち帰りたいくらいだ」
「アンナ、この人やっぱりストーカーよ! 衛兵を呼んで!」
「落ち着いてくださいお嬢様。お隣の王子様を捕まえたら国際問題になります」
セドリックは、パルメの拒絶すら「愛の試練」として受け入れているようだった。
彼は立ち上がると、おもむろに上着を脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り上げた。
「パルメ。君がこの大地を救おうとしていることは知っている。このセドリック、微力ながら君の『覇道』を手伝わせてもらおう」
「覇道じゃなくて農道を作っているだけなんですけど……」
「まずはその切り株だな? 任せてくれ」
セドリックは腰に下げていた細剣(レイピア)を抜くと、流れるような動きで切り株に一閃した。
シュパパパン! と乾いた音が響き、巨大な切り株がサイコロ状に細かく裁断されていく。
「……す、すごいですわ。薪割りの手間が省けましたわね」
「君の手を汚す必要はない。君はただ、そこで太陽のように笑っていればいいんだ」
セドリックは、その後も驚異的な身体能力で石を運び、雑草をむしり、パルメの指示を待たずに次々と作業をこなしていった。
その様子は、まるで見えないパルメの「声」を聞き取っているかのようだった。
「ねえアンナ……あの人、なんであんなに私のやりたいことが分かるのかしら?」
「お嬢様、あれは『愛』ではなく、間違いなく『長年の観察(ストーキング)』の成果ですよ……」
セドリックは、作業の合間にパルメを見つめ、熱い吐息を漏らしている。
「パルメ……。泥がついたその頬、なんと気高い……。王都の連中は君を悪役と呼ぶが、彼らには見えていないのだ。君がこの大地に注ぐ深い慈愛が!」
(慈愛っていうか、ただの食欲なんだけどな……)
パルメは、セドリックのあまりの熱量に圧倒されながらも、とりあえず便利な労働力が手に入ったことに満足することにした。
「まあいいわ。セドリック殿下、次はあそこの湿地帯を干拓してくださる?」
「御意! 我が女神の仰せのままに!」
セドリックは、キラッキラの笑顔で泥沼へと飛び込んでいった。
こうして、パルメの隠居生活に、最も有能で最も面倒な「自称・騎士(兼・隣国の王子)」が加わることになったのである。
「……ふふ、これでカボチャの収穫時期が早まりそうだわ!」
パルメの笑い声と、セドリックの剣の風切り音が、領地の夕暮れに響き渡った。
パルメは黄金のスコップ『ガイア・ブレイカー』を地面に突き立て、全力で体重をかけていた。
今の彼女の格好は、お世辞にも公爵令嬢には見えない。
頭には手ぬぐいを巻き、袖をまくり上げ、顔には「戦士の証」と言わんばかりの泥がひと筋ついている。
「お嬢様、もうその辺にしませんか。その切り株、さっきから悲鳴を上げている気がします」
アンナが日傘を差しながら、遠巻きに声をかける。
「ダメよ! ここにカボチャを植えるスペースを作るって決めたんだから! あ、アンナ、誰か来るわよ」
パルメが指差す先、領地の境界線の方から、一人の男が歩いてくるのが見えた。
仕立ての良い、しかし動きやすそうな旅装に身を包んだその男は、異様なほどのオーラを放っていた。
燃えるような銀髪に、吸い込まれそうな深い青の瞳。モデルも逃げ出すような超絶美形である。
「……あら。あんなイケメン、この近所に住んでいたかしら?」
パルメが首を傾げていると、その男は迷いのない足取りでパルメの目の前までやってきた。
そして、泥だらけの彼女の前に跪き、その汚れた手をそっと取って口づけを落とした。
「……ようやく見つけた。私の、気高くも美しき大地の女神(パルメ)」
「……はい?」
パルメは、握られた自分の手が「ジャガイモの種芋」を握ったままだったことに気づき、慌てて引き抜いた。
「ええと、どちら様でしたっけ? もしかして、道に迷った旅のダンサーか何か?」
「パルメ、私だ。隣国アステリアの第三王子、セドリックだ。幼い頃、君に泥団子をぶつけられたのを忘れたのか?」
「セドリック……? ああ! あの、いつも私の後ろを無言でついてきて、私の食べ残しを欲しそうに見ていた、あの影の薄い王子様!?」
セドリックは、パルメの失礼極まりない言葉に、なぜか恍惚とした表情を浮かべた。
「そうだ。あの頃から、私は君という光の影であることを誇りに思っていた。君が婚約破棄されたと聞き、居ても立ってもいられず駆けつけたのだ」
(……え。何この人、ちょっと怖い)
パルメは一歩後退り、アンナの背後に隠れた。
