婚約破棄のショックで食欲が……倍増しました!

鏡おもち

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「……朝ですわ。あまりにも、あまりにも残酷な朝ですわ……」

私は、黒狼城の客室(という名の、石壁に囲まれた頑丈な部屋)で、天を仰いでいました。
窓から差し込む朝日は目に痛く、そして何より、私の腹時計が「緊急事態宣言」を発令しています。

「ぐぅぅぅぅ……」

「……昨夜、あんなに食べたはずだろう。お前の胃袋はどうなっているんだ」

扉をノックもせずに開けて入ってきたのは、着替えを済ませたカシアン様でした。
彼は、昨夜のスープのおかげか、心なしか肌の艶が良いように見えます。

「失礼ね、カシアン様。淑女の胃袋は、常に新しい感動を受け入れるためにスペースを空けておくものですわ。……それより、朝食は何ですの? まさか、あの『茹でただけの何か』に戻ったりはしませんわよね?」

「……残念ながら、朝は早い。騎士たちは皆、干し肉と硬いパンを齧って訓練に出る。お前の分も、これしかない」

カシアン様が差し出したのは、昨日見たジャーキーよりもさらに硬そうな、石炭のような色のパンでした。
私はそれを受け取り、コンコンとテーブルに叩きつけてみました。
……いい音がしますわね。鈍器として使えそうですわ。

「却下ですわ! こんなので私の朝を始めるなんて、人生に対する冒涜です! カシアン様、昨夜約束しましたわよね。食材探しに行くって!」

「今からか? まだ夜明け直後だぞ。魔物が出る可能性もある」

「魔物? ちょうどいいではありませんか! 私、まだ魔物の肉を自分で捌いたことがありませんの。鮮度が命のジビエパーティー、開催決定ですわ!」

「……本気か。おい、待て! そのドレスで行くつもりか!」

私はカシアン様の腕を掴み、半ば強引に城の外へと引きずり出しました。
公爵令嬢の力とは思えない、と彼は驚いていましたが、空腹の女性の筋力を侮ってはいけません。

城の裏手に広がるのは、深く、冷たい空気に満ちた「黒狼の森」。
王都の人間なら足を踏み入れるだけで震え上がるような場所ですが、私にはここが「巨大なスーパーマーケット」に見えて仕方がありません。

「ほら、見てくださいカシアン様! あそこの木の根元! あの、少し盛り上がった土の感じ……間違いありませんわ!」

「……ただの土の塊だろう。魔物の糞かもしれないぞ」

「失礼な! 私の『食欲センサー』が、あそこで最高級の香りが眠っていると告げているのですわ!」

私は近くに落ちていた枝を拾い、貴族の矜持をすべてかなぐり捨てて土を掘り返し始めました。
ガリガリ、ガリガリ。
カシアン様が呆れ果てて、遠い目をして空を眺めています。

「……はっ! これですわ! 見てください、カシアン様!」

土の中から現れたのは、ゴツゴツとした黒い塊。
一見すればただの石ころですが、土を払うと、その隙間から芳醇な……ナッツのような、湿った土のような、それでいて気品のある香りが立ち上りました。

「……なんだ、その黒い石は。食べられるのか?」

「石ではありませんわ! これは『黒い宝石』……王都では金と同等、いえ、それ以上の価値で取引される『スノートリュフ』ですわよ!」

「……トリュフ? 聞いたことはあるが、こんなところに生えているのか?」

「寒暖差が激しく、特定の木がある場所にしか生えない珍味ですわ。まさか、こんなに無造作に転がっているなんて……。ヴォルフ領、恐ろしい子……!」

私はトリュフを頬ずりせんばかりの勢いで見つめました。
これを薄く削って、先ほどの「石炭パン」に乗せ、少しだけバターと塩を振れば……。
ああ、想像しただけで涎が、ではなく、感動の涙が溢れそうです。

「カシアン様、見ていてください。このトリュフを使って、あなたの『石炭パン』を『王宮の朝食』に変えて差し上げますわ!」

「……。一つ聞くが、ラテ。お前は本当に、追放されて悲しくないのか?」

カシアン様が、不思議そうに私を覗き込んできました。
その瞳には、少しだけ私に対する「敬意」のようなものが混ざり始めている気がします。

「悲しい? なぜですの? 王都にいた頃の私は、常に『淑女らしくあれ』『少食であれ』と型に嵌められて生きてきましたわ。でも、ここでは誰も私の食べっぷりを笑いませんし、何より、目の前にこんなに素晴らしい食材が溢れている……」

私はトリュフを高く掲げ、朝日を浴びせました。

「ここは自由の地ですわ! ジュリアン王子に感謝しなければなりませんね。私をこんな『美食の楽園』に追い出してくれたのですから!」

「……ははっ。お前は本当に、面白い女だな」

カシアン様が、声を上げて笑いました。
冷徹な死神と呼ばれた男の、屈託のない笑い声。
それにつられて、私の胃袋も「ぐぅ~」と可愛らしく(?)賛同の声を上げました。

「よし、ラテ。その『宝石』の調理法、私にも教えろ。朝食くらい、私が手伝ってやってもいい」

「あら、カシアン様。助手にするには少しお高いですよ? 報酬は、私の作った朝食の『味見権』でどうかしら?」

「十分すぎるな。さあ、城に戻るぞ。お前の腹の虫が、さっきから熊の咆哮のように聞こえて落ち着かん」

私たちは、朝露に濡れた森を後にしました。
私の手の中には、最高のお宝。
そして隣には、案外悪くない相棒。

ヴォルフ領の朝は、王都のどんな舞踏会よりも、輝かしく、そして美味しそうな予感に満ちていたのです。
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