婚約破棄!ついでに王子をどん底に突き落とす。

鏡おもち

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「ふんぬっ……! ここの切り株、なかなかしぶといわね!」

パルメは黄金のスコップ『ガイア・ブレイカー』を地面に突き立て、全力で体重をかけていた。

今の彼女の格好は、お世辞にも公爵令嬢には見えない。

頭には手ぬぐいを巻き、袖をまくり上げ、顔には「戦士の証」と言わんばかりの泥がひと筋ついている。

「お嬢様、もうその辺にしませんか。その切り株、さっきから悲鳴を上げている気がします」

アンナが日傘を差しながら、遠巻きに声をかける。

「ダメよ! ここにカボチャを植えるスペースを作るって決めたんだから! あ、アンナ、誰か来るわよ」

パルメが指差す先、領地の境界線の方から、一人の男が歩いてくるのが見えた。

仕立ての良い、しかし動きやすそうな旅装に身を包んだその男は、異様なほどのオーラを放っていた。

燃えるような銀髪に、吸い込まれそうな深い青の瞳。モデルも逃げ出すような超絶美形である。

「……あら。あんなイケメン、この近所に住んでいたかしら?」

パルメが首を傾げていると、その男は迷いのない足取りでパルメの目の前までやってきた。

そして、泥だらけの彼女の前に跪き、その汚れた手をそっと取って口づけを落とした。

「……ようやく見つけた。私の、気高くも美しき大地の女神(パルメ)」

「……はい?」

パルメは、握られた自分の手が「ジャガイモの種芋」を握ったままだったことに気づき、慌てて引き抜いた。

「ええと、どちら様でしたっけ? もしかして、道に迷った旅のダンサーか何か?」

「パルメ、私だ。隣国アステリアの第三王子、セドリックだ。幼い頃、君に泥団子をぶつけられたのを忘れたのか?」

「セドリック……? ああ! あの、いつも私の後ろを無言でついてきて、私の食べ残しを欲しそうに見ていた、あの影の薄い王子様!?」

セドリックは、パルメの失礼極まりない言葉に、なぜか恍惚とした表情を浮かべた。

「そうだ。あの頃から、私は君という光の影であることを誇りに思っていた。君が婚約破棄されたと聞き、居ても立ってもいられず駆けつけたのだ」

(……え。何この人、ちょっと怖い)

パルメは一歩後退り、アンナの背後に隠れた。

「セドリック殿下、わざわざお越しいただいたところ申し訳ないのですが、今の私は見ての通り『無職の農家』なんですの。おもてなしするお茶も、さっき掘ったばかりの芋の煮汁くらいしかありませんわ」

「構わない。むしろその煮汁を聖水として持ち帰りたいくらいだ」

「アンナ、この人やっぱりストーカーよ! 衛兵を呼んで!」

「落ち着いてくださいお嬢様。お隣の王子様を捕まえたら国際問題になります」

セドリックは、パルメの拒絶すら「愛の試練」として受け入れているようだった。

彼は立ち上がると、おもむろに上着を脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り上げた。

「パルメ。君がこの大地を救おうとしていることは知っている。このセドリック、微力ながら君の『覇道』を手伝わせてもらおう」

「覇道じゃなくて農道を作っているだけなんですけど……」

「まずはその切り株だな? 任せてくれ」

セドリックは腰に下げていた細剣(レイピア)を抜くと、流れるような動きで切り株に一閃した。

シュパパパン! と乾いた音が響き、巨大な切り株がサイコロ状に細かく裁断されていく。

「……す、すごいですわ。薪割りの手間が省けましたわね」

「君の手を汚す必要はない。君はただ、そこで太陽のように笑っていればいいんだ」

セドリックは、その後も驚異的な身体能力で石を運び、雑草をむしり、パルメの指示を待たずに次々と作業をこなしていった。

その様子は、まるで見えないパルメの「声」を聞き取っているかのようだった。

「ねえアンナ……あの人、なんであんなに私のやりたいことが分かるのかしら?」

「お嬢様、あれは『愛』ではなく、間違いなく『長年の観察(ストーキング)』の成果ですよ……」

セドリックは、作業の合間にパルメを見つめ、熱い吐息を漏らしている。

「パルメ……。泥がついたその頬、なんと気高い……。王都の連中は君を悪役と呼ぶが、彼らには見えていないのだ。君がこの大地に注ぐ深い慈愛が!」

(慈愛っていうか、ただの食欲なんだけどな……)

パルメは、セドリックのあまりの熱量に圧倒されながらも、とりあえず便利な労働力が手に入ったことに満足することにした。

「まあいいわ。セドリック殿下、次はあそこの湿地帯を干拓してくださる?」

「御意! 我が女神の仰せのままに!」

セドリックは、キラッキラの笑顔で泥沼へと飛び込んでいった。

こうして、パルメの隠居生活に、最も有能で最も面倒な「自称・騎士(兼・隣国の王子)」が加わることになったのである。

「……ふふ、これでカボチャの収穫時期が早まりそうだわ!」

パルメの笑い声と、セドリックの剣の風切り音が、領地の夕暮れに響き渡った。
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