「セドリック殿下、わざわざお越しいただいたところ申し訳ないのですが、今の私は見ての通り『無職の農家』なんですの。おもてなしするお茶も、さっき掘ったばかりの芋の煮汁くらいしかありませんわ」
「構わない。むしろその煮汁を聖水として持ち帰りたいくらいだ」
「アンナ、この人やっぱりストーカーよ! 衛兵を呼んで!」
「落ち着いてくださいお嬢様。お隣の王子様を捕まえたら国際問題になります」
セドリックは、パルメの拒絶すら「愛の試練」として受け入れているようだった。
彼は立ち上がると、おもむろに上着を脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り上げた。
「パルメ。君がこの大地を救おうとしていることは知っている。このセドリック、微力ながら君の『覇道』を手伝わせてもらおう」
「覇道じゃなくて農道を作っているだけなんですけど……」
「まずはその切り株だな? 任せてくれ」
セドリックは腰に下げていた細剣(レイピア)を抜くと、流れるような動きで切り株に一閃した。
シュパパパン! と乾いた音が響き、巨大な切り株がサイコロ状に細かく裁断されていく。
「……す、すごいですわ。薪割りの手間が省けましたわね」
「君の手を汚す必要はない。君はただ、そこで太陽のように笑っていればいいんだ」
セドリックは、その後も驚異的な身体能力で石を運び、雑草をむしり、パルメの指示を待たずに次々と作業をこなしていった。
その様子は、まるで見えないパルメの「声」を聞き取っているかのようだった。
「ねえアンナ……あの人、なんであんなに私のやりたいことが分かるのかしら?」
「お嬢様、あれは『愛』ではなく、間違いなく『長年の観察(ストーキング)』の成果ですよ……」
セドリックは、作業の合間にパルメを見つめ、熱い吐息を漏らしている。
「パルメ……。泥がついたその頬、なんと気高い……。王都の連中は君を悪役と呼ぶが、彼らには見えていないのだ。君がこの大地に注ぐ深い慈愛が!」
(慈愛っていうか、ただの食欲なんだけどな……)
パルメは、セドリックのあまりの熱量に圧倒されながらも、とりあえず便利な労働力が手に入ったことに満足することにした。
「まあいいわ。セドリック殿下、次はあそこの湿地帯を干拓してくださる?」
「御意! 我が女神の仰せのままに!」
セドリックは、キラッキラの笑顔で泥沼へと飛び込んでいった。
こうして、パルメの隠居生活に、最も有能で最も面倒な「自称・騎士(兼・隣国の王子)」が加わることになったのである。
「……ふふ、これでカボチャの収穫時期が早まりそうだわ!」
パルメの笑い声と、セドリックの剣の風切り音が、領地の夕暮れに響き渡った。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。
ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。
余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
婚約破棄で、おひとり様になれるはずだったのに!?
パリパリかぷちーの
恋愛
主人公ルシアン・ヴァイオレットは、「悪役令嬢」として振る舞う孤独愛好家の公爵令嬢。念願だった第一王子アランとの婚約破棄を言い渡されると、内心では歓喜し、大都会の喧騒から逃れて森の奥の廃墟同然の別荘へと引きこもる。ルシアンの目的は、誰にも邪魔されない至高の静寂ライフを満喫することだった。
しかし、彼女の理想郷にはすでに先客がいた。それは、無口で無愛想だがハイスペックな謎の男、キース。実は彼は、王国の裏社会を統べる『影の英雄』と呼ばれる辺境伯であり、ルシアンの孤高の姿に心奪われた重度の隠れファンだった。
弟が悪役令嬢に怪我をさせられたのに、こっちが罰金を払うだなんて、そんなおかしな話があるの? このまま泣き寝入りなんてしないから……!
冬吹せいら
恋愛
キリア・モルバレスが、令嬢のセレノー・ブレッザに、顔面をナイフで切り付けられ、傷を負った。
しかし、セレノーは謝るどころか、自分も怪我をしたので、モルバレス家に罰金を科すと言い始める。
話を聞いた、キリアの姉のスズカは、この件を、親友のネイトルに相談した。
スズカとネイトルは、お互いの身分を知らず、会話する仲だったが、この件を聞いたネイトルが、ついに自分の身分を明かすことに。
そこから、話しは急展開を迎える……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる