婚約破棄!ついでに王子をどん底に突き落とす。

鏡おもち

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「……苦しい。アンナ、このドレス、背中の紐をあと三メートルくらい緩めてくださらない?」

アステリア王国の王立大聖堂。控え室の鏡の前で、パルメは顔をしかめていた。

今日の彼女は、最高級のシルクと宝石を散りばめた、目が眩むような純白のウェディングドレスに身を包んでいる。

「お嬢様、これ以上緩めたらドレスが自重で崩壊しますわ。今日ばかりは、公爵令嬢……いえ、次期王妃としての矜持を持ってください!」

アンナが必死にパルメのウエストを締め上げる。

「矜持でお腹は膨らまないわ。それよりアンナ、さっき窓から見えたの。大聖堂の裏庭にある、あの『伝説の金リンゴ』の木……」

「……嫌な予感がします。お嬢様、今は結婚式の直前ですよ?」

「あれ、完全に根腐れを起こしているわ! このままだと、誓いのキスの最中に枯れ落ちて、不吉なジンクスになっちゃうじゃない!」

パルメの瞳に、農家としての使命感が宿った。

そこへ、白銀の礼装に身を包んだセドリックが入ってきた。

「パルメ、準備はいいかい? ……おお、なんて美しいんだ。君のその、今にも暴れ出しそうな躍動感溢れる美しさに、私は……」

「セドリック殿下! ちょうどいいところに! あそこの木、今すぐ植え替えが必要ですわ!」

「……結婚式のプログラムに『植え替え』は入っていないが、君が望むなら司教を説得してこよう」

「殿下、甘やかさないでください!」

アンナの絶叫も虚しく、式の開始を告げる鐘が鳴り響いた。

大聖堂の扉が開かれ、パルメとセドリックは並んでバージンロードを歩き出した。

参列したアステリア王国の貴族たちは、そのあまりの美男美女ぶりに、感嘆の溜息を漏らす。

「……なんて神々しいお二人だ」「隣国の悪役令嬢と聞いていたが、まるで大地の女神のようではないか」

しかし、パルメの視線は祭壇の奥にあるステンドグラス……ではなく、その向こう側に見える中庭の老木に釘付けだった。

(……やっぱりだわ。あの枝のしなり方、害虫が湧いている証拠よ! 私の結婚式を害虫に汚されるなんて、悪役王妃の名が廃るわ!)

誓いの言葉が始まった。司教が厳かに問いかける。

「セドリック・フォン・アステリア。汝は、パルメ・ド・ラ・メールを妻とし……」

「はい、誓います。彼女が世界を耕すなら、私はそのクワになりましょう」

「……。では、パルメ・ド・ラ・メール。汝は、セドリック・フォン・アステリアを夫とし……」

「……ちょっと失礼!」

パルメは返事の代わりに、ドレスの裾を豪快にたくし上げた。

「お、お嬢様ぁ!?」

アンナの悲鳴を背に、パルメは祭壇を飛び越え、ステンドグラスの脇にある隠し扉から中庭へと疾走した。

「パルメ! 待ってくれ、私も行く!」

セドリックも、迷わず新婦を追って走り出す。

参列者たちが唖然とする中、パルメは中庭にそびえ立つ巨大な金リンゴの木にたどり着いた。

「このドレス、意外と動きやすいわね! セドリック殿下、私の腰を支えてちょうだい!」

「了解した、パルメ。……さあ、空高く舞うがいい!」

セドリックがパルメの腰を抱えて持ち上げると、パルメはウェディングドレスの裾を枝に引っ掛けながら、軽やかな身のこなしで木に登り始めた。

「……いたわ! この『アステリア甲虫』め! 私の木に無断で住み着くなんて、家賃を払ってからにしなさい!」

パルメは、髪に飾っていた宝石付きのヘアピンを引き抜くと、それを精密なメスのように扱い、木の幹に潜んでいた害虫を次々と摘出していく。

純白のドレスが木の葉で汚れ、ベールが枝に絡まって千切れる。

しかし、木の上で害虫を駆除するパルメの姿は、逆光を浴びて神々しいまでに輝いていた。

「……見ろ。パルメ様が、我が国の御神木を浄化しておられる……」

追いかけてきた貴族たちの一人が、感動に震える声で呟いた。

「……結婚式の最中に、自らのドレスを汚してまで国を救おうとされるなんて。なんと慈悲深いお方なんだ!」

「あのお方は『悪役』などではない! 自らの手を汚すことを厭わない、真の聖女だ!」

会場は、いつの間にか割れんばかりの拍手と歓声に包まれていた。

パルメは、最後の一匹を地面に叩き落とすと、木の上で満足げにセドリックを見下ろした。

「セドリック殿下! これで完璧ですわ! さあ、続きをやりましょう!」

「ああ、パルメ。木の上での誓いも、乙なものだね」

セドリックは、自分も木に登り、太い枝の上でパルメの手を取った。

「司教! 聞こえるか! 続きをここでやるぞ!」

下で呆然としていた司教は、震えながら聖書を開き直した。

「……は、はい! では、汝ら……その、不安定な足場にて、愛を誓いますか?」

「「誓いますわ!(誓う!)」」

パルメとセドリックは、地上三メートルの高さで、歴史に残る「空中結婚式」を執筆……もとい、完遂した。

「おーほっほっほ! 見ていなさい、世界中の植物たち! このパルメが、隣国ごと貴方たちを幸せにしてあげますわよ!」

風にたなびくボロボロのウェディングドレス。

しかし、その笑顔はどんな宝石よりも輝いており、隣国の民たちは、この型破りな「悪役王妃」の誕生を、心から祝福するのだった。

「お嬢様……。もう、一生ついていきますから、せめて降りる時くらいは普通にしてくださいね」

アンナが下に毛布を広げて待機する中、パルメの波乱万丈な結婚式は、最高の形で幕を閉じた。
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