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「……手紙? 王都の、それもベルモンド公爵家から、私宛てにですか?」
黒狼城の正門前で、私は首を傾げました。
目の前には、王都からやってきたのであろう、土埃にまみれた伝令兵が立っています。
彼は私を見るなり、「ひっ……!」と短く悲鳴を上げ、地面に平伏しました。
「あ、悪役令嬢……いえ、ラテ・ベルモンド様! 公爵閣下からの親書にございます! どうか、どうか私の命だけは……!」
「失礼な。私がいつ、あなたの命を吸い取ると言いましたの? 吸い取るとしたら、その腰についている備蓄用の『乾燥チーズ』の香りくらいですわよ」
「……ラテ。いい加減、初対面の相手を食欲で威圧するのはやめろ」
カシアン様が、私の後ろから溜息混じりに現れました。
彼は伝令兵の手から震える手紙を受け取り、私に差し出してくれました。
私はそれを無造作に破り捨て……いえ、丁寧に開封しました。
中には、見覚えのある、そしてどこか投げやりな父の筆跡が躍っていました。
『娘よ、息災か。
お前が追放されてから、我が公爵家の食卓は実に静かだ。
お前の食べっぷりがないせいで、料理長が自信を失い、最近のスープは塩気が足りん。
ところで、ジュリアン王子が「ラテがいないと、マリアとの仲を邪魔する役がいなくて張り合いがない」などと寝ぼけたことを言い始めている。
もし死にそうなら、特赦を願い出てやらんでもない。……で、生きてるか?』
「……。……。……はぁ」
私は読み終えるなり、深い、深ーい溜息をつきました。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、胃がキリキリと痛みそうですわ。
「……どうした、ラテ。公爵閣下は、何と? やはり、お前を連れ戻そうとしているのか?」
カシアン様の声が、心なしか強張っています。
彼は私の顔を覗き込み、答えを待つ間、握りしめた拳が微かに震えていました。
「ええ、そうですわ。お父様ったら、『王宮の食卓が静かすぎて寂しいから戻ってこい』なんて、自分勝手なことを仰っていますの」
「……戻る、のか。お前は、あのアヒルのコンフィや、フォアグラのムースがある王都へ……」
カシアン様が、ガックリと肩を落としました。
その姿は、まるで雨に打たれた大型犬のようですわね。
「鉄壁の死神」と呼ばれた威厳はどこへ行ったのかしら。
「カシアン様。あなたは、私のことを何もわかっていませんわね」
私は、伝令兵からペンと紙をひったくりました。
そして、その場で豪快に返信を書き殴りました。
『お父様へ。
私は、至って元気に太っております。
王都の食事? そんな精進料理のようなもの、もう思い出せませんわ。
こちらには、噛めば噛むほど旨味が溢れる鋼鉄猪の肉があり、土の香りが芳醇なスノートリュフが自生し、さらには私の胃袋を完璧に管理してくれる、最高にマメな騎士様がいます。
王子のわがままに付き合う暇があるなら、私は今夜の鹿肉のローストのソースを煮詰めなければなりませんの。
お肉が私を離してくれませんので、帰還の予定は一生ありません。あしからず。
追伸:お父様も、たまには塩だけでなく、私の教えた「芥子蜂蜜」を使いなさいな。』
「……よし! これを、光の速さで王都へ持ち帰りなさい!」
私は、書き上げた手紙を伝令兵の顔面に叩きつけるように手渡しました。
「えっ……ええっ!? 『帰りません』だけでよろしいのですか!? 公爵家への復帰、つまりは権力の座に戻れるというのに……!」
「権力でお腹が膨れますの? 私は今、カシアン様と美味しいお米を食べることで忙しいのですわ! さあ、さっさと行きなさい! あなたの馬の嘶きが、私の集中力を削いでいますわよ!」
「ひ、ひぃぃーっ! 失礼しましたーっ!」
伝令兵は、転げるように馬に飛び乗り、逃げるように走り去っていきました。
嵐が去ったような静寂の中、私はふんと鼻を鳴らしました。
「……ラテ。本当に、いいのか?」
カシアン様が、呆然とした表情で私を見つめています。
「いいのかって、何がですの? あんな、食事のたびにマナーだの礼儀だのとうるさい場所に戻るなんて、御免被りますわ。私はここで、あなたと一緒に『お焦げ』を奪い合う生活の方が、百倍気に入っていますの」
私がそう言って笑うと、カシアン様は一瞬、言葉を失ったように目を見開きました。
そして、ゆっくりと顔を覆い……今度は、本当に幸せそうな、低い笑い声を漏らしました。
「……ははっ。……ああ、そうか。お前はそういう女だったな。……安心したよ、ラテ。……お前の胃袋が、この地の食べ物に惚れ込んでくれていて、本当に良かった」
カシアン様が、私の頭をぽんぽんと優しく撫でました。
その手の温かさに、私の胸が少しだけ熱くなります。
……ええ、もちろん、夕食のメインディッシュを思い浮かべて体温が上がっただけですわよ?
「カシアン様。安心している暇はありませんわ。お父様があんなことを言い出すということは、もしかしたら変な追っ手が来るかもしれません。その前に、私たちはもっと体力をつけておく必要がありますわね!」
「……体力? それはつまり、もっと食べろということか?」
「正解ですわ! 今夜は、鹿肉のステーキを、山盛りの炊きたてご飯の上に乗せて……名付けて『辺境・暴君丼』ですわよ!」
「……暴君丼。……ふっ。……よし、わかった。私が最高の火加減で肉を焼いてやろう」
私たちは、肩を並べて城の中へと戻りました。
王都の喧騒も、権力の争いも、今の私には遠い異国の出来事です。
美味しいお肉と、私を待っていてくれる人々。
そして、不器用ながらも私の胃袋を一番に考えてくれるカシアン様。
こここそが、私にとっての「約束の地」なのですわ。
「お父様……。もし寂しければ、こちらに猪の干し肉でも送って差し上げますわ。……送料は、もちろんお父様持ちですけれどね。うふふ」
私の高笑いが、夕暮れの辺境に響き渡りました。
悪役令嬢ラテの「おいしい生活」は、誰にも邪魔させませんわ!
黒狼城の正門前で、私は首を傾げました。
目の前には、王都からやってきたのであろう、土埃にまみれた伝令兵が立っています。
彼は私を見るなり、「ひっ……!」と短く悲鳴を上げ、地面に平伏しました。
「あ、悪役令嬢……いえ、ラテ・ベルモンド様! 公爵閣下からの親書にございます! どうか、どうか私の命だけは……!」
「失礼な。私がいつ、あなたの命を吸い取ると言いましたの? 吸い取るとしたら、その腰についている備蓄用の『乾燥チーズ』の香りくらいですわよ」
「……ラテ。いい加減、初対面の相手を食欲で威圧するのはやめろ」
カシアン様が、私の後ろから溜息混じりに現れました。
彼は伝令兵の手から震える手紙を受け取り、私に差し出してくれました。
私はそれを無造作に破り捨て……いえ、丁寧に開封しました。
中には、見覚えのある、そしてどこか投げやりな父の筆跡が躍っていました。
『娘よ、息災か。
お前が追放されてから、我が公爵家の食卓は実に静かだ。
お前の食べっぷりがないせいで、料理長が自信を失い、最近のスープは塩気が足りん。
ところで、ジュリアン王子が「ラテがいないと、マリアとの仲を邪魔する役がいなくて張り合いがない」などと寝ぼけたことを言い始めている。
もし死にそうなら、特赦を願い出てやらんでもない。……で、生きてるか?』
「……。……。……はぁ」
私は読み終えるなり、深い、深ーい溜息をつきました。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、胃がキリキリと痛みそうですわ。
「……どうした、ラテ。公爵閣下は、何と? やはり、お前を連れ戻そうとしているのか?」
カシアン様の声が、心なしか強張っています。
彼は私の顔を覗き込み、答えを待つ間、握りしめた拳が微かに震えていました。
「ええ、そうですわ。お父様ったら、『王宮の食卓が静かすぎて寂しいから戻ってこい』なんて、自分勝手なことを仰っていますの」
「……戻る、のか。お前は、あのアヒルのコンフィや、フォアグラのムースがある王都へ……」
カシアン様が、ガックリと肩を落としました。
その姿は、まるで雨に打たれた大型犬のようですわね。
「鉄壁の死神」と呼ばれた威厳はどこへ行ったのかしら。
「カシアン様。あなたは、私のことを何もわかっていませんわね」
私は、伝令兵からペンと紙をひったくりました。
そして、その場で豪快に返信を書き殴りました。
『お父様へ。
私は、至って元気に太っております。
王都の食事? そんな精進料理のようなもの、もう思い出せませんわ。
こちらには、噛めば噛むほど旨味が溢れる鋼鉄猪の肉があり、土の香りが芳醇なスノートリュフが自生し、さらには私の胃袋を完璧に管理してくれる、最高にマメな騎士様がいます。
王子のわがままに付き合う暇があるなら、私は今夜の鹿肉のローストのソースを煮詰めなければなりませんの。
お肉が私を離してくれませんので、帰還の予定は一生ありません。あしからず。
追伸:お父様も、たまには塩だけでなく、私の教えた「芥子蜂蜜」を使いなさいな。』
「……よし! これを、光の速さで王都へ持ち帰りなさい!」
私は、書き上げた手紙を伝令兵の顔面に叩きつけるように手渡しました。
「えっ……ええっ!? 『帰りません』だけでよろしいのですか!? 公爵家への復帰、つまりは権力の座に戻れるというのに……!」
「権力でお腹が膨れますの? 私は今、カシアン様と美味しいお米を食べることで忙しいのですわ! さあ、さっさと行きなさい! あなたの馬の嘶きが、私の集中力を削いでいますわよ!」
「ひ、ひぃぃーっ! 失礼しましたーっ!」
伝令兵は、転げるように馬に飛び乗り、逃げるように走り去っていきました。
嵐が去ったような静寂の中、私はふんと鼻を鳴らしました。
「……ラテ。本当に、いいのか?」
カシアン様が、呆然とした表情で私を見つめています。
「いいのかって、何がですの? あんな、食事のたびにマナーだの礼儀だのとうるさい場所に戻るなんて、御免被りますわ。私はここで、あなたと一緒に『お焦げ』を奪い合う生活の方が、百倍気に入っていますの」
私がそう言って笑うと、カシアン様は一瞬、言葉を失ったように目を見開きました。
そして、ゆっくりと顔を覆い……今度は、本当に幸せそうな、低い笑い声を漏らしました。
「……ははっ。……ああ、そうか。お前はそういう女だったな。……安心したよ、ラテ。……お前の胃袋が、この地の食べ物に惚れ込んでくれていて、本当に良かった」
カシアン様が、私の頭をぽんぽんと優しく撫でました。
その手の温かさに、私の胸が少しだけ熱くなります。
……ええ、もちろん、夕食のメインディッシュを思い浮かべて体温が上がっただけですわよ?
「カシアン様。安心している暇はありませんわ。お父様があんなことを言い出すということは、もしかしたら変な追っ手が来るかもしれません。その前に、私たちはもっと体力をつけておく必要がありますわね!」
「……体力? それはつまり、もっと食べろということか?」
「正解ですわ! 今夜は、鹿肉のステーキを、山盛りの炊きたてご飯の上に乗せて……名付けて『辺境・暴君丼』ですわよ!」
「……暴君丼。……ふっ。……よし、わかった。私が最高の火加減で肉を焼いてやろう」
私たちは、肩を並べて城の中へと戻りました。
王都の喧騒も、権力の争いも、今の私には遠い異国の出来事です。
美味しいお肉と、私を待っていてくれる人々。
そして、不器用ながらも私の胃袋を一番に考えてくれるカシアン様。
こここそが、私にとっての「約束の地」なのですわ。
「お父様……。もし寂しければ、こちらに猪の干し肉でも送って差し上げますわ。……送料は、もちろんお父様持ちですけれどね。うふふ」
私の高笑いが、夕暮れの辺境に響き渡りました。
悪役令嬢ラテの「おいしい生活」は、誰にも邪魔させませんわ!
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